148 激情のロザリー―2
ルークはウィリアスのルームメイト。
小動物属性の男の子です。
「やめろ、スノウオウル!」
ルナールが追いつき、ロザリーの肩に手をかけた。
ロザリーが顔だけで振り向く。
「あら。私がこれから何をするか、ルナール教官にわかるのですか?」
「かつて私にしたように、子爵を脅すのだろう」
「脅しで済ませるかは決めていませんが」
「ムダだ。これは多くの貴族を巻き込んだ企みなのだ。もはや子爵自身にも撤回できん。彼一人を脅したところで――」
「――ならばその全員を脅せばよいこと」
「っ! 正気か、スノウオウル!」
ルナールはロザリーの前に回り込み、覆い被さるように胸ぐらを掴み上げた。
「子供じみた意地を張るな! アローズだけでなく、お前まで騎士になれなくなるぞ!」
ルナールを見上げるロザリーの瞳が、燃えるように光り、紫に揺らめく。
「……あきらめろと?」
その瞬間、ロザリーの身体に落ちたルナールの影から、主の激情を知る下僕の骨の腕が一本、二本、三本と伸び出てきた。
骨の腕はルナールを掴み、中でも一本はルナールの喉をきつく握った。
「う、ぐっ……」
ルナールが喘ぎ、ロザリーの胸ぐらから手を離す。
ロザリーは怒りを吐き出すように、ふーっと息を吐いた。
「やめなさい」
ロザリーがそう叱るように言うと、骨の手は一本、二本と暗がりに引っ込んでいった。
その場に崩れそうになったルナールを、ロザリーがそっと支える。
「スノウオウル……」
「……ルナール教官。私はラナを知ってる。どれほどの思いで騎士を目指しているか知っているんです。なのに、こんな形で道を断たれて……無理よ、止まれない」
ルナールは目を伏せ、静かに言った。
「……ほかに道がある」
「無色は無色らしく、騎士など目指さず慎ましく生きろと? 知っているでしょう、無色がどのように扱われているか! ラナはきっと、騎士になってそれを変えたいの!」
「違う、そうではないのだ」
ルナールは迷いながら、たどたどしい口ぶりで続けた。
「教職にある私は本来、これを生徒に伝えるべきではない。こういう裏技のようなやり方は教えてはならんのだ。ならんのだが……」
ロザリーが訝しげにルナールを見る。
「何を言いたいんです、ルナール教官?」
ルナールは意を決し、ロザリーを見つめた。
「卒業試験には抜け道があるのだ。ほとんど通った者がない、か細い道だが」
「抜け道? ラナは魔導実技の結果を覆さなきゃ、騎士にはなれない。そうですよね?」
「違う。最終試練がある」
「最終試練?」
「わかるか、まだ最終試練がある。賢いお前なら気づくはずだ」
「今朝、校長先生も似たようなことを言って……」
ロザリーの目が宙を泳ぐ。
やがて、死人のような白さであった顔色が、輝く月のように変わった。
「まさか……そうなのですか?」
ルナールが静かに頷く。
「並みの生徒には通れない道だ。だがスノウオウル。お前が支えるなら、あるいは可能かもしれぬ」
「……信じていいの?」
「この期に及んで嘘は言わん。少なくとも、関わった貴族を脅して回るよりは確かな道だろう?」
ロザリーは目を輝かせて頷いた。
――廃校舎棟、屋上。
日が暮れて真っ暗な中に、ロザリー派の数名が息をひそめていた。
そこへ――。
「ロザリー」
いつの間にか後ろに立っていたロザリーに気づき、ウィリアスが驚いた顔で彼女を見上げる。
ロザリーは唇に指を立て、ウィリアスの隣にしゃがみ込む。
「ラナはあそこに?」
「ああ。落ち込んで顔も上げてくれない」
「隣にいるのは、アイシャね?」
「彼女に任せてる。みんなで行くと逃げてしまいそうでな。でも、アイシャもうまくいかないようだ」
「そう、わかった」
ロザリーは立ち上がり、その過程で怯えた様子のルークと目が合った。
ロザリーがルークに手を伸ばす。
「ルーク。今朝はごめんね。許してくれる?」
「う、うん」
ルークはおずおずと手を伸ばし、二人は手を握り合った。
ロザリーは朗らかに笑い、手を離してラナのいるほうへ歩いていった。
ロザリーの背中を見送るルークに、背後から声がかかる。
「ルーク。ロザリーにいったい何をされたんだ?」
「あ、オズ。ロロも」
遅れてきた二人もルークたちに倣い、暗がりにしゃがみ込んだ。
事情を知るウィリアスが、ルークの代わりに答える。
「今朝、ロザリーに捕まって尋問されたんだと」
