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162 裏ルール

「うおっ! ……ここは……立体模型の中、なのか?」


 ――最終試練(ベルム)開戦直後。

 転移してきたジュノー派の男子生徒が、唖然として周囲の景色を眺める。

 地下の閉鎖空間から大パノラマへの突然の変化に驚きつつ、生徒は直前に配られた地図を取り出した。


「まずは現在地の把握だな。え~と、あの山がこれで……あ、このマーカーが現在地なのか?」


 そうやってブツブツとひとりごとを言いながら地図を見ていると、背後から物音がした。


「誰だ!」


 振り向いて剣を抜き、音がした岩陰を睨む。

 しばらく間を置いて女子生徒が出てきた。


「なんだ、パメラか」


 ふんわりとした長い金髪と甘い声が特徴の黄クラス生、パメラ=コルヌだった。


「よかったぁ、ジュノー派の人いて! 一人でどうしようかと……怖かったぁ」

「そりゃ運が良かったな。ま、ジュノー派が多いんだから普通っちゃ普通だけど」

「だね~。一緒に行動していい?」

「もちろんだ」


 男子生徒は剣を納め、再び地図に目を落とした。


「とりあえず、どこ向かう?」

「まずは今、どこにいるかだね」

「自分の現在地はマーカーでわかる」

「そうなの? 見せて見せて」

「あんまくっつくなよ。お前だって地図持ってるだろ?」

「なに? 照れてんのぉ?」

「そんなことは! ……ない、とも言えないけどさ」

「ふふ~ん。やっぱりねぇ」


 パメラが身を寄せて、男子生徒の地図を覗き込んだ。

 男子生徒はパメラの体温と香りを感じ、ふいっと視線を逸らした。

 そして、ふと気づく。


「そういやパメラ。昨日の前夜祭いたっけ――っぐあっ!?」


 男子生徒はパメラを突き飛ばし、よろめく足で後ずさった。

 痛む腹を押さえてその手を見ると、赤い液体でべっとりと濡れている。

 パメラはすぐに立ち上がり、剣刃を濡らす血液を素振りで吹き飛ばした。


「パメラ……おま……えっ……」


 男子生徒の負った傷はすでに致命傷だった。

 すぐに膝をつき、横倒しに倒れ、パメラを見上げる。

 パメラは油断なく彼に近づき、上から彼の首元を貫いた。


「ごめんね? でもこれって戦争だからさ」


 仮初の命が絶えた男子生徒は、次第に薄らいで消えていった。

 残った血の跡を見てパメラが言う。


「ところで名前なんだっけ? モブ男子は覚えられないんだよねぇ」



 ――実況席。

 次々に起こる惨状を見つめ、首吊り公が言う。


『ベルムにおいて最も危険な時間帯――それが開幕直後だ。事前に派閥を組んでいても、それは口約束に過ぎない。旗揚げし、実際に団員となるまでは出会う者すべて敵だと思わねば』


