表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
153/319

152 ウルスの贖罪―4

「そうですか。事情はわかりました」


 ロザリーはウルスたち三人と共にテーブルを囲んで座っていた。

 ウルスから事のあらましを聞いたロザリーが頷く。

 ウルスが言う。


「ラナには悪いことをしたと思っている。だが、カイが戻らぬことにはどうすることもできない。例え今、この場でお前に殺されようとな」


 夫の不穏な発言に、セネガが不安そうにオパールを見る。

 オパールはひとつ頷き、ロザリーに向かって口を開いた。


「初めまして、ロザリー=スノウオウル。私は王都守護騎士団(ミストラルオーダー)のオパール。ウルスの友人だ」

「オパール卿」


 ロザリーはにこやかな笑顔を作って応じた。


「君のことは聞いている。学生でありながら大魔導(アーチ・ソーサリア)に準じる実力者であると」


「とんでもないことですわ、オパール卿」


「君が何をしようとしているのか、それを咎めるつもりも止めるつもりもない。ただ、もう少しだけ待ってはくれまいか」


「待つとはどのくらい?」

「カイを取り戻すまでだ」

「居場所はわかっているのですか?」

「まだだ。だが当たりはついた。これからウルスや部下とともに捜索する予定だ」


 ロザリーが小首を傾げる。


「当たりとは、どの辺りですか?」

「レオネ川流域だ」


 ロザリーが眉を寄せる。


「それはずいぶんと広い。当たりをつけたとは言い難いかと」

「それは、そうかもしれないが――」


 反論を待たず、ロザリーがすっくと立ち上がった。


「私が捜します」

「君が?」

「そのほうが早いですから」


 暗に仕事が遅いとなじられたオパールは、すうっと目を細めた。


「どうやって。聞き込みして回るつもりか?」

「あら。私を実力者だとおっしゃっていたのに。実はそう思っておられないのですね」


 ロザリーはテーブルの上にあった人相書きとカイの似顔絵を手に取り、窓のほうへ向かった。

 その背中にウルスが言う。


「ロザリー。お前はラナを落とした私を恨んでいるはずだ、なぜ助けようとする?」


「あなたのためではない。誘拐犯の身柄がほしいのです。黒幕の貴族につながっているでしょうから。それに――」


 ロザリーは窓を開き、ウルスのほうを振り返った。


「――時間が惜しいのです。今この身を支配する怒りが、時間とともに冷めてしまうことこそが許せない」


 そして窓の外へ向き直り、手を広げた。


「行け、カラス共。この二人を見つけ出せ」


 途端、ロザリーの影が沸きあがる。

 ウルスたち三人が驚愕する中、黒い礫が幾百も天に飛び立ち、四方に散っていった。




 ――ミストラル近郊。

 木々に覆われた小さな山の麓に、ロザリーとウルスたちはいた。

 茂みに隠れ、様子を窺っている。

 麓にぽっかりと開いた横穴を見てウルスが言う。


「洞窟?」


 するとオパールがウルスに囁く。


「廃坑道だ。昔は少量ながら魔導鉱(ソーサライト)が出たらしい」

「なるほど。隠れ家にはもってこいだな」

「しかし……ロザリー殿、本当にここで間違いないのか?」


 オパールが問うと、ロザリーが答える。


「カラスを洞窟内に入れて確認しました。ネズミ顔の男も、カイ君もここにいます」

「だが、レオネ川と逆方向だ」

「囮でしょうね。もしくは証言者が嘘を」

「カイが生きている、というのは本当なんだな?」


 ウルスが念押しするように言うと、ロザリーは「今のところは」と付け加えた。

 オパールが後ろを振り返る。

 捜索に当たる予定だった部下十名が、オパールの顔を見つめる。

 いずれも実力は折り紙付きの剛の者で、突入を前にしても尻込みする様子はない。

 だが、オパールは一抹の不安を覚えた。


「ロザリー殿の使い魔が見た敵の数は、ネズミ顔の男を入れて三十名。見立てでは、もっといるかもしれないということだな?」


 ロザリーが瞬きで肯定する。


「坑道は入り組んでいて、すべては把握していません」

「そうだな、わかった」


 オパールは、洞窟を睨むウルスの横顔に向かって話し始めた。


「本部へ応援を頼もうと思う」

「応援だと? 今さら何を」

「私は、ロザリー殿の確認した三十名はすべて騎士であると思う。正確には騎士とは言えないが……」


「外道騎士――凶悪犯罪に手を染めて騎士章を失った元騎士共か」


「所属を持たない野良騎士も交じっているかもしれない。奴らは騎士の面汚しではあるが、腕一本で生きているぶん戦闘には慣れている。〝汚れた手〟が外道を使うというのもよく聞く話だ」


