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158 決戦前夜―3

 ウィニィとグレンが密談していた頃。

 ソーサリエ庭園エリアでは、ジュノー派による前夜祭が催されていた。


 広大な敷地のそこかしこにイルミネーション仕様の魔導ランプが飾られ、夜の庭園を幻想的に浮かび上がらせている。

 楽師の奏でる音色が賑やかに鳴り響き、ジュノー派の約三百名はそれぞれに談笑し、前夜祭の雰囲気を楽しんでいた。

 その中を青いドレス姿のジュノーが、挨拶をしながら回っている。


「一緒に戦ってくれて嬉しい。明日はよろしくね?」


 そう言ってにこやかに笑うと、また別の人の集まりへ。

 まるで花から花へ渡る青い蝶のようだ。


「ジュノー」


 ザスパールが他に聞こえぬように、静かにジュノーを呼んだ。


「何かしら?」


 笑顔を崩さず、彼に一瞥もくれずジュノーがそう言うと、ザスパールは目立たぬように彼女に近づき、目を伏せて囁いた。


「テレサがいない。調べてみると、他にも来ていない青クラスの奴がいる」

「グレンが立ったのね」

「おそらく。どうする?」

「どうもしない。グレンが立つのはわかっていたし、彼の狙いはロザリーだけ。精々頑張ってロザリー派の戦力を削ってくれたらいいわ」

「確かに。……それと、ウィニィ殿下とお供たちもまだ来てないが、聞いてるか?」

「ウィニィ様は来ないわ」

「ご病気か? 明日は大丈夫なのか?」


 するとジュノーは目を丸くし、それからおかしそうに笑った。


「フフ、ある意味そうなのかも。思春期特有の、誰しも罹りうるはしかのような。青臭い病……フフッ」

「すまないジュノー、わからない。わかるように言ってくれるか」


 ジュノーは笑顔を凍らせ、困惑するザスパールを見つめた。


「グレンと同じよ」

「グレンと……ッ、殿下も立たれたのか!」

「シッ。声が大きい」

「す、すまん。……しかし、それは一大事じゃないか。呑気に前夜祭やってていいのか」

「他に何をやると言うの?」

「青や黄のクラス生がグレンや殿下に流れないように繋ぎ止めるとか」

「今やってるのがそれではなくて?」

「……そうだな。確かにそうだ」

「心配しないで、ザスパール。ウィニィ様の狙いもロザリーよ。派閥は割れたけれど、結局は何も変わらない。二人が積極的にロザリーを狙うぶん、有利になったと言えるかもしれない」