 実況のヘラルドがそれに頷く。


『たしかに近年の脱落者と時間経過のグラフを見ても、開始直後はかなり危険だと言えます』


『悪気はなくとも裏切りや事故は起こるんだよ。状況が悪くて仕方なく敵につく、なんてのは実際の戦でもよくあることだし』


『まさに戦争――』


『――その通り。騎士団を旗揚げし、団員にしたときに初めて仲間だといえる』


『今は個人個人である生徒たちも、次第にどこかの団員になるべく動いていくと思われます』


『逆に言えば、いち早く軍を整えた騎士団が優位に立つわけだが』


『疑心暗鬼でバラバラの敵方に対し、集団で当たることができますね』


『ただ、焦りも禁物でね。周りに仲間がいないのに旗揚げしたりすると、あっという間に周囲の敵に本拠地落とされて脱落となってしまう』


『それは十分にあり得ますね。では派閥の長たちはどうすれば?』


『信頼できる者との合流を急ぎたいものだね。そうだ、裏ルールを使う手もなくはないが』


『あ~、公。事前の打ち合わせでは、裏ルールについてはそういう場面が出てくるまでは言及しないことにしておりましたが……』


『そうだっけ? ごめんなさい』


『いえ、お気になさらず……おや? ちょうど裏ルールについて話している集団があるとの報告が運営チームから上がってきております』


『ほう。ナイスタイミング』


『ではビジョンを南東山岳エリアに切り替えます』



 ――ベルム南東、山岳エリア。


「裏ルール? 何のこと?」


 ベルが訝しげにオズに尋ねる。

 オズはヘラッと笑って答えた。


「察しが悪いなぁ、ベル。ルールに書かれていないルールのことさ」


 ベルの目がキッと細くなる。


「ふざけないで」


 オズは「へいへい」と小馬鹿にでもするように笑って、それから説明を始めた。


「どこかの団員になると、もう降伏はできない。そうルールにあったよな?」


 レントンが頷く。


「ああ。団員になると裏切りはできないルールだろ?」

「そう。でもこれってさ、説明不足な点があると思わねぇ?」

「説明不足?」


 レントンがそう呟いたのを契機に、ベルとレントンとギリアムが考え込む。

 それを見て、オズがまた笑う。


「悪ぃけど、そんな悩むほどの質問じゃないんだけど?」

「じゃあ勿体つけないで言いなさいよ」

「そうだ。さっさと言え」


 ベルとレントンが苛立ちを隠さずに不満を言う最中。

 ギリアムが「あっ」と声を上げた。


「団員は降伏できないけど、団長はどうなんだ?」


 ベルとレントンが顔を見合わせる。


「それは……できないでしょ?」

「そうだよ。団員が裏切れないのに、なに団長が裏切ってんだって話になる」

「ん? ちょっと待って。ベルムにおいて降伏は裏切りではないわ。相手の騎士団に入ること。そうよね?」

「あ? ……まあ、そうだけど」

「団長が降伏したら、団員はどうなるんだろう?」

「どうなるって……はあ!? じゃあ団長を降伏させれば、相手の騎士団ごと自分の騎士団に吸収できるってことか!?」


 ベルとレントンは目を見開いて見つめ合い、それから同時にオズを見る。

 オズは満足そうに頷き、ニヤリと笑った。


「団員が降伏できないから当然団長もそうだと思う。そこが盲点になってるんだな」

「でも! それが本当ならルールに明記されているはず! そのくらい重要なルールだわ!」

「そんなの俺は知らねぇよ。でもそういうルールなのは確かなんだ」

「いいえ! あなたの言うことはやっぱり信用ならない!」


 オズは後頭部をポリポリと掻いた。


「信じてもらえないのは予想通りだけど、そこまで否定されるとはなあ。近くに候補地が二つあれば実証実験やってもいいんだが……生憎ひとつしかない」


 レントンが地図に目を落とす。


「これか。〝リザン山地の物見塔〟……たしかに近いな」


 ギリアムが三人の顔をキョロキョロと見回す。


「えっと、団長が降伏できるから、それがなんなんだ?」


 レントンが舌打ちして答える。


「鈍い奴だな。オズはこの四人でまず騎士団を立ち上げて、それからジュノーと合流して降伏すればいいと言っているんだ」

「おぉ!? それ良いじゃないか! 同士討ち(フレンドリーファイア)禁止があるから、オズやレントンに殺される心配がなくなる!」

