174 気に食わない
〝槍の塔エル・アルマ〟、中層。
グレン派の頭脳ピートが、非常食に持ち込んだ焼き菓子を頬張りながら言う。
「でもさ、もぐ……結局、どっちが、もぐ、団長やるのさ?」
【望遠】で南側を監視していたロイドが、笑いながらピートを見下ろす。
「そりゃ殿下だ。なんせお前らは半ば本気で攻め込んできたくせに、本拠地旗の階までたどり着けなかったんだからな?」
「それは……もぐ。だって塔の中が無限ループになってるなんて聞いてないもん」
「言うわけないだろう。外壁を登れば普通にたどり着けてしまうからな」
「まあ、攻城戦に失敗したのは認めるよ。でも負けちゃあいない」
「負けず嫌いだな、ピート?」
「だってそうだもん。うちの本拠地は健在だし、団長だってピンピンしてる。そうだろ、グレン!」
少し離れたところで聞いていたグレンは、大きく頷いて見せた。
同時にグレン派の面々が、こぶしを掲げて歓声を上げる。
その様子に、ロイドがため息をついた。
「ったく。どうします、ウィニィ様?」
ウィニィはニコニコと楽しそうに団員たちを眺めていて、ロイドに対しても笑顔で応じた。
「どちらでもいいさ。ロザリーが来たら考えよう」
「……遅くないですか?」
「実際、どちらでもいいからね。そのときの感じで。団長が誰かはあまり重要ではないんだ」
「それはわかりますが……む!?」
会話しながらも監視を続けていたロイドが身を乗り出した。
「敵影確認! 単騎! 速度からロザリーと推定!」
ざわっ、と団員たちが沸いた。
「こちらへ向かってくるのか?」
ウィニィが問うと、即座にロイドは頷いた。
「ほぼ一直線に向かってきます!」
団員たちが一斉に立ち上がり、それぞれに身支度を始める。
焼き菓子の最後のひとかけを口へ放り込み、ピートが言う。
「やっと来た。いよいよだね、グレン!」
するとグレンは、剣を腰に差しながら答えた。
「そんなに待ってない。早いぐらいだ」
「えっ。意外な台詞。もしかして臆病風に吹かれた?」
「焦れたら仕損じるってことさ、ピート」
「なるほどね!」
そうして身支度を整えた団員たちが階下に降りようとしたとき。
「待ってくれ!」
ロイドだった。
彼は今も【望遠】で監視中で、周りの者は何事かと彼の次の言葉を待った。
「……止まった。何だ? 誰かいる?」
「どこだ、ロイド」
ウィニィがロイドに並び、自身も【望遠】を使う。
「あれか。たしかに他に誰かいるようだが……木の陰になってて見えないな」
「単騎だったのは間違いありません。元々、後ろに乗せていた?」
「何であんな中途半端な場所で止まったんだ?」
「さて……あ、見えた。後ろ向きですが、髪が長い……」
「ああ、ふんわりとした金髪……まさか!」
ウィニィとロイドの声が重なる。
「「パメラ!?」」
二人は驚き見つめ合い、それから苦渋の表情に変わった。
「欲を出したな、パメラ……!」
「おそらく……一人で殺る気です」
ピートが二人に駆け寄る。
「どうすんの!? パメラだけが使える超レア術が攻略の鍵なんじゃなかったの!?」
ウィニィとロイドは渋い顔のまま答えない。
するとグレンが強い口調で言った。
「出るぞ。聖騎士、一人付いてこい」
「先走っちゃダメだよ、グレン! バラバラに戦ったら意味がない! なぜ同盟まで組んだのか思い出して!」
「わかってるさ、ピート。パメラを回収したら戻ってくる」
「! ……でも、団長が最前線に出るのはやっぱりダメだ!」
「……それもそうだな」
グレンはそう言うと、ウィニィの元へスタスタと歩いていった。
彼の前まで来ると跪き、首を垂れた。
「降参だ、ウィニィ」
ウィニィは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに頷いた。
「……わかった。降参を認める」
唖然として一連の行動を見ていたピートは、最後に大きなため息をついた。
「団長って、こんな簡単に決まるんだね……」
「――らあッ!!」
パメラが鞘付きの剣を大きく振り上げ、ロザリーを殴る。
バキィッ、と嫌な音がした。
見れば兜の面部分が大きく割れ、ロザリーの左目と口元が露となっている。
「やっとお顔がみえたねぇ?」
そう言ってパメラは笑い、ロザリーから離れていった。
「はァ。疲れちゃった」
十メートルくらい離れると、彼女は岩場に腰かけ、髪を直し始めた。
「さすがね、ロザリー。こんなに殴ったのにぜ~んぜん平気そう。でも……血は出るのね?」
そう言ってパメラは、自分のぷっくらとした唇に人差し指を置いた。
ロザリーは面が割れた拍子に唇を切り、血が流れていた。
「次は真剣で試してみよっと♪」
パメラは剣を抜き放ち、道具袋から小さな砥石を取り出した。
鼻歌混じりに刃を研ぐパメラに、ロザリーが問う。
「……これ、何なの?」
「術のこと? 魔導を回復させる聖文術だって言ったじゃない。なぁんで信じてくれないのぉ?」
「……」
「そんな怖い顔しないで? ……ま、いっか。教えたげる」
剣を研ぐ手を止め、パメラが説明を始めた。
「魔導回復っていうの。魔導を回復する術なのも、クラスで私だけ使えるのも本当。でもね、この術って〝粗悪品〟なの」
「……粗悪品?」
「質の悪い聖文術ってこと。聖文術って他人を癒したり、強化したりするでしょう? 他者貢献――それが聖文術の精神であり、術理なの。でも、〝粗悪品〟はちょっと違う」
魔女であるロザリーにはピンときた。
「……副作用があるのね?」
「そう! 良いことを起こすけど、同時に悪いことも起こってしまう。それが〝粗悪品〟なの」
ロザリーが自由にならない己の肉体を眺めて考える。
(魔女術は、術に失敗すると代償を支払う)
(聖文術の〝粗悪品〟は、良い効果と代償が同時に発生する、ということ?)
