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172 最終フェーズへ移行します

〝魔女ミシュレの温室〟の迷宮が焼け落ちていく。

 迷宮内は大騒ぎで、慌てた様子のロロが状況を確認しながら迷宮内を駆け回っている。


「あわわ……火はマズいです、骨さんもよく燃えてしまいます!」


 そこへ顔じゅう煤だらけにしたアイシャがやってきた。


「ああ! アイシャさん、ご無事で!」

「まあね。まったく酷いありさま!」

「生き埋めになった方たちは?」

「全員助けたけど、もう敵が再侵入してきてる。次は助けらんないね」

同士討ち(フレンドリーファイア)無効……敵は炎を気にしなくていいから……!」

「でも火攻めは想定内! ちょっと早いけど、第二フェーズに移ろう」

「ですね! では温室へ!」


 土のドームに囲まれた温室は、言うまでもなく最重要区画である。

 それだけに念入りに強度を高めていて、今のところ崩落や炎上は見られない。

 温室の中にはロザリーとウィリアスがいた。


「ロザリー、第二フェーズに!」


 アイシャの声にロザリーはこくんと頷き、影に意識を向けた。

 迷宮じみた構造物を作ったのにはいくつかの理由があった。

 そのうちのひとつが、ロザリーが温室にいながらにして迷宮の隅々まで影を伸ばせるようにすることだった。


 ロザリーは今まで出していた〝野郎共〟を一斉に影に引っ込め、代わりに樽を抱えた別の〝野郎共〟を迷宮の各場所に出現させた。

 樽の中は油だ。

〝野郎共〟が一斉に炎へ樽を投げ入れ、すぐさま影へ退避する。

 一瞬の間のあと、迷宮各地で大爆発が起きた。

 その轟音は温室まで響き、土のドームを揺らした。


「どう? 効いてる?」


 アイシャに問われ、ロザリーは片眼を閉じた。

 上空を旋回する墓鴉(ハカガラス)の視界が映し出される。

 天井が崩落した部分から、炎に巻かれて逃げ惑うジュノー派が見えた。


「……効いてる! 火元はあっちの術でも、こっちが拡大させた炎は同士討ち(フレンドリーファイア)禁止の適用外みたい」

「よっし!」


 アイシャがこぶしをかざし、喜びを表す。

 次にウィリアスがロザリーに尋ねた。


「ジュノーはどうだ?」

「……動いてない」

「そうか……絶対、何かある。じゃなきゃロザリーがいるのに姿を晒したりしない」

「ウィリアス君の懸念はわかりますが」


 とは、ロロ。


「とにかく、あの燃えてる虎さんをどうにかしないと。ロザリーさんに倒してもらうのが手っ取り早いと思うのですが」

「賛成できない。ジュノーが動かないのは、まさにロザリーが出てくるのを待ってるからじゃないか?」

「う~ん。ではいったん、皆さんをここへ退避させませんか? このままでは……」


 アイシャがフッと自嘲気味に笑う。


「それはそれでジュノーにしてみれば一網打尽のチャンスのような?」

「そんなぁ……それじゃ八方塞がりじゃないですかぁ」

「だよね。ごめん、ロロ。ウィリアス、ルークは行かせたんでしょ?」

「ああ、ジュノー本陣近くに潜伏中だ。作戦内容がわかったら【手紙鳥】で報せる手はずだが――今のところ来ていない」

「そっか。ロザリーはどう思う?」


 アイシャに問われたロザリーは、片目を閉じたまま呟いた。


「私を待ってるのね……」

「ロザリー?」


 もう一度アイシャが問うと、ロザリーはハッと片目を開けた。


「ごめん、何?」

「……今、待ってるって。ジュノーがロザリーを待ってるってこと?」

「あ、口に出ちゃってた? ううん、そうじゃなくて――」


 ロザリーは土のドームに隠れて見えない、遥か北を指差した。


「――グレンとウィニィのこと。二人は私を待ってるみたいなんだ」


 するとウィリアスが顔色を変えた。


「今はダメだぞ、ロザリー! ジュノーを倒してからだ!」

「ん……」


 生返事を返したロザリーに、ウィリアスは彼女の肩を掴んで揺さぶった。


「ジュノーを引き込んで、彼女を倒す! グレンとウィニィはそれからだ!」


 しかし。


「行ってください、ロザリーさん!」

「ロロ!? 何を言うんだ!」

「私たちは足手まといではありません! 共に戦う仲間です! あとは私たちに任せて、二人をぶちのめしてきてください!」

「……そうね。ロザリーなんかいなくたって、私らだけでやれるわ」

「アイシャまで!? みんなどうかしてる!」

「あれあれ? ウィリアスだって昨日作戦会議で言ってたじゃん。ロザリーに全部任せてるようじゃあ、絶対勝てないって」

「それは……ハァ。ったく何なんだ」


 ウィリアスは頭を掻きむしり、それからロザリーに相対した。


「ロザリー。行きたいのか?」


 ロザリーはこくんと頷いた。


「行きたい。行って彼らの期待に応えたいの、ウィリアス」

「……」

「行かせてあげてください、ウィリアス君! ロザリーさんがグレン君やウィニィ殿下と本気で戦えるのは、死なない戦のベルムが最初で最後、唯一のチャンスなんです!」


 ウィリアスは眉を寄せ、目を閉じ、腕組みして、絞り出すように言った。


「……今から温室に全員集めて最終フェーズへ移行する。注意をこちらに引き付けるから、脱出のタイミングを合わせろ。目くらましの間に一気に北部まで行くんだ。悪魔鎧は必ず着て行くんだぞ?」