「……わかった。そう考えることにする」

「あっ!」


 ジュノーは何か思い出したのか、胸の前で手のひらを合わせた。


「そうだ、オズは呼んでくれた?」

「ああ。言われた通り、緊急事態が起きたから作戦を変える、と言って呼び出した。来るかはわからないが」

「来るわ。緊急事態と聞けば、じっとしていられない(たち)だから」

「でも、いいのか? 今ここに来れば内通がバレてしまうかもしれないが」

「バラすのよ」

「何? 明日の本番で裏切らせて、ロザリーを討たせるんじゃなかったのか?」

「ロザリーに刺さりうる刃を捨てるのは惜しいけれど、でもその切っ先が本当はどちらを向いているのか、今になってもその確証を持てない」

「まあそれは……だがそれは織り込み済みのはずだろう? バラしたところで何の得もないんじゃないか?」

「前から思ってたの。オズが本当はロザリー派であったとして、それはロザリーの策略ではないんじゃないか、と」

「ロザリーは策を弄するタイプではないと?」

「そんな曖昧なもので判断しないわ。事実として、彼女は圧倒的な強者なの」

「策を弄する必要がない?」

「その通り。そう考えると、これはオズの独断かもしれない」

「ん……ま、やりそうではあるが」

「うちにスパイしてること、ロザリーは知らないんじゃないかしら?」


 ザスパールが目を見開く。


「まさか……いや、あり得る。なら……仮にロザリー派であっても、絡め捕れるかも?」


 ジュノーは嬉しそうに頷いた。




 しばらくして。

 宴で賑わう庭園エリアに、フードで顔を隠した男が慌てた様子でやってきた。

 オズである。

 キョロキョロと辺りを見回して、誰かを捜している。


「オズ!」


 ザスパールが大きく名を呼んで、手を振りながら近寄ってきた。

 オズは自らも駆け寄り、ザスパールの肩に腕を回して顔を寄せた。


「どういうつもりだ、ザスパール」


 フードを深くして周囲から顔が見えないようにしながら、オズはザスパールを睨みつけた。


「何だ? 何を怒ってる?」


 ザスパールは妙に上機嫌で、頬が赤らみ、ずっと笑みを浮かべている。

 ザスパールが持つグラスに満たされた薄い黄金色の液体を見て、オズは舌打ちした。


「……作戦変更って本気なのか?」

「ああ。ジュノーが決めた」


 そう言ってザスパールはグラスを口に当て、目を細めながら黄金色の液体を喉に流し込む。

 それを見たオズは、忌々しそうに彼に囁いた。


「直前に作戦変更なんて、失敗する典型じゃないか」

「悪いがオズ。俺は今とても気分が良くて頭が回らない。そういう話ならジュノーとしてくれ」


 そしてザスパールはオズの腕を解き、危なっかしい足取りで去っていった。


「彼女はどこだ!」


 オズが叫ぶと、ザスパールは庭園の中央に設えたステージを指差した。

 オズはステージに向かった。

 舞台上では楽団が緩やかな音を奏でていて、ジュノーの姿は見当たらない。

 オズは舞台裏へと回った。こちら側は薄暗く、人影はあるがジュノーはいない。

 オズは天幕で作られた楽屋へ入った。

 人影は見えない。


「ジュノー! いるか!」


 するとドレッサーの陰から青いドレス姿のジュノーが現れた。


「いらっしゃい、オズ」

「お、おう」


 美しく着飾った彼女を見て、オズは面喰った。

 ジュノーは気にせず近づいてきて、柔らかな手つきでオズのフードを下ろした。

 そして潤んだ瞳でオズを見つめて言う。


「どうしたの? 変よ?」

「いや、綺麗だなって」

「フフ、バカね」


 ふとオズは視線を逸らし、心の中で自戒した。


(ダメだ。美人に弱い(たち)どうにかしないと。いつかひでえ災難に遭う気がする)


 そんなことを考えていると、不意に右手を引かれた。


「おい、ジュノー?」

「来て! みんな待ってる!」

「……みんな?」


 ジュノーはオズの手をギュッと握ったまま楽屋から階段を駆け上がり、舞台袖へ進む。

 気づくとオズは、ステージ上に立っていた。

 楽団がファンファーレを奏で、宴席の人の目が一斉にステージ上に注がれる。


「ジュノー!」「ジュノー!」


 繰り返し呼ばれる名前に、ジュノーは満面の笑みで手を挙げて応える。


「みんな! 最後の夜を楽しんでる?」


 歓声、拍手。

 ジュノーは満足げに何度も頷いた。

 それからまた、ジュノーコール。

 それが静まるのを待って、ジュノーは語りだした。


「私はこれまで、派閥の長として十分な働きができなかった。それでも立っていられるのは、こうしてみんなが応援してくれるから。本当に感謝してるわ。ありがとう」


 ジュノーを励ますような拍手が起きる。


「特に、剣技会ではみんなを不安にさせた。ベスト8にロザリー派から四人も残ってしまった。もしかしたら最終試練(ベルム)でも負けるかも……そう思った不届き者も中にはいるんじゃない?」


 そう言ってジュノーが悪戯っぽく微笑むと、客席のあちこちから笑い声が漏れた。


「そうそう。剣技会と言えば、ベスト8に残ったラナが脱落したことは知ってるわね? 彼女が最終試練(ベルム)に出られないのは残念だけれど、これは仕方のないこと。そして、それでひとつ私たちは有利になった」


