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17 入寮の日

 魔導騎士養成学校(ソーサリエ)、女子寮。


 ロザリーは最上階――三階の、一番端の部屋へやって来た。

 部屋には二段ベッドがひとつ。

 それからソファが一脚、置かれている。

 ロザリーは場所取りでもするように、鞄を下の段のベッドに放り投げた。

 彼女の荷物はこれだけだ。


「二人部屋、か。ルームメイトはたぶん――」


 ロザリーの影から音もなく、ヒューゴが迫り出てきた。


「ここが新居?」

「ええ」

「ボクの場所はどこだイ?」

「無いよ、影の中ね」


 ヒューゴは不満そうに目を逸らし、部屋を物色し始めた。


「ここハ?」

「クローゼットはルームメイトも使うのよ? 開けてヒューゴいたらびっくりするじゃない」

「じゃあ、ここハ?」

「ソファの下に死体があったら、完全に事件だと思う」

「文句ばかりだねェ。仕方ない、ここで手を打とう」

「ドアの後ろって、もう隠れる気ないでしょ」


 ヒューゴはわざとらしくため息をついた。


(しもべ)の生活環境を整えるのは、主人の大事な仕事だヨ? 忘れないでほしいネ」

「だから、私の影の中でいいじゃない」

「影の中は酷く退屈なんダ」

「あ、そうなの」


 ロザリーは一瞬考え、ポンと手を打った。


「本を持ち込んだら?」


 ヒューゴは目を見開いた。


「冥府の前庭ニ?」

「うん。ダメかな?」

「ンー、ダメではないけド。暗くて文字は読めないかもしれないねェ」

「ランプも持ち込んだら?」


 ヒューゴはますます目を見開いた。


「考えたこともなかったヨ」

「生活環境、少しは整いそうね?」


 ヒューゴはこくりと頷き、自前の本と部屋にあったランプを掴んで影の中へと消えた。


 そのとき、部屋の外から慌ただしい物音が聞こえてきた。

 次第に物音は近づき、やがて両手に大荷物を抱えた人物がドタドタと部屋に入ってきた。

 前髪から後ろ髪まで同じ長さに切り揃えた、二十代半ばの女性だ。

 ずり落ちそうな眼鏡を、必死に二の腕や表情筋で直そうとしている。


「いらっしゃい、ロロさん」


 ロザリーが声をかけると、彼女もロザリーの存在に気づいた。

 途端、身体がピーンと伸びて、両手に抱えていた寝具、肘にかけていたたくさんの鞄などが、ドサドサと床に落ちる。


「ロ、ロ、ロザリースノウ!?」


 彼女はロクサーヌ=ロタン。

 通称ロロ。二十六才。

 ロザリーよりずいぶん年上だが、れっきとした同級生である。


 獅子王国においては、魔導の素質のある者は齢十二となったら魔導騎士養成学校(ソーサリエ)で学ぶことを義務付けられている。

 そのため貴族は元より一般市民もすべて、魔導の素質の有無を判別する検査を受ける。

 しかし、ロロの素質が判明したのは二十才を越えてからだった。


 理由は単純。

 山里離れた炭焼き小屋に一人暮らしていて、検査から漏れたのだ。

 焼いた炭はふもとの村まで下りて売るのだが、ある年、暖冬のせいで炭が売れなかった。

 困ったロロは、遠く離れた大きな町まで足を延ばすことにした。

 普通なら馬車を使うべき大量の炭を、その背に山と背負(しょ)って。

 痩せの怪力にも限度というものがある。


「どうにもおかしくないか?」


 という町の人の声に従い検査を受けてみると、結果は魔導アリ。

 かくして魔導騎士養成学校(ソーサリエ)の歴史でも稀な、二十代半ばの生徒が誕生したのだった。


「ごめん、驚かせた?」


 ロザリーが荷物を拾おうとロロに近づくと、彼女は小さく跳びはねた。


「えっ、あっ、違うんです! 私が勝手に……ああ! 私ってばロザリーさんを呼び捨てに!」

「同級生だし。じゃ、私もロロって呼ぶね」

「はぅあっ!? 話したこともないのに、そんな親しげに……」

「やっぱり話したことないよね? じゃ、これが記念すべき初会話だね」


 ロロは後ろへクラッと倒れそうになり、なんとか踏みとどまった。

 猫背になり、両手で口元を覆い隠して、ボソボソと呟く。


「あぁ、なんてこと……私、ロザリースノウと会話してるんだ……ずっとずっと話しかけたくて、でもできなくて。陰から見てるだけだったのに……夢じゃないよね? そうだ、記念日にしてカレンダーに○つけとこっと」


 そこまで呟いてから、ロロは不思議そうに見つめるロザリーの視線に気づいた。

 ロロは恥ずかしさのあまり背中を向けて逃げ出そうとしたが、すんでのところで思い留まった。


「しっかりするのよ、ロクサーヌ。最初の印象が大事!」


 ロロは自分の頬をパン! と叩き、それからロザリーのほうを振り向いた。


「私はロクサーヌ=ロタン!」


 ロザリーがこくんと頷く。


「知ってる」

「で、ですよね! ええと……私、ずっとあなたのファンで!」

「……ファン?」


 眉をひそめ、首を傾げるロザリー。

 ロロはロザリーの手を取って、熱っぽく話を続ける。


「きっかけは剣技会です! あなたの勇姿を見てから、すっかり虜に!」

「ああ、この間の」

「ううん、一年生の時の剣技会です! あなたは一年生の小さな女の子で、おまけに貴族でもないのに、上級生をバッタバッタと倒していって! まるでおとぎ話の主人公みたいだった! 準決勝で負けたけど、でも私にはわかります! あれ、三年生に花を持たせたんですよね? だって強くて気高くて美しいあなたが負けるはずないもの!」


 そこまで捲し立て、大きな息継ぎをしてから、ロロが尋ねる。


「でも、なぜここにロザリーさんがここに?」

「なぜって、ルームメイトだから」

「嘘っ!? 本当に? ほんとにホント!?」

「だって、一般出身者で色があった女子生徒は私たちだけでしょ?」

「そうか、必然的に私たちが同室に――じゃあ! これから私たちずっと、ずっとずっと永遠に一緒に寝泊まりするということですか!?」

「ずっとじゃなくて一年間ね。でもよかった、嫌われてるのかと思ってたから」


 ロロは目を見開いて、首をぶんぶん横に振った。


「嫌うだなんてとんでもない! 光栄です! 嬉しいです! はい!」

「じゃあ早速だけど――」


 ロザリーが二段ベッドの上の段を見上げた。


「――ロロは上と下どっちがいい?」


 ロロは上と下を見比べ、下の段にロザリーの鞄があるのを見つけた。


「上にします!」

「下でもいいよ? 私、特にこだわりないからさ」

「大丈夫ですっ! 私、どこでも寝つきいいのが取り柄でして。積んだ薪の上で寝落ちしたこともあるくらいで。ああ、でも下にロザリーさんがいると思うと寝れないかも……」


 そう言いつつ、ロロは上の段によじ登った。

 そして大の字に寝そべる。


「ああ! 上の段、寝心地完璧です! 私、ここにします!」

「そっか、じゃあ決まりね。クローゼットの割り振りも決めとく?」

「……」


 返事がない。

 ロザリーが耳を澄ますと、上の段から小さないびきが聞こえてきた。


「嘘。寝つきがいいにも程があるでしょ」


 ロロに起きる気配はなく、次第にいびきが大きくなっていく。


「……購買で耳栓買わなきゃ」

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