175 ロザリー攻略戦―1
「死ト背中合ワセ。ウフッ♡」
「う。――りゃあっ!」
パメラは振り向きざまに剣を振った。
四号がそれを受けると見るや、パメラはすぐさま四号の曲刀を両足で蹴って、後ろへ飛び退いた。
それを見たロザリーは素直に感心する。
「へぇ。すごいね、パメラ。四号は不意打ちが得意なのに、反応が鋭い」
すると四号がカクンと頭蓋骨を傾げてロザリーを見、それから自分を指差した。
「煮タ物ト……牛?」
「煮た物……ああ、似た者同士ってこと? 確かにそうかも。不意打ち騙し討ちが大好きで、卑怯? 何それ? って感じだもんね。そっか、不意打ち得意だから、その対処法もわかるんだ!」
すると四号は、賛意を示すために頭蓋骨を縦に激しく動かした。
「なめやがって……っ!」
パメラが怒りに任せて斬り込む。
四号は一歩引いて間合いを外し、パメラの剣が振り下ろされたところで足を戻し、曲刀を振った。
またもパメラは躱したが、トレードマークの金髪が束になって落ちた。
「……何でスケルトンごときが!」
パメラが再度、斬りかかる。今度は終わることのない連撃だ。
四号は無駄のない動きで、そのひとつひとつを捌いていく。
「なんかごめんね? そいつスケルトンのくせに結構強いの」
「謝るなっ! 余計にムカつく!」
感情を乗せたパメラの一撃。
四号はそれに曲刀の柄をわずかに当てて逸らし、そのまま一挙動で唐竹割りを見舞った。
「あっ!」
これもパメラは身体を捻って躱すが、今度は髪でなく耳が落ちた。
パメラが耳があった場所を押さえ、後ろへ飛び退く。
「あぐ……よくも……」
手のひらに付いた血を見て、四号を睨みつけるパメラ。
しかしそのとき四号は、大きく跳び上がって斬りかかってくるところだった。
「うぐっ!」
パメラが剣で受け、鍔迫り合いの形となる。
四号は刃を滑らせて、パメラの持ち手の指を落とした。
「ああっ!」
剣を取り落とし、指を無くした手を見るパメラ。
「~~っ。なんで。なんでなんでなんで!」
その悲鳴のような声を聞いて、四号が不気味に笑う。
しかし、そこでロザリーが低く言った。
「……いつまで遊んでるの、四号? 早く決めなさい」
すると四号はロザリーのほうを見て、怯えたような、しかし非常に残念そうな顔をした。
「まだいたぶるつもりなら私が殺るわ。あなたのことも殺るかも」
四号の骨格がぶるりと震えた。
直後、四号の構えが変わる。
曲刀を引き、低く腰だめに構えた。
「――御無礼ッ!」
そのとき、グレンとロイドは〝槍の塔エル・アルマ〟を出て、ロザリーがいる地点を目指して走っていた。
「ハァ、ハァ……グレン、待て。速すぎる」
ロイドが前を走るグレンに言うが、グレンにスピードを落とす素振りはない。
「ダメだ。無理なら後で来い」
「一人で、行かせられる、かっ!」
ロイドはそう叫び、必死にグレンに付いていく。
「さっき、すれ違った、スケルトンの集団……っ、ほんとに無視してよかったのか!」
「ウィニィがいる。問題ない」
しばらく走っていると、別方向から同じように走ってくる気配が近づいてきた。
「グレン! よかった、合流できた!」
青のクラスナンバー2、つんつん髪のテレサだった。
後ろに優男のシリウスと重量級のデリックもいる。