「ちょっと待てギリアム。何しれっと俺も含めてんだよ、殺すぞ?」

「ヒッ! ほらぁ~、やっぱり殺す気じゃないかぁ~!」

「言葉のあやだろ、喚くな」

「ベルぅ~、殺される前に早く旗揚げしよう! なっ? なっ!?」


 ギリアムにすがりつかれ、ベルは深くため息をついた。


「……ギリアム。オズの言う裏ルールとやらが出任せだったらどうするの?」

「えっ? 何のためにそんな嘘つくんだ?」

「わからないわ。でも嘘だと思う、オズだから」


 オズは苦笑して言った。


(ひっで)ぇ言い草!」

「そう? じゃあ聞くけど。仮に四人で旗揚げするとして、誰が騎士団長をやるの?」

「そりゃあ……」


 オズは首を大きく傾げたり、夜空を見上げてぶつぶつ呟いたりとわざとらしく悩んで見せて、それから自分の胸を親指で指し示した。


「俺だろうな」

「ほらね?」

「オズッ! てめぇやっぱり騙す気だな!」

「えっ? えっ?」


 ベルは腕組みしてオズを見下し、レントンは声を荒らげ、ギリアムはおろおろした。

 オズは口を尖らせる。


「そりゃそうなるだろ。だってお前ら剣技会で何位だったよ?」

「それ関係あるのか、オズ?」

「大アリだよ、ギリアム。騎士団長がやられたら配下の団員も敗北。ベルムから除外されちまう。だったら団長は強いに越したことはないだろう?」

「うん、そりゃそうだ」


 納得して頷くギリアムをレントンが怒鳴りつける。


「おい、ギリアム! 簡単に騙されるんじゃねえ! こいつはお前が大嫌いなオズだぞ? わかってるのか!」

「おっ、怒るなよ、レントン。わかってる、わかってるって……」

「とにかく――」


 ベルが腕組みしたまま、オズをじろりと睨んだ。


「――私たちがあなたの配下になることはない。残念だったわね」

「わーかったよ、ったく」


 オズは諦めのため息をついて俯いた。そしてすぐに顔を上げる。


「じゃあ誰がやる? ベル? レントン? まさかギリアムはないよな?」


 ベルとレントンは驚いて顔を見合わせた。

 ギリアムは言い方が気に喰わなかったようで、オズに食ってかかった。


「どういう意味だよ、オズ! 俺だってなあ!」

「落ち着けよ、ギリアム。団長がやられたら団員も敗北するってことは、団長が真っ先に狙われるってことだぞ?」

「……ああ、そうか」

「ギリアムは荒事に向かないって。だってお前、実はけっこう優しいじゃん?」

「そうなんだよ、俺ってけっこう優しくて――痛っ! お、ちょっ……」


 ギリアムはレントンに頭を小突かれ、ベルに脇にやられた。

 そしてレントンとベルがオズの顔を覗き込む。


「……オズ。あなた、私たちの配下になってもいいっていうの?」

「そりゃ嫌だけど。俺じゃダメならしょうがなくね?」

「俺でもか? 俺は家人の使い方とか荒いぞ?」

「ぽいなあ、レントン。でもお前でもだ。別に団長だからって命令権とかあるわけじゃないしな?」


 ベルとレントンが三度、顔を見合わせる。そこへオズが言う。


「いま回避すべきはこの四人の内での殺し合いで、仮の騎士団でもそれは回避可能だ。団長は俺でなくてもいい。これでも組めないって言うなら、俺はもうお前たちから敵と見られてると判断する」

「……まあ、俺はそう判断されても一向に構わないが?」

「お前はそうだよなぁ、仲間殺しのレントン君?」

「また言ったな。殺してやる」

「お前、口ばっかだな。早くやってみろよ」


 オズとレントンが無表情に睨み合う。

 互いに腰の剣にゆっくりと手が伸びる。


「待って!」


 ベルはそう叫んで、「あ~、もう!」と頭を掻きむしった。

 それからすごい剣幕でまくし立てる。


「これから四人で〝リザン山地の物見塔〟へ向かう! 団長は私! あなたたちは団員! 文句ある!?」


 今度は男三人で顔を見合わせ、揃って顔を横に振った。


「ないわね!? じゃあ、とっとと歩けっ!」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ベルム終わった後の事考えてなさ過ぎのような 貴族としての付き合い続くんだよ~、ベルム後のフォロー失敗すると一生恨まれんかこれ [一言] 成程、〝一人騎士団〟はそういう意味か。
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