「応援など来るのか? 関わるなと命令されているのだろう?」


「誘拐事件には触れず、賊の根城を壊滅させる名目で応援を要請する。奴らは賊には違いないので嘘ではない」


「しかし……待っている間に手遅れになったら!」


「部下に手紙鳥で要請させる。応援はすぐ来るはず。少しだけ、あと少しだけ待つんだ。戦力が足りず逃げられでもしたら、逃亡の足手まといになるカイの身が極めて危険だ」


 ウルスは洞窟を睨んだまま、ギリッと歯軋りした。

 ロザリーは二人の会話を黙って聞いていたが、話が終わるや茂みから立ち上がった。


「っ! おい、ロザリー殿! 見つかるぞ!」


 しかしロザリーは「お先に失礼します」と恭しく礼をして、それから洞窟へとずんずん向かっていく。

 オパールもついには立ち上がり、ロザリーに叫ぶ。


「聞いていなかったのか! 万が一にも取り逃がすわけにはいかんのだ!」


 するとロザリーは、歩みは止めず首だけで振り向く。


「あなたこそ。言ったでしょう? 私は時間が惜しいの」

「~~ッ! ウルス! 彼女を止めろ!」


 しかし立ち上がったウルスは、止めるどころかロザリーの後を追った。

 今度は忘れずに持ってきた、愛剣に手を添えて。


「悪いな、オパール。ここまで助けてくれたこと、感謝する」

「ウルスっ! お前まで!」


 二人はオパールの制止を聞かず、洞窟の中へ姿を消した。

 オパールは地団駄を踏んだ。


「あ~、クソッ! いつもそうだ! そうさ! いつも私はお前の尻拭いをするハメになるんだ!」


 そして怒りに任せて振り向き、部下たちに命じた。


「突入するぞ! 続け!」




 坑道の中は狭く、道がいくつも枝分かれしていた。

 ウルスは暗視と消音効果のある【梟のルーン】を左手の甲に宿らせ、ロザリーを追う。


「まいったな。生徒に足でちぎられる(・・・・・)とは」


 ウルスには、もはや彼女の姿は見えていない。

 駆け出したロザリーのスピードはウルスの全速をはるかに凌駕していて、とても追いつけるものではなかった。

 しかしロザリーの行った方向はわかっていた。

 ときどき昏倒した賊の身体が横たわっているし、奥のほうから断続的に男の悲鳴が響いてくるからだ。


「むっ!」


 ウルスは別れ道に差し掛かって、急停止した。

 ロザリーが行った道と逆のほうから足音が聞こえる。

 身を屈めて待つと、松明の明かりがちらちらと見えた。


「異常に気付いたか。……フッ!」


 短く息を吐き、ウルスは賊の一団に向けて突貫した。

 斬り込みながら数を確認する。


(四人!)


 右手の甲に【獅子のルーン】が浮かぶ。

 まず先頭の松明を持った腕を一撃で切り落とし、返す剣で首元を突く。


「イギッ! ぐあああ……」

「なんだっ!?」


 松明の明かりに頼っていた賊の目は、闇に紛れて動くウルスを捉えられない。

【獅子のルーン】の剛力に任せて、賊を斬り倒す。


(二人……三人!)


 四人目はさすがにウルスに気づいた。

 だが向かってくることはなく、「ヒッ!」と悲鳴を上げて逃げ出した。


「逃がすか!」


 ここで逃がせば、坑道から出て新手を呼ぶかもしれない。

 ウルスが後を追おうとしたその時、ウルスの肩を超えて一本の矢が飛んでいった。

 矢は逃げた賊の背中に当たり、それでも逃げようとした賊は一歩、二歩と歩き、三歩目に倒れた。

 振り返ると、弓を持った女騎士が一礼した。


「麻痺毒の矢です。あとで身柄を押さえます」

魔女騎士(ウィッチ)か。いい腕だ。さすがはオパールの部下だな」


 女騎士ははにかんで、それから踵を返した。


「オパール様はロザリー殿を追いました。私たちも向かいましょう」

「ああ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説2巻&コミカライズ1巻 4月25日同時発売!            
↓↓『特設サイト』に飛びます↓↓ 表紙絵
― 新着の感想 ―
[一言] オパールさんは有能でも所詮普通の人なんだろうね。 国の戦力の7割を4人で占める大魔導なんて扱い方わからないよね。
[良い点] オパールさんがんば!○(^^)○ [気になる点] ぬぅ、 本編の続きが気になるタイミングで差し込む話にしては、さすがにちょっと引っ張りすぎかと。テンポが、テンポがー。 [一言] 半月以上お…
[良い点] 久しぶりに本当(?)の何でもあり状態なロザリー全力戦闘!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