171 精霊騎士の攻城戦
〝魔女ミシュレの温室〟、土のドームの上に設けられた監視台の上。
「あぁあ! オズの野郎!」
ロロが叫び声を上げ、眼鏡を振り落とす勢いで胸壁を叩いている。
「どうしたの、ロロ。輩みたいな声を出して」
ロロが振り返ると、悪魔鎧の人物が、ガシャンガシャンと金属音を鳴らしながらやってきた。
ロロはすぐさま、堀の外側を指差す。
「オズ君がいたんですよぉ! ベルさんと一緒に!」
「あら、そうなんだ」
「ベルさんだけじゃありません! ギリアム君や、レントン君もいました! ラナさんを落第させた、あのレントン君と一緒なんですよ!?」
「なるほどねぇ……」
「裏切りやがったんですよ、あの野郎!」
そう忌々しげに叫んで、ロロはまた胸壁を叩いた。
「だから下品な物言いはやめなさい。オズにはオズの考えがあるのよ」
「信じるんですかぁ、彼のこと!」
「だって創立メンバーじゃない、私たち三人」
「私のことよりも? 私よりオズ君のこと信じてますかぁ、ロザリーさぁん」
「んーん、一番はロロ!」
「イヤッフー!」
ロロが奇声を上げて飛び跳ねる。
「それより……私はあっちが気になるな」
「あっち?」
ロロは見ていた南東方向から目を離し、ロザリーが指さしている西の方角に目をやった。
「土煙が立っていますね。つむじ風でしょうか……はっ!? あれは騎馬の集団が移動している!?」
「誰かの使い魔なのかな? あと、あっちも」
そう言って、ロザリーは今度は北を指差した。
北に広がるのは湿地帯。そこに広く生い茂るガマの穂が不自然に揺れている。
「北からも!? 二軍に分けて攻めてきたんですか!」
「いよいよね……!」
「っ、はい! ようし……やるぞぉ!!」
やる気を漲らせるロロは、「戦闘準備ぃー! 戦闘準備ぃー!」と叫びながら監視台を下りていった。
湿地帯。
土が堆積して小高くなった場所に、ジュノーは本陣を置いた。
南に〝魔女ミシュレの温室〟を望むことができる。
こちらから見えるという事は、相手からも見えるという事だ。
湿地帯には背の高いガマの群生地も多く、そこに隠すように本陣を置くこともできた。
敵には並外れた戦闘力を有するロザリーがいる。
彼女が本陣目がけ単騎で突っ込んできて、ジュノーの首を取られればそれまでだ。
だがジュノーは、あえて姿を晒すことにした。
どうせ地図を見れば、団長たるジュノーの位置は大まかにだがわかってしまう。
そして何より、ジュノーには自信があった。
その根拠は本陣の北に広がる湖と、膝に置いた布巻きの剣だ。
剣の柄は奇妙に節くれ立っていて、剣身は魔封じの文言が幾重にも書かれている。
この条件ならば自分を討ちに出てきたロザリーをいなし、カウンターで敵本拠を陥落させられる。ジュノーはそう信じていた。
ジュノーが〝魔女ミシュレの温室〟を眺める。
「ひと晩であれを? ……あっきれた」
そばに控えるザスパールが言う。
「どうする? まず斥候を出すか?」
「いいえ」
ジュノーは首を横に振った。
「すぐに前軍を突っ込ませて。西と北、両方よ」
「仮にも迷宮だ、仕掛けがあるかもしれないぞ?」
「尚の事。つついてみなければ仕掛けはわからないわ」
「わかった」
ザスパールはポケットから巻き貝を取り出した。
手のひらに乗せ、口を寄せて言う。
「前軍――進軍開始――報告を――密にせよ――」
戦闘が始まった。
ジュノー配下の生徒たちが、北と西から広く横に並んで進軍していく。
迎撃はなく、すぐに張り巡らされた深い堀に到達した。
あちこちから上がる鬨の声が、遠くジュノー本陣まで響いてくる。
「じれったいな。海鳥が使えれば……」
「待つのよ、ザスパール」
焦れているのは本陣にいる他の幹部も同じようで、特にギョームは使い魔の赤い虎に頭を預け、ふて寝している様子。
しばらくして。
ついに第一報が届いた。
「報告!」
本陣に駆け込んできた団員が、ジュノーたちに叫ぶ。
「堀はカラだ! 付近に敵はいない! 精霊術で橋をかけて進軍中!」
