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150 ウルスの贖罪―2

 ソーサリエ、ウルスの教官室前。

 ウルスはドアノブを握り、扉を開けようとして、固まった。


(中に誰かいるな……)


 静かにドアノブを回し、扉をわずかに開けてから、自宅に寄って取ってきた剣を鞘付きのまま腰から外し、その剣先でゆっくり扉を押し開く。

 隙間から部屋を覗くと、侵入者は隠れもせず、ウルスのデスクに胡坐をかいていた。

 ウルスは油断なく気配を探り、他に侵入者がいないと確信してから中に入る。


 侵入者は実に不愉快な顔をしていた。

 ネズミ顔で、ニタニタと笑っている。

 ウルスは男と二メートルほどのところまで近寄り、剣を腰に納めた。


「要求を聞こう」

「ヒヒッ。誰だ、とは聞かないんだな?」

「聞くまでもない」

「さすが元王都守護騎士団(ミストラルオーダー)。だが勘違いはしないでくれ、俺はメッセンジャーであって誘拐犯ではない」

「私にはどちらでも同じだ。要求は?」


 ネズミ顔の男は一枚の紙きれをピッ、と投げてきた。

 ウルスはそれを空中で掴み、紙に書かれた名前を見る。


「……ラナ=アローズ? 彼女がなんだ」

「今日から始まる魔導実技試験。その女の試験官に志願し、落第させろ」


 ウルスの顔が大きく歪んだ。

 一人息子のためである。どんな要求にも耐えるつもりであったが、特定の生徒を虐げろと要求されるとは思ってもみなかった。

 有名騎士団員としての未来を捨ててまで教職に身を投じたウルスの矜持が、二つ返事で引き受けることを許さなかった。


「どうした? 無色を落とすだけだ、何を躊躇う?」

「……なぜ、この要求を妻に伝えなかった?」

「ウルス先生。あんたは騎士だから貴族特有の暗黙の了解とか心得ているだろうが、奥さんは魔導のない一般市民だろう? あれやこれや言いふらされては困るんだよ」

「なるほど。依頼した貴族が騒ぎが大きくなることを嫌がるからか」

「そういうことだ。ま、噂なんぞ握り潰せるお方だがね。こちらもプロだ、仕事は綺麗にやらないとな」


 そこまで言って、ネズミ顔の男がウルスを見据えた。


「話を逸らしたな。答えは?」

「……無色であろうと、落第させるには理由が必要だ」


 男は待ってましたとばかりに、流暢に話し始めた。


「アローズは魔導具を披露するだろう。だが考えてほしい。魔導具は、はたして術だといえるだろうか? 魔導が充填されていれば誰にでも使えるし、そもそもその仕組みは他の誰かが作ったもの。本人の適性や努力とは、まったく無関係だ。そんなものは術ではない」


 ウルスが憎々しげに言う。


「手回しのいいことだ。落とす理由まで用意してくれているとはな」


 男はそれに答えず、別の質問をした。


「息子より教え子が大事か?」





 ウルスはすぐに、ラナの試験官をやりたいと願い出た。

 たびたび問題に上がる無色の生徒である、教官は誰も担当したがらない。

 願いは直ちに聞き届けられた。

 ウルスはラナの試験の前に、オパールが解決してくれることに一縷の望みをかけた。

 ――そして、翌日。

 試験を待つ列にラナの姿があった。

 オパールから息子(カイ)発見の報は届いていない。


「次!」


 無情にもラナの番がやってきた。


「ラナ=アローズ! 色はありません!」


 順番を待つ生徒から笑い声が漏れる。


「クククッ。色はありません、だと!」

「無色が何の術を見せてくれるのかしら?」

「並んだ度胸だけは認めてやるよ」


 ラナはそんな嘲りを気にもしていない様子で、屈託のない笑みすら浮かべている。

 試験官席に移動しながら、ウルスは思った。


(同級生にそしられるなど慣れっこか。それでもああして笑えるのは、いい友人に巡り合えたか、強い自分を持っているのか。あるいはその両方か)


 ウルスが席に着くなり、ラナが大声で言った。


「ウルス教官! お相手願います!」

「相手? 私がか?」

「はいっ!」


 生徒に相手を望まれて、断る理由はない。

 ウルスは立ち上がり、ラナに正対した。


「私は剣の相手しかしてやれないが……それでいいのだな?」

「もちろんです!」


 ウルスはシィィッ、と鞘を鳴らして剣を抜いた。

 対するラナは、袋から変わった剣を二本、取り出す。


「それは……剣か?」

「はい! 魔導具の剣です!」


 ラナは二本の剣を背中に隠すように持った。

 そして挑発的に笑う。


「怖いなら、先にタネを明かしますよ?」


 ウルスが鼻で笑う。


「バカか。来い!」

「はいっ! 行きます!」


 その瞬間、ラナの背中から硬質な唸りが響いてきた。

 後ろに並ぶ生徒たちがどよめく。


(何の音だ……?)