「「ウィリアス!!」」「ウィリアス君!」


 ロザリーとロロとアイシャの声が重なり、三人は三方向からウィリアスに抱きついた。


「ごめんね、ウィリアス。ありがとう!」

「ウィリアス、いいとこあるじゃん!」

「ウィリアス君は冷血漢ではないと信じてましたぁ~!」

「やめろっ、お前ら!」


 ウィリアスは顔を真っ赤にして、三人を振り解いた。


「アイシャはみんなを温室に集めろ。ロロはフェーズ移行準備。ロザリー、タイミングだぞ! 間違えるなよ!」


 そう言い放ってどこかへ歩き出して、はたと止まり、別方向へ歩き出したウィリアス。

 ロザリーたち三人は彼の背中を見つめ、笑い合った。


「はっ!? こうしちゃいられない!」


 ロロが手を打ち、ロザリーとアイシャを見る。


「勝つよ!」


 ロザリーがこぶしを突き出すと、


「絶対、勝ぁつ!」


 と、アイシャがそのこぶしに自分のこぶしをぶつけた。最後にロロが


「勝~つ!」


 と叫んで、二人とこぶしをぶつける。

 そして三人は頷き合ってから、それぞれ別の方向へ歩き出した。


 ロロが向かったのは、温室の中に作られた救護室だった。

 先ほど生き埋めになっていた団員や、戦闘で負傷した団員が薬学による治療を受けている。


「ポポーさん! ポポーさん!」


 ロロが名を呼ぶと、火傷の治療中の男子生徒がどこかを指差した。

 救護室の端のベッドに、ぐったりと仰向けに寝る団員がいる。

 顔に冷たいタオルが掛けられているが、ずんぐりむっくりな体型で誰かは一目瞭然だ。

 ベッド脇の椅子にギムンがいて、団扇でポポーを扇いでいる。


「ギムン君! これ、どういう状況ですか!?」


 ギムンは大きな身体で肩を竦めて言った。


「枯渇だ」

「こかつ……魔導枯渇!? なんでこんな大事な時に!?」

「そりゃあ、迷宮造りやったからなあ」

「でも、でもでも! 一緒にやったギムン君はピンピンしてるじゃないですか!」

「俺はほれ、もらった魔導充填薬(エーテル)がぶ飲みしながらやったからな」


 そう言ってギムンは、空になった魔導充填薬(エーテル)の瓶を振って見せた。


「いや、ポポーさんにも優先的に魔導充填薬(エーテル)回しましたよ!? 私が温室(ここ)で作ったやつは、ほとんどポポーさん用ですもん!」


 するとギムンがベッドの下から大きな籠を取り出した。

 籠には魔導充填薬(エーテル)の瓶が大量に並んでいて、どれも液体で満たされている。

 ロロはあんぐりと口を開けた。


「の、飲んでいないのですか……!」


 ポポーの顔にかかったタオルが呼気で揺れる。


「ひいお爺様が……言ってた……ドーピングは……ダメなことなの……」


 ロロが頭を抱える。


「そういえばそんなこと言ってるって報告あったような……」

「土の精霊騎士(エレメンタリア)って頑固だからなあ。石の精霊騎士(エレメンタリア)の俺も人のこと言えないけどさ」

「これでは最終フェーズに移れません……」

「だなあ」


 静まり返る三人。

 その静寂を破ったのは、激しい衝撃音と大きな揺れだった。


「じ、地震!?」

「違うな、ドームが直撃を受けたんだ」

「もう、猶予がない……」

「だなあ。どうすんだ?」

「……私、覚悟を決めました」

「まさか、打って出るのか?」


 ロロは静かに首を横に振り、ポポーの顔にかかるタオルをはぎ取った。

 青い顔のポポーと目が合う。


「ロロ、さん……?」


 ロロは籠の中の魔導充填薬(エーテル)をむんずと掴み、鮮やかな手捌きで栓を飛ばした。


「ポポーさん! 私がひいお爺様の墓前で詫びます! ご容赦を!」

「ひいお爺様はまだ生きて……ぐえー!」