テレサは、走りながらグレンに並んだ。
「説明しなさいよ! 私ら〝黄金船アルゴ〟に留守番で事情さっぱりなんだから!」
すると後ろからシリウスが補足する。
「ピートが帰ってきてさ。説明もせずに方角だけ言われて『走れ!』って追い出されたんだ。……つーか俺ら今、ウィニィ騎士団なんだよな? だからアルゴは守らなくていいんだよな?」
さらに後ろからデリックが問う。
「グレン。俺たちはどこへ向かっているんだ?」
グレンは走りながら空を見上げた。
「……質問が多いな」
「はあぁ!? あんたがぜんっぜん、説明しないからでしょ!」
「待て待て、テレサ。グレンに説明能力を求めるのは酷だ」
シリウスがそう言うと、デリックもが何度も頷く。
「だったらピートが悪いけど、ここにピートいないじゃん! この怒り、どうすればいいわけ!?」
グレンはため息をつき、短く答えた。
「俺たちはウィニィ騎士団だ。ロザリーのいるところに向かっている」
顔色を変えて見つめ合う三人。
そこへロイドが追いついてきた。【望遠】を発動している。
「っく、見えた、近いぞ」
グレンが前方に目を凝らす。
小さな人影は見える。まだ誰かは判別できない距離。
「急ぐぞ!」
グレンが加速し、テレサたち三人が続く。
近づくにつれ、次第に人物がわかってきた。
「戦ってるのはパメラね! ……と、骨?」
テレサが首を捻ると、次にシリウスが言う。
「ロザリーは奥にいるな。どうする、グレン?」
「目的はパメラの回収だ。まず俺が突っ込むから――」
「突っ込むから?」
「――あとは臨機応変に頼む」
「まったく、素晴らしい命令だぜ!」
テレサが会話を割って叫ぶ。
「ああ、パメラが!」
見れば、四号の曲刀がパメラを貫き、彼女が膝から崩れ落ちるところだった。
「ッ! 先に行くぞ!」
グレンが【星のルーン】を発動させ、さらに加速する。
四号は倒れたパメラを見つめ、血振りしている最中にグレンに気がついた。
「――う、おおおっ!」
グレンが四号に斬りかかる。
四号は受けたはいいものの、膂力と重量と加速が足された一撃にズルズルと下がった。
押し込みながら、グレンが言う。
「ロイド! 回復を!」
指示したはいいが、ロイドはまだ、たどり着いていない。
重傷を負ったパメラをデリックが担ぎ上げ、ロイドの元へ走る。
「助太刀するよっ!」
テレサが横から四号へ二連突き。
四号は手が塞がったまま、ひょいひょいと身をよじるだけで躱す。
「お見事。じゃあこれはどうよ?」
テレサの逆に回ったシリウスが、四号の足を剣で払おうとする。
すると四号は、グレンの手首を極め、そのまま体を入れ替えた。
シリウスの剣がグレンに向かい、慌てて剣の軌道を変える。
体勢不利と見るや、グレンが叫んだ。
「散れ!」
瞬間、テレサとシリウスが飛び退く。
グレンは四号を曲刀ごとかち上げ、自分も距離を取った。
「パメラはどうなった!?」
グレンがそう仲間に問うのは、振り返って自分で確認すれば、目の前の死霊が隙を逃さず斬りかかってくるに違いないからだ。
テレサが横目で確認する。
「ロイドが治癒の聖文術かけてる。ああ、でも……だめみたい。パメラ消えてってる……」
「そうか」
目的は果たせなかった今、即時撤退すべきだ。
しかしロザリーがみすみす見逃してくれるだろうか?
