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156 決戦前夜―1

 最終試練(ベルム)、前日。

 ウィニィの住む王族専用個人寮。


「待って! 待ってください、ウィニィ様!」


 引き留めるジュノーに構わず、部屋を出ようとするウィニィ。

 ジュノーが駆け寄って、彼の手首をしっかと掴む。


「理由を……今日になってそんなことを言う理由をお教えください!」


 ジュノーは予測を立てていた。

 こうして自分も感情的に迫れば、ウィニィは無理やり手を振り払って、それからがなり立ててくる。

 怒らせるのは不本意だが、それで理由がわかると。

 しかし、ウィニィの反応は予測と違っていた。


「ジュノー……」


 ウィニィは静かに振り向き、ジュノーの手を優しく握った。


「君が嫌なわけじゃない。むしろ好意を持ってる。でも、ダメなんだ」

「ウィニィ様……」

「君は強い。最終試練(ベルム)の優勝候補だ。だからこそ、君の元には居られない」

「……やめて」

「戦うよ、君と」

「やめてっ!!」


 ジュノーは絶叫してウィニィの手を振り払った。


「なぜです!? 同盟がお嫌ならそれでもいい! どうせ私は最後にはあなたに降伏するのだから! 私はあなたにリル=リディルを捧げるために戦うのです! 私と戦って得るものなどないのですよ!?」

「もうまっぴらなんだ。誰かに勝たせてもらうのは」


 ジュノーはハッとした。

 剣技会でのことが脳裏をよぎる。


(あの時もウィニィ様は同じことを……)

(納得されていなかったんだ……)

(むしろ思いが強く……!)


 困惑を隠せないジュノーに対し、ウィニィは雲が晴れたような顔つきで語りだした。


「試したい。僕は自分を試したことがないんだ。きっと負けるだろう、でも、それでもいいんだ」

「……黄クラス生を連れて?」

「そうだな。その点はすまない、直前に派閥を割ることになる。でも二十人くらいだ、あとは残す」


 ジュノーは自嘲気味に笑った。


「私を気遣ってならおやめください。そんな連中残されてもウィニィ様のいない士気の低い状態では戦力として役に立たないでしょう。なにより、ご自身を試すおつもりなら勝算を積み上げて臨まなければ意味がないかと」


「確かに。その通りだ」


 あっけらかんと認めるウィニィに、ジュノーが眉をひそめる。


「……何か計画があるのですか?」

あぶれ者(・・・・)を仲間に加えるつもりだ」

「あぶれ……まさか、グレン? 不可能です、ウィニィ様の下に付くとは思えません!」


 ウィニィは笑った。


「そうか? むしろうまくいく気しかしないが」

「……なぜ私ではなく、グレンなのですか」

「グレンとは対等だ、一方的に与えられる間柄ではない」


 そしてウィニィはジュノーの肩を優しく叩き、踵を返した。


「じゃ、行くよ。これからグレンを口説かなきゃならない」


 ウィニィは再び笑ってから、部屋を出ていった。

 ジュノーは閉ざされた扉を無表情に見つめ、それからぽつりと呟いた。


「許せない」


 ジュノーの心中でどす黒い感情が渦巻く。


「試したい? 嘘よ、あなたは証明したいの。自分の想いが本物だって」


 こぶしが強く握られ、爪が食い込み血が滲む。


「私のウィニィの心をこんなにも突き動かすなんて」


 ジュノーの美しい顔が憎しみに歪む。


「許さないわ、ロザリー」




 青のクラス。

 わずか二十余名のグレン派は、この教室を自分たちの作戦本部とした。

 ピートが口説き落とせなかった青クラス生がもし、やはりグレンに付こうと考え直したとしたら、この場所が一番わかりやすいからだ。

 しかし、そううまくはいかなかった。


「ダメだー、もう誰も話を聞いちゃくれねぇ」


 教室に帰ってきた優男な男子生徒――シリウスがぼやくように言うと、短髪の女子生徒――テレサが鼻を鳴らして睨みつけた。


「何やってんのよ、シリウス。顔が広い俺に任せろなんて大見得切ったくせに。ほんとは嫌われてたんじゃないの?」


 シリウスは椅子に座り、もごもごと話した。


「んなことねえよ。ただ、なんつーか……」

「何よ」

「……ビビってる? こっちに付くのを怖がってるように見えてさ。俺もあんま強く押せなくて」

「はあ? 別に怖くないでしょジュノーなんか」

「ジュノーではないな」


 そう口を挟んだのは、この学年で唯一、グレンより体格の大きいデリック。

 グレン派において実力一位はグレンで、それに次ぐのがテレサ。そしてそのあとを追うのが技巧派のシリウスと重量級のデリック。これにピートを加えた四人がグレン派の幹部だ。