 ロロがポポーの口へ魔導充填薬(エーテル)を無理やりに流し込んでいく。


「おいおい、まじか……」

「ギムン君! ぼーっとしてないで次の瓶を!」

「あいよ。しかし飲みっぷりがいいな。ほんとに飲みたくないのか?」

「ぐえー! ぐえー!」




 ――その頃、ジュノー本陣。


「ロザリーは?」


 ジュノーが問うが、ザスパールが首を横に振る。


「まだだ。報告はない」

「そう……」

「攻め手はいい感じだ。ジュノーも動いてもいいぞ?」


 ジュノーの焦れた心を代弁するようにザスパールが言うと、気遣いを察した彼女は苦笑しながら首を横に振った。


「動く理由がないわ。私無しでも敵本拠地は陥落寸前だもの」

「だな。出るまでもないか」

「でも、じゃあ尚更ロザリーが出てこないのは変よね?」

「本拠地陥落しちゃあ終わりだからな……ギョームの魔導が枯渇しないうちに、土のドームを集中攻撃させようか?」

「そうね、お願い」


 ザスパールが頷き、巻き貝を通して指示を伝えようとした、そのとき。


「なんだっ!?」

「地震!?」


 二人を立っていられないほどの揺れが襲った。

 地震は〝魔女ミシュレの温室〟を震源に起こっているようだ。

 木々が揺れ、大地が割れる音が響き、迷宮がぼろぼろと崩れていく。

 ザスパールが呻くように言う。


「土のドームが……せり上がっていく!?」


 ゴゴゴゴゴ……と地響きが鳴る。

 崩れゆく迷宮の中で、中心にある土のドーム周辺だけが、形を保ったまま上へ上へと持ち上げられていく。


「地面が隆起しているのか!」


 土のドームの建つ地面が見えた。

 次に見えたのはその下にある剥き出しの地層。

 土のドーム周辺だけが、地面ごと高く高く隆起していく。

 呆気に取られて見守るジュノー騎士団の目の前で、土のドームを乗せた絶壁の高地ができあがった。

 ザスパールが青ざめた顔でジュノーを振り返る。


「この精霊術(エレメンタル)……知ってるぞ!」


 ジュノーが渋い顔で頷いた。


「【地殻隆起(アップヒーバル)】。ポポー、裏切ったのね……!」



 ――高地の上、土のドーム。外壁に作られた監視台。

 ロロが遥か高みからベルムの大地を見下ろしている。


「もうお嫁に行けない……」


 そう言って、ロロの足元でしくしく泣いているのはポポー。

 そばにギムンもいる。


「……どういう理屈で魔導充填薬(エーテル)飲んだらお嫁に行けなくなるんですか」

「そう言うなって、ロロ。独自の家訓みたいなもんでさ、家訓破りして自己嫌悪になってんだよ」


「そういうものですか。……なら、こうしましょう! 私、魔導充填薬(エーテル)作りにはいささか自信がありまして。ポポーさんのひいお爺様にロロ謹製スペシャル魔導充填薬(エーテル)を贈呈します! 飲まないようならさっきみたく無理やりにでも……」


「やめてやめて! 勘当されちゃいますからあ!」

「そうですか? なら、仕方ありませんねぇ」


 ロロは二人と会話しながらも、視線は遥か北へ向けたままで顧みもしない。

 何を見つめているのか察したギムンが、ロロに問う。


「ロザリーは?」

「地面が隆起している最中に脱出しました。さすがはロザリーさん、タイミングもばっちりでした!」

「ふん。ロロってロザリーのことずいぶん信用してんだなあ」


 するとロロが初めてギムンのほうを振り向いた。


「もちろんです! 信者第一号ですから! ロザリーさんのためならなんだって……」


 そこまで言って、ロロはまた北へ視線を戻した。


「ロザリーさん……ご武運を……!」

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