団員は言うが早いか、踵を返して駆け戻っていく。
と、すれ違いに別の団員が駆け込んできた。
「報告! 予想通り、構造物の中はガイコツがうようよだ! だが一体一体は強くない! 対処可能!」
次に駆け込んできたのは女性の団員。
「報告! 構造物の上はダメ! 地雷系の術が多数!」
ザスパールが呟く。
「やはり上は対処してるか……迷宮なんぞに付き合いたくないが……」
さらに時間が経って。
「報告―!」
大声を上げて入ってきた団員が、息も絶え絶えに言う。
「ガイコツに混じってロザリー派がいる! 二人やられた!」
ジュノーとザスパールが顔を見合わせる。
「やっと出てきたな」
「ええ」
そこからの報告は、どれも似たようなものばかりだった。
報告の上がってくる場所こそ違うが、いずれも、
『多数のガイコツと乱戦中にロザリー派が不意打ちしてくる』
『一人、二人やられ、ロザリー派はガイコツの群れに引っ込んでいく』
といった内容だ。
前軍は攻めあぐね、ついには迷宮入り口まで引き返す部隊も出てきた。
「迷宮深くに引き込んで削っていく。そんな作戦なのかしら?」
ジュノーの問いかけにザスパールが頷く。
「そんなとこだろう。最終的には、焦れて出てきたジュノーをロザリーが討つ、と」
ジュノーが不愉快そうに言う。
「……馬鹿にしてるのかしら。私たちは精霊騎士よ? 迷宮に付き合わない方法なんていくらでもあるのに」
「どうする気だ?」
ジュノーは地図を見た。
〝魔女ミシュレの温室〟には本拠地の旗と団長旗が重なっている。
「前軍に撤退命令。後軍を堀の手前まで進ませて」
「……! よし、わかった!」
ザスパールはすぐさま巻き貝を通して命令を伝え始めた。
「それと、ギョーム。西の陣地へ移動してくれる?」
ギョームは虎の腹にもたれたまま答える。
「……んでだよ」
「戻ってきた前軍から元気な人を十名選んで――」
するとギョームは驚くほどの勢いで跳び起きた。
「儀式していいんだな!? よっしゃあああ!!」
そのままギョームは、使い魔の虎とともに西の陣地へ駆けていった。
前軍が続々と迷宮から出てきて、堀の外へ出る。
入れ代わりに前へ出てきた後軍は、堀の際に横列を作った。
ジュノーは、ある要素で前軍と後軍を振り分けていた。
精霊術による遠距離攻撃が得意か、そうでないかだ。
ザスパールの指示が、子貝を通して後軍全体に伝わる。
「魔導練成――訓練通り――標的、敵本拠地――」
後軍の精霊騎士たちが、一斉に魔導を練り上げる。
「精霊術構築――術射撃開始――」
一斉に幾百の術が放たれ、〝魔女ミシュレの温室〟に降り注ぐ。
構造物の各箇所で轟音が鳴り響き、数多の土煙が上がった。
「間断なく――雨のごとく――」
精霊術は止まない。
遠距離攻撃を行う後軍の後ろでは、ギョームが儀式による集団精霊術を執り行っていた。
「虎よ……虎よ……赤々と燃える……」
ギョームと共に儀式に当たる十名が円を作り、その中心にギョームの使い魔である赤き虎が寝そべっている。
「いかなる不死者の手が……」
ギョームと十人の魔導が、儀式を通して虎に注がれる。
虎は次第に猛り、低く唸り始める。
「お前の眼は燃えていたか……」
虎の瞳に炎が映る。
燃え盛る炎はやがて虎の毛並みに移り、赤き虎が炎の虎へと変貌してゆく。
「虎よ! 虎よ! 赤々と燃えろ!」
業火が燃え広がるように、炎虎が大きくなってゆく。
やがて体長五メートルにも達した炎虎は、ギッ、と〝魔女ミシュレの温室〟を睨みつけ、火の粉をまき散らしながら踊りかかった。
雨と注ぐ精霊術の中、巨大な炎虎が構築物の上に飛び乗る。
足元で地雷術が爆発し、その炎によってさらに誘爆が広がるが、物ともしない。
炎虎が踏みしめるたびに迷宮の屋根は悲鳴を上げ、焼け落ちていく。
炎虎が恐ろしい吠え声を発した。
身体にまとった炎がうねり、炉の中のごとき温度の熱波が辺りを襲う。
たった一時間ばかりで、大迷宮は崩れ去ろうとしていた。