152 ウルスの贖罪―4
「そうですか。事情はわかりました」
ロザリーはウルスたち三人と共にテーブルを囲んで座っていた。
ウルスから事のあらましを聞いたロザリーが頷く。
ウルスが言う。
「ラナには悪いことをしたと思っている。だが、カイが戻らぬことにはどうすることもできない。例え今、この場でお前に殺されようとな」
夫の不穏な発言に、セネガが不安そうにオパールを見る。
オパールはひとつ頷き、ロザリーに向かって口を開いた。
「初めまして、ロザリー=スノウオウル。私は王都守護騎士団のオパール。ウルスの友人だ」
「オパール卿」
ロザリーはにこやかな笑顔を作って応じた。
「君のことは聞いている。学生でありながら大魔導に準じる実力者であると」
「とんでもないことですわ、オパール卿」
「君が何をしようとしているのか、それを咎めるつもりも止めるつもりもない。ただ、もう少しだけ待ってはくれまいか」
「待つとはどのくらい?」
「カイを取り戻すまでだ」
「居場所はわかっているのですか?」
「まだだ。だが当たりはついた。これからウルスや部下とともに捜索する予定だ」
ロザリーが小首を傾げる。
「当たりとは、どの辺りですか?」
「レオネ川流域だ」
ロザリーが眉を寄せる。
「それはずいぶんと広い。当たりをつけたとは言い難いかと」
「それは、そうかもしれないが――」
反論を待たず、ロザリーがすっくと立ち上がった。
「私が捜します」
「君が?」
「そのほうが早いですから」
暗に仕事が遅いとなじられたオパールは、すうっと目を細めた。
「どうやって。聞き込みして回るつもりか?」
「あら。私を実力者だとおっしゃっていたのに。実はそう思っておられないのですね」
ロザリーはテーブルの上にあった人相書きとカイの似顔絵を手に取り、窓のほうへ向かった。
その背中にウルスが言う。
「ロザリー。お前はラナを落とした私を恨んでいるはずだ、なぜ助けようとする?」
「あなたのためではない。誘拐犯の身柄がほしいのです。黒幕の貴族につながっているでしょうから。それに――」
ロザリーは窓を開き、ウルスのほうを振り返った。
「――時間が惜しいのです。今この身を支配する怒りが、時間とともに冷めてしまうことこそが許せない」
そして窓の外へ向き直り、手を広げた。
「行け、カラス共。この二人を見つけ出せ」
途端、ロザリーの影が沸きあがる。
ウルスたち三人が驚愕する中、黒い礫が幾百も天に飛び立ち、四方に散っていった。
――ミストラル近郊。
木々に覆われた小さな山の麓に、ロザリーとウルスたちはいた。
茂みに隠れ、様子を窺っている。
麓にぽっかりと開いた横穴を見てウルスが言う。
「洞窟?」
するとオパールがウルスに囁く。
「廃坑道だ。昔は少量ながら魔導鉱が出たらしい」
「なるほど。隠れ家にはもってこいだな」
「しかし……ロザリー殿、本当にここで間違いないのか?」
オパールが問うと、ロザリーが答える。
「カラスを洞窟内に入れて確認しました。ネズミ顔の男も、カイ君もここにいます」
「だが、レオネ川と逆方向だ」
「囮でしょうね。もしくは証言者が嘘を」
「カイが生きている、というのは本当なんだな?」
ウルスが念押しするように言うと、ロザリーは「今のところは」と付け加えた。
オパールが後ろを振り返る。
捜索に当たる予定だった部下十名が、オパールの顔を見つめる。
いずれも実力は折り紙付きの剛の者で、突入を前にしても尻込みする様子はない。
だが、オパールは一抹の不安を覚えた。
「ロザリー殿の使い魔が見た敵の数は、ネズミ顔の男を入れて三十名。見立てでは、もっといるかもしれないということだな?」
ロザリーが瞬きで肯定する。
「坑道は入り組んでいて、すべては把握していません」
「そうだな、わかった」
オパールは、洞窟を睨むウルスの横顔に向かって話し始めた。
「本部へ応援を頼もうと思う」
「応援だと? 今さら何を」