 不審がるウルスにラナが突っ込んできた。

 まず右手。逆手に持ったカシナ刀がウルスに向けて振られる。

 ウルスは剣を立ててそれを受けた。


「む!」


 カシナ刀の回転刃がウルスの剣を押し込む。


(生徒とは思えぬ威力! 逆手で軽く振ってこれか!)


 驚くウルスに、もう一刀が迫っていた。

 左手のカシナ刀が、右を受けた隙を狙って死角から振られる。


「チッ!」


 ウルスは右のカシナ刀を受け流し、身を翻して後退した。

 生徒相手に下がったウルスを見て、生徒たちから再びどよめきが起こる。


「……細かい刃が回転する仕掛けなのだな。まるで暴れ馬のような剣だ」

「もうばれちゃいましたか。でも、これからですよっ!」


 再度、突撃をかけるラナ。

 ウルスはいつの間にか、笑っていた。


(気もそぞろでは、生徒たちの前で醜態を見せかねんな)


 ウルスの右手の甲に【獅子のルーン】が浮かび上がる。


「うおおおっ!」


 突撃してくるラナに、ウルスのほうから斬り込んだ。

 面食らったラナが、慌てて二刀をクロスして受ける。

 そこへ【獅子のルーン】を宿した強撃が振り下ろされた。


「うあっ!?」


 激しい火花が上がる。

 ウルスの圧に、ラナの両手は耐えられなかった。

 二本のカシナ刀は弾かれて、ラナから離れた場所に落下した。

 一見すると勝負あり、となるところだが、そうではなかった。

 ウルスが突き付けているはずの剣が、彼の手元にない。

 二本のカシナ刀に噛みつかれて(・・・・・・)、一緒に飛ばされてしまったのだ。

 この勝負が引き分けであると気づいた生徒たちから、どよめきが起こる。

 ウルスは空になった両手を見下ろし、それからラナを見た。


「二つほど尋ねる」

「はいっ」


 ラナが気をつけ(・・・・)の姿勢をとる。


「その剣はお前が作ったものか」

「いいえ、実習先で譲り受けたものです」

「そうか。ではもう一つ。その剣はお前だから使いこなせるといえるだろうか。例えば私がその剣を持ったほうが、刻印騎士(ルーンナイト)の能力と相まって、優れた使い手となるのではないだろうか」


「お言葉ですが、ウルス教官」


 ラナは胸を張って言った。


「その剣――カシナ刀には、魔導ランプのように無色の魔導を貯めておける仕組みが存在しません。なので、常に無色の魔導を柄から補充しながら扱う必要があります。ウルス教官が手にしても、ただのなまくら(・・・・)に過ぎません。ですから、私のほうがウルス教官より、優れた使い手である、と言えます……」


 途中までははきはきと、最後のほうは消え入るような声だった。


「ふむ」


 ウルスはひとつ頷き、それから大声で言った。


「見事だ! ラナ=アローズ!」


 ウルスがラナを称えると、残りの試験官二人も納得したように頷く。

 ラナは満面の笑みで頭を下げた。




 夕刻。

 試験官を終え、教官室へと向かうウルスは悶々としていた。

 評価の提出は今日中だ、もう時間はない。

 何を悩む必要がある?

 落第したところで、カイと違って命の危険があるわけではない。

 そうやって必死に納得しようとするたびに、ラナの笑顔が思い浮かぶ。

 父親の本分と教育者の矜恃がウルスの中でせめぎあっていた。

 やがて、結論の出ぬまま教官室に着いてしまった。


 ため息交じりに試験用の書類をデスクに置き、はたと気づく。

 デスクの端に見慣れぬ封筒がある。

 胸騒ぎがして、ウルスは封筒を手に取った。

 一般的な、手紙用の封筒。

 重さはさほどでもないが、少しふくらみがある。

 ウルスは封を開け、デスクの上でさかさまにして振った。

 ふくらみの正体が中から滑り落ちてきて、ウルスは仰天して固まった。


 それは耳だった。

 小さな、子供の耳。

 付け根は血に汚れている。

 ウルスは両手をデスクに振り下ろした。

 何度も、何度も。

 最後に額をデスクに打ちつけ、小さな耳を這いずるように見つめる。


「まだ……まだ六つだぞ……ッ!」


 ウルスはデスクに顔を伏せ、肩を震わせた。

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