「ジュノーじゃなきゃ誰なのよ、デリック?」

「ジーナだと思うが」


 シリウスとテレサは顔を見合わせた。


「ジーナか……」「ありそう……」


 青のクラス生のジーナは大貴族の令嬢だ。

 プライドが高く、下級貴族の同級生とは口もきかない。

 その階級意識によって教官に対しても不遜な態度を取りがちで、かつて秘密の儀式が行われたときにはヴィルマに盾突いたこともあった。

 対してグレンは下級貴族どころか貴族ですらない。その上、敵国の子である〝雛鳥〟である。

 クラス全員がグレンに付いても、ジーナだけは断固として拒否するだろう。


 彼女自身の実力はさほどではない。

 だが大貴族という家格に裏打ちされた彼女の影響力はクラス随一。

 そしてジーナはその影響力を行使することに躊躇がない。

 ジーナに「グレンに付くな」と言われて逆らえる者はほとんどいないだろう。

 シリウスが両手を組んで枕にして、椅子ごと大きくのけ反った。


「はあ~ぁ。ジーナなぁ。あいつこそこっちに付くかもって思ってたんだがなぁ」


 テレサが立て肘に顎を乗せて頷く。


「同じ大貴族のジュノーの手下になるの嫌がってたしね」

「消去法ってことかねぇ。雛鳥の手下よりはマシっていう……そういや我らが雛鳥の大将はどこ行ったんだ?」


 シリウスが問うと、デリックが答える。


「ピートに呼ばれて一緒に出ていった」


 テレサも頷く。


「何か大事(おおごと)な雰囲気だったけど。悪い話じゃないといいけどね」


 二人の話を聞いて、シリウスはキラリと目を光らせた。


「わかったぜ」

「何がよ、シリウス?」


 そう尋ねたテレサに、シリウスが自信たっぷりに言う。


「きっと同盟の誘いがあったんだ」


 テレサが目を見開く。


「同盟……どこと?」

「決まってる。ロザリー派だ」


 テレサは立て肘に顎乗せのまま、大げさにため息をついた。


「……あんたバカなの?」

「なっ……! だって、グレンは明らかにロザリーに気があるだろ? ロザリーと手を取り合ってジュノーを倒す。完璧じゃねーか」

「ごめん、バカは訂正する。バカに失礼だわ」

「あのなぁ、テレサ。バカバカ言うの――」


 文句を言おうとしたシリウスの鼻頭に、テレサがピッと指を突きつけた。


「グレンは私たちの前で勝ちたいと言った。さて、おバカなシリウス君に問題でーす。グレンはいったい誰に勝ちたいのでしょーか?」


 シリウスは答えに至り、顔を覆った。


「あー……そうか、勝ちたいって優勝したいってことじゃなくて、ロザリーに勝ちたいのか」

「そういうこと。だからあんたの同盟の誘いって予想はハズレ。ジュノー派と組むのはロザリー派以上にあり得ないし」

「今さらだもんなぁ」

「そっ。ジュノーに下るつもりがあるなら、初めからジュノー派の一員としてロザリーを狙えばよかった。たぶんジュノーも歓迎するしね」

「じゃあ大事な話ってなんだろ……」


 と、ちょうどそのとき。教室の扉が開いて、ピートが顔を出した。


「あ、幹部は揃ってるね、よかった。他のみんなは?」


 デリックが答える。


「お前の指示通り、青以外のクラス生の勧誘に当たってる。やはり結果は芳しくない」

「わかった。勧誘はここまでにして、急いでみんなを集めてくれる? 僕とグレンだけでは決められない話になっちゃってさ」

「わかった。すぐに集める」


 デリックがそう答えると、間髪入れずにシリウスが尋ねた。


「ピート! それってどんな話なんだ!?」


 するとピートは顔を引っ込めながら短く答えた。


「同盟の話さ」

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