より多くを逃がすためには――グレンの思考がそんな方向へ向かっていたときだった。
パメラを運んだデリックが、助けられなかった意趣返しとばかりに、頭ほどもある大きな岩をロザリー目がけて投擲した。
狙いは正確で、山なり軌道でロザリーに向かい、彼女の肩口に当たって砕けた。
それを見たグレンたちは愕然とした。
グレンが言う。
「今の……見たか?」
テレサが頷く。
「見たわ。顔を背けただけで躱さなかった」
シリウスも頷く。
「躱さないにせよ、腕くらい上げるよなあ?」
「ということは、だ」
グレンの瞳に野心が宿る。
「パメラは救えなかったが、彼女の術はまだ生きてるってことだ」
テレサとシリウスが再度、頷く。
「ここで取るべきね」
「ああ。術の効果が切れる前に!」
ロザリーはその会話を聞き、片目を手で覆った。
墓鴉を通して見るは、〝槍の塔エル・アルマ〟の光景。
何千もの〝野郎共〟はすでに塔に到着していて、階段を駆け上がっているのが見える。
「何を手間取っているの? これは……塔の階層がループしてる?」
ロザリーがそう呟いたとき、デリックとロイドがグレンたち三人に合流した。
四号が両手を広げ、彼らの前に立ち塞がる。
「天空に燃ゆる聖なる火よ。我らを庇護し給え……」
ロイドが聖文を唱えると、金色の光が五人を包んだ。
「邪霊除けの聖文術だ。バケモノ相手にどこまで効果があるかはわからないが」
「ないよりはいいって。ありがと、ロイド」
テレサはそう言うと、シリウスとデリックに目配せした。
そして三人が同時に、四号へと攻めかかる。
テレサ、シリウスの順に斬りかかり、それらを避けた四号へデリックが重い一撃。
受けた四号の足が地面にめり込む。
すかさずテレサとシリウスが再度斬りかかり、同時に叫ぶ。
「行けっ、グレン!」
「こいつは俺らで押さえる!」
グレンがロザリーに向けて突貫する。
右手の甲に宿るは、この日この時のために習得した【獅子のルーン】。
膂力を向上させる【剣のルーン】の上位ルーンだ。
(片目を塞いでいるのはなんだ? パメラが手傷を負わせたのか?)
【星のルーン】による俊敏性向上によって、あっという間に間合いが詰まる。
(ロザリーは座り込んだまま、動かない。――動けない!)
ロザリーを間合いに捕らえ、剣を振り上げる。
「ロザリィィィ!!」
怒号のように彼女の名を叫び、グレン渾身の一撃がロザリーを直撃する。
悪魔鎧の兜が粉々に砕け、その中にまとめていた長い黒髪が舞う。
ロザリーは座ったまま大きくよろけ、地面に這いつくばった。
「ウオオオオッ!!」
グレンが追撃を振り下ろす。
ロザリーはキッ、と睨み、その剣の根元を両手で掴んだ。
グレンが剣のコントロールを取り戻そうとするが、固定されたように動かない。
「……この感じ、思い出すぜ」
「何を?」
「黒犬だ。あのときの俺は、圧倒的な魔導の差に手も足も出なかった」
「また同じね?」
「いいや、違う」
グレンがロザリーに目配せする。
意図が分からず眉を寄せたロザリー。
その眉間に刻まれた皴をたどって、ツーっと一筋の血が流れ落ちた。
「もう、届かない差じゃない。全力のお前に勝つぞ、ロザリー」
「……いいわ。見せてあげる」
ロザリーの枷が外れた。
紫眸が明々と輝き、大いなる魔導がのそりと起き上がる。
彼女の身の内を流れ出した奔流が外気を乱し、美しい黒髪が躍る。
グレンは恐怖と歓喜が入り交じった、奇妙な高揚感に肌を粟立たせた。
(これだ……ッ! このロザリーに勝つんだ……!)
次の瞬間、ロザリーを中心に影の海が広がった。
地面を黒く染め上げ、あっという間に〝槍の塔エル・アルマ〟まで打ち寄せていく。
グレンが、思わず尋ねる。
「何を……する気だ?」
すると彼を見上げていたロザリーの眼球が、キロッと動いた。
紫眸が見る先は、遠くに見える〝槍の塔エル・アルマ〟。
「ぶちかませ! 大喰らい!」
ロザリーの声に呼応して、地の底から恐ろしい唸り声が響き渡る。
『グモオオオォォォ!!!』
「何だっ!?」
驚き振り返るグレンが見たのは、黒い巨大な何か――黄金城に匹敵するような馬鹿げた大きさの化け物が、〝槍の塔エル・アルマ〟にぶち当たる瞬間だった。
〝槍の塔エル・アルマ〟は轟音と共に弓なりに湾曲し、限界を迎えると真ん中から圧し折れた。
バラバラになった塔がいくつもの瓦礫となって落下し、地響きが連続で起こる。
落下によって起きた砂煙は、山の高さまで昇った。
本拠地が消えるさまを目の当たりにして、グレンが呻く。
「ばか、な……」
一方、ロザリーは首を捻った。
「ん? ヒューゴが使っちゃダメって言った中に大喰らいも入ってたっけ? ……ま、いっか」