157 決戦前夜―2
その夜。
とんがり帽子の屋根が特徴の、赤の校舎棟。
グレンを先頭にグレン派の二十二名が廊下を歩いていく。
「なんで赤の校舎なんだ?」
シリウスが問うと、ピートが振り返って答えた。
「今夜、ジュノー派が庭園エリアで前夜祭を開くんだ。たっくさん御馳走が出て、芸人呼んで出し物まであるんだって。まったく、うらやましいよ」
「……そうか、ここが庭園から一番遠いから」
「そそ。密談にはもってこいってわけ」
暗い廊下を渡り、階段を上り、また廊下を行く。
三年間で一度も足を踏み入れることのなかった他魔導性の夜の校舎は、どことなく不気味で緊張を強いられた。
「おい、あれ」
シリウスが囁くように言うと、隣のテレサも頷いた。
廊下の向こうから、自分たちと同じように歩いてくる集団がいる。
「ありゃ誰だ? 暗くて見通し悪いな」
「シリウス。あんたの人生みたいね?」
「うっせーよ、テレサ」
「シッ。先頭の小柄なのってもしかして――」
「――ウィニィ殿下?」
「横にいるのは……ロイドじゃない?」
「パメラもいるぜ。あっちも二十人くらいか」
「黄のクラスの実力者が揃ってる。うちとそっくりね」
「! おいおい、それって!」
「ウィニィ殿下も立つってことね」
グレン派とウィニィ派の面々が顔を突き合わせた。
どちらの派閥も緊張した面持ちで、お互いの顔ぶれをそれぞれに確認している。
「やあやあ。ウィニィ派のみなさん、こんばんは」
ピートが砕けた様子で切り出すと、ロイドが一歩前へ出てきた。
「そちらの条件通り、全員で来てやった。これで組むことに異論はあるまい?」
「いやいや! 僕はみんなと相談しなきゃ決められないと言ったんだ。組むかどうかはこれからさ。だろう?」
ピートが振り返ってグレン派の面々に問うと、誰もが一様に頷いた。
「相も変わらず刻印騎士というのはまとまりの悪い連中だ。今から決めるのか? 我々は待っていればいいのか? 今夜中に決まるのか?」
「さてね。君の言う通り、青クラス生はまとまりが悪いから。朝までかかっちゃうかもね」
グレン派の面々がクスクスと笑う。
ロイドはピートを睨みつけて言った。
「話にならんな。帰りましょう、ウィニィ様」
「まあ待ちなよ、ロイド」
「朝まで待つつもりはないぞ、ピート」
「僕らの大将が話していない。帰るのはそれからでもいいはずだ。違うかい?」
ロイドは目を細めてピートを見、それからウィニィのほうを振り返った。
ウィニィは小さく頷いて前へ出てきて、ロイドは入れ代わりに後ろへ下がった。
ピートも同じように下がり、グレンが前へ出てくる。
「グレン」
先に口を開いたのはウィニィだった。
「なぜ全員で来させた? 今みたいに敵対心を煽り合う結果になるのはクラスが違うんだから当然だ。やはり代表者だけで話し合うべきだったと思うが」
するとグレンは、腕組みして首を傾げた。
「お前が同盟の話を持ち掛けてきたとき、妙に清々しそうに見えてな」
「清々しそう? 何だ、それ」
ウィニィは笑ったが、グレンは真剣な顔でウィニィに顔を近づけた。
「お前は本音がわかりやすい奴だった。でも今は本音か嘘かわからない。今までのお前と何かが違う」
そしてグレンは、後ろにいる仲間たちを振り返った。
「いつもなら騙されてやってもいいんだが、今回は俺も事情が違う。仲間がいる」
ウィニィは片眉を上げた。
「ふぅん。それで仲間たちと一緒に僕を品定めしようというわけか。みんなで決めれば、騙されたとしてもグレンだけの責任じゃなくなるもんなぁ?」
ウィニィは挑発するように言ったが、グレンはただ「そうじゃない」と首を横に振った。
「そうじゃない? じゃあなぜ仲間を集めた?」
「お前に、お前の仲間の前で話してほしかったからだ。ウィニィ=ユーネリオンは、自分を信じる仲間の前で、虚言を弄することのできる人間ではない。お前の本心が聞きたい」
ウィニィはとても驚いた顔をした。
「そうか、なるほど。試されていたのは僕だったか。……考えもしなかったな。フ、ククク……」
何がツボに入ったのか、ウィニィは急に笑い始めた。
グレンが眉をひそめる。
「ウィニィ。やっぱりお前は今までと違う」
「ククク……そうか? フッ、フフフ……」
ウィニィは腹を抱えて笑い続けている。
「チッ、来るんじゃなかった」
グレンは舌打ちし、踵を返した。そして来た道を引き返していく。
彼の派閥の面々もそのあとに続く。
「いいのか、ピート!」
叫んだのはロイドだった。
「このままではどちらも勝てないぞ!」
ピートは背中で振り返った。
「あれあれぇ? さっきは君のほうが帰るって言ってなかったっけ?」