 そこまで話したジュノーは、隣に立つオズの肩に手を置いた。


「そして今! 私たちはまたひとつ勝利に近づいた! オズ=ミュジーニャ! 私たちの仲間よ!」


 おおおっ、と、どよめくような歓声が起きた。


「お、おい!」

「いいから任せて」


 抗議の意を示すオズの口に、ジュノーは人差し指を当てて黙らせた。

 そして秘密の話でもするかのように、コソコソした態度で宴席に語りかけた。


「実はね。元々仲間だったの。でもロザリー派のフリをしてもらっていたわけ。スパイってやつね。だけどそれも、もう終わり。明日は共に戦うわ」


 そしてオズのほうに向き直り、「頼りにしてるわ、オズ」と、彼の手をぎゅっと握った。

 再びの歓声、拍手。


「ほら、オズ。歓声に応えたら?」


 オズは何か夢でも見ているかのような心地で宴席を眺めた。


(……何だこれ。俺、ここに何しに来たんだっけ?)


 ぼんやりと同級生たちの一人一人の笑顔を順番に眺めてゆく。すると、笑顔ではない同級生の顔を見つけた。


「ん? あいつは……えっ! 何でここに!?」


 引きつった顔でステージを見ていたのは、アイシャと共にロザリー派に入った女子生徒だった。

 彼女はオズに見られていることに気づき、足早にその場を離れていった。


「おい! ちょっ……待ってくれ!」


 オズの様子にジュノーが気づき、周囲の幹部たちに尋ねた。


「あれは誰?」

「私が呼んだの」


 答えたのはステージ下にいたベルだった。オズがハッと気づく。


「そうか、あいつはお前の元、取り巻き……!」

「スパイじゃないわよ? あの子は正真正銘ロザリー派。最後の授業で私が醜態を晒したから、見限られたの」

「じゃあ何でここに」

「派閥は分かれたけど、最終試練(ベルム)の後も私たちの人生は続くもの。あの子とは実家も近いし、卒業前に仲直りしておこうと思ったの」

「……」

「でも、ジュノー。あなたには報せておくべきだった。ごめんね」


 ジュノーは何でもない、というふうに手を振った。


「謝るようなことではないわ。気にしないで」


 ベルはホッとした顔で笑った。


「ありがとう、ジュノー」

「……チッ!」


 オズが舌打ちして駆け出そうとして、それをジュノーが手を握って止めた。


「どこへ行こうというの、オズ?」

「どこって、あいつを止めないと!」

「なぜ?」


 ジュノーの瞳にじっと見つめられ、オズは言葉を飲んだ。


「……そうか。もうスパイやらなくていいんだな」

「そうよ。もう演じる必要も、ロザリーに弁解する必要もないの。行ったところで、裏切り者と罵られるのが関の山よ」

「だな! つい条件反射で……潜入が長すぎたせいだな」


 ジュノーが手を離し、彼の腕を優しく触る。


「嫌な役割をさせたわ……今夜はここで過ごすといい、寝室も用意するから――」

「――いや! やっぱ戻る!」


 そう言うや否や、オズはパッと駆け出した。

 ステージから飛び降り、あっという間に遠ざかっていく。

 その背中にジュノーが叫ぶ。


「オズ! 今さら戻れないでしょ!?」


 するとオズは振り向いて叫び返した。


「私物は全部、ロザリー派の個室にあるんだよ! 今、取りに行かなきゃ何されるかわかんねえだろ!」


 そしてオズは庭園エリアから走り去っていった。

 ベルがゆっくりとステージに上がり、ジュノーの横に立って囁く。


「……行かせていいの?」

「素直に仲間になるとは思っていないわ。とりあえずロザリーとの信頼関係さえ壊せれば十分」

「ふ~ん。ジュノーって、何気にオズの評価、高いよね?」

「同じ黒獅子騎士団でしごきに耐えた三人だもの」

「ジュノーとオズと、あとグレン」

「ええ。その三人の中では実力はオズが一番下。でも一番伸びたのはオズなの。ニド殿下も舌を巻いたほど」

「へぇ。あのヘタレがねぇ……」

「ところでベル」


