169 グレンとウィニィ
――実況席。実況のヘラルド。
『さて、公。開始直後は各地で散発的に起こっていた殺し合いも、今はほとんど見られなくなりました』
首吊り公が頷く。
『そうだね。うっかり者が消え、知恵ある者は仲間の元に集い――ベルムも中盤に差しかかったということだ』
『公、うっかり者という表現はちょっと。その、保護者も見ていることですし……』
『そうかね? せっかく戦死を経験できるんだ、正しく評価してやってこそ実りになると思うがね』
『それは……たしかに一理あります』
『ベルムでの経験は貴重だ。私は自前の騎士団を持つが、練兵にベルムを使いたいと申し出ても、許可されることはまずない』
『魔導の補給が必要ですからね。〝旧時代〟遺物といっても通常の魔導具と同じく無色の魔導をエネルギー源とします。これだけの規模の魔導具ですから、その必要とする魔導量は相当なものです』
『技師連が一年がかりで充填するんだよね』
『はい。ですから金獅子であられる公の頼みであっても難しい、ということになります。最終試練開催に間に合わなくなると大事ですし』
『……そういえば一度、間に合わなかったことがあったな』
『ええっ!?』
『あれは私も若かったから……二十年くらい前になるかな。技師連が手違いで魔導残量を見誤ってね』
『な、なんと……それで、どうなったのですか?』
『そりゃあベルムは中止……いや、延期か。三年生の中に妙に魔導具に詳しい子がいてね、その子の機転でなんとか開くことができたと聞いている』
『それは不幸中の幸いでしたね』
『技師連の長は首が飛んだがね。失職という意味ではないよ? 物理的にね』
『ああ、それは……仕方ないのでしょうが、悲しいことですね』
『うっかり者が組織の頂点にいてはいけないのさ。慎重で注意深くあらねば』
『なるほど……それは今、ベルムで戦う騎士団の長たちにも言えることでしょうか』
『その通り』
『それでは、現在の状況を整理しましょう』
ヘラルドが手元にある地図に目を向ける。
『これまで、本拠地に立った旗は七つ。そのうち、青地に天秤の旗は早々に消え、先ほど緑地に岩山の旗が消えました。従って残っている旗は五つです』
ビジョンに地図が大写しになる。
北部、丘陵地帯〝槍の塔エル・アルマ〟
――黄色地に王冠の旗。
北部、丘陵地帯〝黄金船アルゴ〟
――青地に羽根の旗。
西の森の奥〝樹上の麗舘エンプレス〟
――緑地にイルカの旗。
南東の端、山岳地帯〝リザン山地の物見塔〟
――赤地に銀の鈴の旗。
南部、湿地帯の南〝魔女ミシュレの温室〟
――灰色地に悪魔の旗。
『目を引くのは北部ですね。すぐ近くに二つの旗が並んでいます。どう思われます、公?』
『先に旗揚げした〝槍の塔エル・アルマ〟のすぐ近くに、遅れて〝黄金船アルゴ〟が旗揚げしたんだよね。好戦的な団長だ、隣で旗揚げしたって利点はないだろうに』
『それぞれの騎士団はどう出るでしょうか』
『一旦、お互いのことは無視して――なんてできるわけないね。これだけ近いと、空き巣が恐くて他を攻めることもできない』
『戦うしかない、と』
『他の騎士団に横槍を入れられても厄介だしね。早いうちにケリをつけておきたい』
『なるほど。――むっ! 〝黄金船アルゴ〟から騎士が出てきました! そのまま〝槍の塔エル・アルマ〟へ向かいます!』
『いよいよ騎士団対騎士団の戦闘だね。胸が高鳴るよ』
青地に羽根の団長旗――グレンは、仲間と共に〝槍の塔エル・アルマ〟へと向かっていた。
グレンは駆けながら、隣を走る参謀役のピートに尋ねる。
「俺まで打って出ていいのか?」
ピートが軽い調子で答える。
「いーのいーの! テレサたち残してるから大丈夫! さ、景気よく行くよっ!」
上機嫌なのはピートだけでなく、一緒に攻めに出たグレン派のほとんどがそうだった。
グレンのような武闘派はもちろんのこと、日頃は物静かな者までが顔を紅潮させている。
青の魔導性がそうさせるのか、彼らは実戦の空気にとても高揚していた。
ピートが叫ぶ。
「見えた! 数……十二!」
天高くそびえる〝槍の塔エル・アルマ〟は、一階あたりの面積はさほどでもなかった。
入り口はひとつ。
その入り口を守るように、ウィニィ派の聖騎士たちが待ち構えている。
「どうする、グレン!」
仲間たちの目が自分に集まり、グレンは迷ってピートを見た。
するとピートはにっこり笑って親指を立ててみせた。
グレンは頷き、大声で命令する。
「止まるな! このまま突っ込む!」
我が意を得たり、とばかりにグレン派の面々が加速する。
距離が近づき、それぞれの手の甲に【剣のルーン】が宿る。
対するウィニィ派は迫りくるグレンたちの勢いに、慌てて隊列を組む。
「「――守り給え!!」」
唱えた聖文は【守護壁】。
自分たちを強固な壁とする聖文術だ。
戦に逸る刻印騎士と、守備に徹する聖騎士。
激突は一瞬だった。
十数の衝突音が矢継ぎ早に起こる。
ある聖騎士は勢いを殺せず吹き飛ばされ、ある刻印騎士は逆に弾き返される。
〝槍の塔エル・アルマ〟入り口は、あっという間に乱戦地帯となった。
優勢なのはグレン率いる刻印騎士だ。
聖騎士は、聖文術による範囲強化を中心とした統率された集団戦が強みである。
戦端の一撃で隊列を崩された聖騎士が、個人戦力に優れる刻印騎士に優位を取れるはずもなかった。
必死に連携をとろうとする聖騎士もいるが、それをさせない存在がいた。
グレンである。
何人かの聖騎士が隊列を組もうとすると、すかさずグレンが突っ込んでくる。
一人切り伏せ、一人投げ飛ばし。
隊列が大崩れしたと見るや、次の聖騎士の塊へ。
終いには聖騎士たちは、グレンを恐れて隊列を組まなくなっていった。
グレンは手近な一人に頭突きを見舞って昏倒させると、入り口の扉から動かない部隊長に斬りかかった。
相手も受け、鍔迫り合いとなる。
鍔迫り合いで押し込まれながら、その部隊長が呻くように言う。
「~っ! 正気か、グレン!」
「何がだ?」
「同盟は!? 取り決めを破る気か!」
「守っているぞ? 誰も殺めていない」
「!」
「本気で戦って見せなきゃ疑われるだろう。お前らこそ本気で――やれッ!!」
「ぐわっ!」
グレンは守る者がいなくなった扉を蹴り破り、仲間たちを振り返った。
「突入するぞ! あんまり弱いようなら、このまま潰してしまえ!」
「「おう!!」」
ピートたちは剣を掲げて賛同し、塔の中へなだれ込んでいった。