「私は、ロザリー殿の確認した三十名はすべて騎士であると思う。正確には騎士とは言えないが……」
「外道騎士――凶悪犯罪に手を染めて騎士章を失った元騎士共か」
「所属を持たない野良騎士も交じっているかもしれない。奴らは騎士の面汚しではあるが、腕一本で生きているぶん戦闘には慣れている。〝汚れた手〟が外道を使うというのもよく聞く話だ」
「応援など来るのか? 関わるなと命令されているのだろう?」
「誘拐事件には触れず、賊の根城を壊滅させる名目で応援を要請する。奴らは賊には違いないので嘘ではない」
「しかし……待っている間に手遅れになったら!」
「部下に手紙鳥で要請させる。応援はすぐ来るはず。少しだけ、あと少しだけ待つんだ。戦力が足りず逃げられでもしたら、逃亡の足手まといになるカイの身が極めて危険だ」
ウルスは洞窟を睨んだまま、ギリッと歯軋りした。
ロザリーは二人の会話を黙って聞いていたが、話が終わるや茂みから立ち上がった。
「っ! おい、ロザリー殿! 見つかるぞ!」
しかしロザリーは「お先に失礼します」と恭しく礼をして、それから洞窟へとずんずん向かっていく。
オパールもついには立ち上がり、ロザリーに叫ぶ。
「聞いていなかったのか! 万が一にも取り逃がすわけにはいかんのだ!」
するとロザリーは、歩みは止めず首だけで振り向く。
「あなたこそ。言ったでしょう? 私は時間が惜しいの」
「~~ッ! ウルス! 彼女を止めろ!」
しかし立ち上がったウルスは、止めるどころかロザリーの後を追った。
今度は忘れずに持ってきた、愛剣に手を添えて。
「悪いな、オパール。ここまで助けてくれたこと、感謝する」
「ウルスっ! お前まで!」
二人はオパールの制止を聞かず、洞窟の中へ姿を消した。
オパールは地団駄を踏んだ。
「あ~、クソッ! いつもそうだ! そうさ! いつも私はお前の尻拭いをするハメになるんだ!」
そして怒りに任せて振り向き、部下たちに命じた。
「突入するぞ! 続け!」
坑道の中は狭く、道がいくつも枝分かれしていた。
ウルスは暗視と消音効果のある【梟のルーン】を左手の甲に宿らせ、ロザリーを追う。
「まいったな。生徒に足でちぎられるとは」
ウルスには、もはや彼女の姿は見えていない。
駆け出したロザリーのスピードはウルスの全速をはるかに凌駕していて、とても追いつけるものではなかった。
しかしロザリーの行った方向はわかっていた。
ときどき昏倒した賊の身体が横たわっているし、奥のほうから断続的に男の悲鳴が響いてくるからだ。
「むっ!」
ウルスは別れ道に差し掛かって、急停止した。
ロザリーが行った道と逆のほうから足音が聞こえる。
身を屈めて待つと、松明の明かりがちらちらと見えた。
「異常に気付いたか。……フッ!」
短く息を吐き、ウルスは賊の一団に向けて突貫した。
斬り込みながら数を確認する。
(四人!)
右手の甲に【獅子のルーン】が浮かぶ。
まず先頭の松明を持った腕を一撃で切り落とし、返す剣で首元を突く。
「イギッ! ぐあああ……」
「なんだっ!?」
松明の明かりに頼っていた賊の目は、闇に紛れて動くウルスを捉えられない。
【獅子のルーン】の剛力に任せて、賊を斬り倒す。
(二人……三人!)
四人目はさすがにウルスに気づいた。
だが向かってくることはなく、「ヒッ!」と悲鳴を上げて逃げ出した。
「逃がすか!」
ここで逃がせば、坑道から出て新手を呼ぶかもしれない。
ウルスが後を追おうとしたその時、ウルスの肩を超えて一本の矢が飛んでいった。
矢は逃げた賊の背中に当たり、それでも逃げようとした賊は一歩、二歩と歩き、三歩目に倒れた。
振り返ると、弓を持った女騎士が一礼した。
「麻痺毒の矢です。あとで身柄を押さえます」
「魔女騎士か。いい腕だ。さすがはオパールの部下だな」
女騎士ははにかんで、それから踵を返した。
「オパール様はロザリー殿を追いました。私たちも向かいましょう」
「ああ!」