「考えてることでだいたい合ってると思うよ?」
ロザリーが顔を上げると、パメラが悪戯っぽく笑った。
「聖騎士はね、〝粗悪品〟を嫌うの。ま、それは〝粗悪品〟ってネーミングでわかるよね? だから失伝してしまった〝粗悪品〟も多い。でも私は、そんな〝粗悪品〟をぜぇ~んぶ集めて、習得したいの。ロザリー、なぜだかわかる?」
「……物好きだから?」
「ぶー! ハズレ! ……ってかホントはわかってるでしょ?」
パメラが抜き身の剣を持って近寄ってきた。
「魔導回復は魔導の自然回復量にバフをかける術なの」
パメラが自分の豊かな胸に手を当てる。
「魔導回復は魔導の井戸たる心臓に働きかける。でもそれって心臓に負担をかけることでもあるの。だから、その人のために肉体の活動のほうに制限をかける。それが魔導回復の術理なんだけど……はい、ロザリーちゃん! 続きをどうぞ!」
ロザリーは渋々ながら、答えを口にした。
「……相手のために術をかけてるから、抗魔導できない?」
「あったりぃ~♪ やっぱりわかってるじゃん、ロザリー♡」
パメラは嬉しそうに剣の腹でロザリーの頭をぽんぽん叩いた。
「私は〝粗悪品〟を全部集めて、最強の聖騎士になりたいの。魔導回復でロザリーを倒せれば、私は間違ってないって何よりの証明になるでしょ?」
「私を騙して、術をかけて。最強とはほど遠い気がするけど?」
「う~ん。騙したのは悪かったと思ってるよ? でもしょうがないよね、ロザリーのことが気に食わないんだもん」
ロザリーはプッと吹き出した。
「聖騎士のくせに、いい性格してるね?」
パメラの目の色が変わる。
「え~? ロザリーがそれ言う? 死者の尊厳を踏みにじるネクロがー、なんで胸張って生きてんのぉ? 私がロザリーを嫌いになったのはアトルシャンのとき。あなたがもっと卑怯で嫌な奴なら、私は嫌いにならなかった!」
そこまで言って、パメラはフーッと怒気を吐いた。
そして塔を振り返る。
「……いけない。お喋りしすぎちゃった。ウィニィ様、気づいたかも」
そしてぐうん、と伸びをして、「よし、殺るか♪」と微笑んだ。
「血が出るんだから、頸動脈も斬れるよね? 兜も割れたことだし……」
そうしてパメラは油断なく剣を構え、ロザリーの首に狙いを定めた。
そして突きを放った瞬間。
ロザリーの瞳が紫に妖しく光る。
「うっ!?」
パメラがギリギリで踏み止まって、そこから飛び退いた。
「危な! 突っ込んだら殺られてた!?」
ロザリーが自身の影を見つめ、呟く。
「身体は思い通りにならないけど、魔導は使い放題なのよね。……出てきて、〝野郎共〟」
途端、ロザリーの影から地獄の軍団が湧き上がる。
何十が数百に、果ては何千のスケルトンの軍隊となった。
「ふん、私は聖騎士よ? そんな下級アンデッドなんて――」
「行け、〝野郎共〟」
ロザリーの命令がすべての〝野郎共〟に伝わる。
〝野郎共〟は整然と駆け足でパメラ――ではなく、〝槍の塔エル・アルマ〟へ向かって進軍していった。
「……は?」
素通りされて、パメラが剣を構えたまま固まる。
〝野郎共〟最後尾の背中が遠ざかり、パメラが怒り狂った目でロザリーを見やる。
「なめてんのぉ? 私なんか眼中にないと? ふざけた真似してくれる……!」
ロザリーは怠そうに地面に座り込み、パメラに言った。
「私も気に食わないから相手してやんない。それに私、言ったよね?」
「はァ? 何のこと?」
「護衛つける、って」
「!?」
瞬間、パメラは戦慄した。
死神の手が己の首筋を撫でたかのごとき感触。
背後から恐ろしげな声がした。
「冷エマスナァ……」
パメラの背中にピタリと、四号の背骨が触れていた。
「死ト背中合ワセ。ウフッ♡」
誤字報告、大変助かります。
確認はしているのですが、どうしても見落としてしまい……
ありがとうございます。