「それは……っ」
「嫌味役も大変だね、ロイド。でもしょうがないのさ、僕らの大将が決めたことだから」
「勝てなくてもか! 俺たちは大将を勝たせるために動くべきだろう!」
ピートは答えず、手だけを振って去っていく。
困り果てたロイドがウィニィを見ると、ウィニィはまだ笑っていた。
「フフフ……すまない、ロイド。ちょっと、ちょっと待って。……フフッ」
そしてウィニィはやっと顔を引き締め、駆け出した。
走りながら、去っていくグレン派の背に大声を投げかける。
「待て! 聞いてくれ、グレン! グレン派のみんなも!」
グレンたちが足を止め、ウィニィが追いつく。
「……もう笑わなくていいのか?」
グレンが問うと、ウィニィはにっこりと笑みを浮かべた。
「笑ってすっきりしたよ。もう笑わない」
ウィニィ派の面々も追いついてきて、もう一度全員が顔を突き合わせる。
その場の誰もが自身の言葉を待っている。それを認めたウィニィは、不意に着ていたシャツのボタンを外し始めた。
「ウィニィ様! 何を!」
止めようとするロイドを手で制し、シャツを脱いでいく。シャツの下は厚手のタンクトップで、それもウィニィは一気に脱ぎ捨てた。
「ウィ、ニィ……お前……」
グレンはそれっきり絶句した。
ピートも、テレサも、シリウスも。ウィニィ派であるロイドやパメラまでも、その光景に言葉をなくした。
「僕は女だ」
押さえつけていた厚手のタンクトップの下には、下着越しにもはっきりとわかる胸のふくらみがあった。
「僕は騙していたのかもしれない。グレン、君のことだけでなく、ロイドたち仲間のことも。このことを知っているのはジュノーとロザリーだけだ」
「ウィニィ……」
「清々しく見えたのなら、それはきっと自分を偽らないと決めたからだろう。なのに僕は、自分が女であることをまだ偽っていた。それに気づいて、おかしくて笑ってしまったんだ」
そしてウィニィは凛として言った。
「僕は王族で、聖騎士で、女で、そしてロザリーを愛している。愛しているからこそ、確かめなくてはならない。この愛が本物かどうかを」
グレンは目を瞬かせて呟いた。
「……驚いた。こんなに驚いたのは、そうだな……アトルシャン事件のとき、ロザリーが黒犬親父を倒したとき以来か」
「それは光栄だ」
「だが正直、愛を確かめるうんぬんってのは俺にはわからん」
「そうかい? グレンも同じだと思うけど」
「俺が?」
「本当のところ、勝ち負けなんてどうでもよくて、自分がロザリーに並び立てる存在か確かめたいんだ。そうだろう?」
「……否定はしない」
「僕らはロザリーと認め合いたいんだ。僕らはもう彼女を認めてる。だからロザリーに自分を認められたい。そして何より、認められるに相応しい存在だと自分を認めてやりたいんだ」
「それが確かめるってことか」
「同じだろう?」
「……そうかもしれない」
「目的は同じ、敵は強大。もはや組む組まないの話じゃない。僕らはひとつ。同じ派閥だ」
グレンは幾度か頷き、それから言った。
「確かにな」
「じゃあ決まりだ」
「――ちょっ、ちょっと待った!」
ピートだった。
彼は慌てた様子で二人に割って入り、グレンとウィニィの顔を交互に見た。
「それってグレン派? ウィニィ派? 僕らはどっちの派閥になるのさ!」
「どっちでもよくない?」
「ああ、どっちでもいい」
「ええ~。困るよ、決めようよ~」
するとロイドが嫌味っぽく言った。
「おや? ピート、大将が決めたことには従うんじゃなかったのか?」
「いや、それは……えーっ、このままグレウィニ派でいくの?」
ロイドが大きく首を横に振る。
「ウィニグレ派だ」
「そこ? 順番の話? いや、どうせ本番では騎士団長決めなきゃいけないんだしさ。決めとこうよ」
「まあ、それはそうだ。……ウィニィ様、いかがいたしましょう」
話を振られたウィニィは少し思案し、グレンを見上げて言った。
「本番で決める。だが決め方は今、決めておこうか」
「どう決める?」
「最終試練には裏ルールがあってね」
「裏ルール?」
「それを踏まえて、こんなのはどうかな?」
ウィニィがグレンの耳元でもにょもにょと囁く。
ただそれを聞いていたグレンの顔に、次第に笑みが浮かんでいく。
話を終えたウィニィは、グレンに向かってこぶしを突き出した。
「グレン、乗るか?」
グレンは笑顔のまま、自分のこぶしをぶつけた。
「乗った!」
来週の2話目からベルム本番に入ります。
それに伴い、1話目と2話目の間にもう一度キャラ紹介を入れる予定です。
本番には生徒名がたくさん出てくる&前回のキャラ紹介がだいぶ前になったので……