「プッ。マジで?」
「笑わないでよ、オズー。ほんとに恐かったんだからさー」
「ウルス教官を割り出すためですね。そんなに酷いことされたんですか?」
ロロが心配そうに尋ねると、ルークは何やらモゴモゴしている。
またウィリアスが代わって答えた。
「後ろから抱きつかれて、耳元で囁かれたらしい」
「はあ? それの何が恐いんだ!」「むしろうらやましいんですけど!?」
オズとロロが食ってかかり、ルークは口をとがらせる。
「わっかんないんだよ、君らには! された本人にしかわかんないの!」
「おっ、逆ギレか? やるかルーク?」「ルーク君。あなたは今この時より私の敵となりました」
「何でそうなるのさ、二人ともー!」
オズとロロの様子を訝しんだウィリアスが、二人に尋ねた。
「妙に機嫌がいいな、二人とも。そういえばロザリーも……もしかして、ラナの落第どうにかなりそうなのか?」
ルークがハッと二人を見る。
オズとロロは顔を見合わせた。
オズが口を開く。
「……落第は取り消せねーんだ。でも、騎士になれるかも? って話でさ」
「は? 卒業できないのにか?」
ロロが困り顔で言う。
「まだ私たちもよくわかってないんです。でもロザリーさんがやると決めたから、ついていくだけです」
「その話、俺やルークには話せないのか?」
「もちろん話します。派閥のみんなの協力が必要なので、あとで相談することになりますね」
「そうか。じゃあロザリーはその話をラナにするんだな?」
「ですね。立ち直ってくれればいいですけど……」
ラナは膝を抱えてうずくまっていた。
そのまま夜の闇に溶けていってしまいそうな頼りなさで、それを見守るアイシャも暗く、深く沈んでいた。
「ラナ」
ロザリーの声に、アイシャがハッとロザリーに気づく。
ラナは顔も上げずに言った。
「……ほっといて」
ロザリーはラナのそばまで行き、すぐ隣に腰を下ろした。
「ね、ラナ」
「聞きたくない」
ロザリーはため息をつき、夜空を見上げた。
おぼろに霞む星々が呼吸するように瞬いている。
ロザリーは軽やかな声色で、ひとり言のように語りだした。
「一緒に実習、行ったね」
「私たちが友だちになったのはあのときから」
「思えば、よく行けたよね。コクトー様に感謝しなきゃ」
「大喰らいに船ごと呑まれて」
「そうだ、賞金もかけられたっけ」
「カテリーナさん、元気かな」
「……あの女海賊、名前何だっけ? ま、いっか」
「で、アデルとアルマ。びっくりしたね、二人には」
「あとサベルさん。知ってた? あの人、ぶっきらぼうだけど人情派なんだよ」
「ラナにとってはカシナ刀との出会いこそ重要かもね。あの魔導具と出会ったから――」
「――もうやめて!」
ラナが顔を上げた。
何度も流したであろう涙の跡が、目の下に筋となってくっきりと見える。
「励ましてくれてありがとう! でもね? もう八方塞がりなの! 私が不可だった理由、知ってる? 魔導具は術ではないって! そんなの、もうどうしようもないじゃない! 無色の魔導は魔導具以外、使い道ないもの! 他の色は魔導を使わないレポートなんかでも許されるけど、無色はダメなの!」
捲し立てるうちにまた涙が溢れてきて、ラナは乱暴に袖で拭った。
「これって私のせい? 私の努力が足りなかったのかな? 頑張ったんだけどなぁ」
たまらなくなったアイシャが、ラナの背中を抱きしめる。
「そんなことない、そんなことないよ、ラナっ」
「うっ、ううぅぇぇぇ」
ロザリーはそんな二人を包むように抱きしめた。
「いい子だから泣かないで、ラナ。アイシャも」
「……ぐすっ、子ども扱いするなっ」「ぐすん、そうよ、同い年のくせにっ」
「ふふ。元気あるじゃない」
ロザリーは二人に囁くように言った。
「八方塞がり。私もそう思ってたの。でもね、思いもかけない人から、道を示されたの」
「なんの話?」
ラナが眉をひそめてロザリーを見る。
「あなたを騎士にする方法よ」
そう言って、ロザリーは笑った。
今イベント、ちょっとロザリーが何やってたかわからなさ過ぎるので、次話からロザリー&ウルス視点で振り返りをやります。
個人的に別視点で同じイベント書くことに否定的なのですが、こっちサイドの方が戦闘とかありそうで楽しそうだからまあいいかと。
「仕方ない、見てやるか」くらいのテンションでお付き合いいただければ幸いです。