 ジュノーが悪戯っぽい微笑みを浮かべて言った。


「あなたを裏切ってロザリー派に行った子、本当に仲直りするの?」


 ベルはげんなりして言った。


「ま・さ・か。一度裏切ったなら、また裏切るに決まってるもの」

「フフ、何と言って呼び出したの?」

「大好きなチョコレートケーキがたくさんあるわよ、って。食い意地張ってるのよ、あの子」

「フフッ、そうなのね。そういえばうちの食い意地担当を見ていないわ。どこかにいたかしら?」

「誰のこと?」

「ポポーよ」


 ロザリー派作戦本部へオズが急ぐ。

 夜のソーサリエは人気なく、庭園エリアの賑わいがまだ遠くに聞こえる。


「……何が『いつか災難に遭う気がする』だよ、いつかって今日じゃねえか、クソッ!」

「どうする!? 考えろ、オズ!」

「どう言い訳すれば……いや、もう言い訳すらできないかも? 【符丁】のまじないの合言葉を変えられてたら入れねえし」


 早足で歩きながらも、愚痴が口をついて次々に出てくる。


「だいたい……んっ?」


 オズは頬に冷たさを感じ、夜空を見上げた。

 月も見えない暗夜の空から、ポツ、ポツと雫が落ちてきた。

 雨足はすぐに強まり、本降りとなった。


「ああ、もう! 厄日かよ!」


 オズはフードを被り、襟を閉じてさらに急いだ。

 やっと旧校舎棟までたどり着いたころには頃には、オズはびしょ濡れになっていた。


「最悪だがこれはこれで悪くねえな。着替えだけさせてくれって頼めば、言い訳するタイミングくらいは――ん? あれは?」


 旧校舎の前。

 雨の中に佇む女子生徒がいる。

 ステージでオズが見かけたロザリー派の女子生徒とは違う。

 もっと背が低く、ずんぐりとしていて、特徴的な赤毛が雨に濡れてべったりと顔や背中にくっついている。

 普通ではない様子に、オズはおそるおそる近づいて声をかけた。


「ポポーか?」


 俯いていたポポーは、ゆっくりと目を上げた。


「……オズ君」

「どうした? 何かあったか?」

「……」

「とにかく、校舎に入ろう。身体が冷える。明日は最終試練(ベルム)だぞ?」


 そう言ってオズがポポーの背中を押すが、彼女の足は地に根を張ったように動かない。


「……もう、うんざり」

「ポポー?」

「ジュノーさんが嫌。もう大好きなあの人はいなくなっちゃった。幹部のみんなも嫌。本心隠してジュノーさんの顔色ばかり見てる。レントン君は大嫌い。ラナさんを卑怯な方法で脱落させるなんて許せない」

「そうか。お前、正直者だもんなあ」

「違う。違う!」


 ポポーは激しく首を横に振った。


「一番嫌いなのは私! 卑怯なのは嫌なのに、正しくないってわかってるのに! 何もしない卑怯者の私が嫌っ!!」

「待て待て。ポポーは卑怯じゃないだろ? レントンにも噛みついてたじゃないか」

「でも何もできなかった! 嫌なことばっかりなのにそれを受け入れようとしてる私が一番嫌なのっ!!」


 そしてポポーはキッと睨み、オズの胸ぐらを掴んだ。


「オズ君も嫌! ロザリー派だって言ったじゃない!」

「っ、ポポー……」

「ロザリー派ならなぜアイシャさんを!? 脱落したラナさんを利用したのも許せない!」

「それは、違うんだ」

「違う? じゃああれは嘘なんですか!? どっちが本当!? オズ君は嘘ばっかりでわかんない!」


 ポポーが投げ捨てるように手を離し、オズが泥濘の中に尻餅をつく。

 そのオズへ向かって、ポポーは大声で罵った。


「嘘つきは大嫌い! だって嘘つくもん!!」


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― 新着の感想 ―
ポポーは貴族には向いていない。 けれど、仲間にしたいのは、きっと、こう言う子。
[良い点] ポポちゃん好き
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