145 ロザリーを追え―1
――ソーサリエ、校長室。
「んむ、来たぞい」
校長シモンヴランはあっさりと、そう認めた。
「恐ろしかったのう……凄まじく猛っておった。まさかこの年で生まれたての子鹿のように震えることになるとはの。あれは紛うことなき大魔導じゃな……」
「何をのんきなことを!」
ルナールが机を叩く。
「なぜお止めにならなかった! いかに魔導に優れていようと中身はまだ子ども! 一時の感情に任せて道を踏み外さぬよう導くのが、我々教育者の務めでしょう!」
シモンヴランは大袈裟に驚いてみせた。
「なんと。ルナール教官がこれほど教育熱心で、スノウオウルの将来を思っていたとは!」
「わ、私はソーサリエの未来を危ぶんでいるだけのこと!」
「そうかの?」
「ええ! そうです!」
そこへロロが割って入る。
「そんなことより校長先生! ロザリーさんは今どこにいるんですか!?」
シモンヴランは困り顔で白髭を撫でた。
「さて。行き先を聞く間もなく飛び出していったからのう」
「そんな……」
意気消沈するロロに代わり、オズが口を開く。
「あんた、ロザリーと何を話した?」
「オズ君、校長先生に対してなんて口の利き方を!」
「構わんだろう? ラナの不可評価にはこいつも絡んでやがるんだから」
「っ、それは」
オズとロロの疑いの目がシモンヴランへ向かう。
白髭の老教官は言いわけするでもなく、ロザリーとの会話の内容を話した。
「どこから圧力があったのか、と聞かれたの。儂は知らぬと答えた。実際、儂に圧力があったわけではないからの」
「……それは信じていいのか?」
「お前たちに嘘はつけても、猛っておるロザリーには不可能じゃ。命が危うい」
「……そうか」
「私にはあった」
ルナールが、そうポツリと言った。
「正確には依頼だな。アローズを卒業できないように取り計らえと」
オズがルナールの胸ぐらを掴む。
「やっぱりお前か! 誰からだ!?」
「黒幕は知らんよ。だが高位貴族御用達の専門業者からだ」
「で? 何をしたんだ!」
ルナールはオズの手を静かに払い、毅然と言った。
「私は断った。が、依頼を受けていたらアローズの試験官に志願しただろう。魔導実技の評価は試験管三人の点の合計で決まるのだが、誰かが点をつけなかった場合は評価不能――不可となる。よほど酷い手抜きやズルをしないと起こりえないことだが、今回はそれをやったのだろう」
ロロが思案する。
「じゃあ、圧力を受けたのは担当した教官三人のうちの誰か……ルーク君が調べているはずですから、戻って聞いてみましょう」
「ダメだ」
オズが首を横に振った。
「それじゃロザリーの後を追っかけてるだけだ」
「? そりゃロザリーさんを捜してるんですから当然――」
「――それじゃ遅いんだよ。ロザリーの背中を追ったって、あいつには追いつけやしない。どこかで先回りしないとあいつを止めるチャンスはない!」
ルナールが頷く。
「一理ある。しかしどうやって先回りする、ミュジーニャ?」
「ロザリーがやってんのは犯人捜しだ。圧力をかけたのは誰なのか、それを知ろうとしてる」
ロロが宙を見上げる。
「ジュノー派の誰かの親、ですよね?」
ルナールが首を横に振る。
「親とは限らぬだろう。祖父母に親戚、友人の親、さらにその者たちの知己、同じ騎士団の仲間……きりがないぞ」
「そんな、じゃあどうやって先回りすれば」
その問いにルナールは答えられず、オズに向ける。
「どうする気だ?」
「……王宮だ。ロザリーと親しくて、王国一の情報網を持っている人物がいる」
――黄金城、〝止まり木の間〟。
三人は王宮でひたすら頼み込み、何時間も待って、ようやくこの部屋の主との面会にこぎつけた。
「フッフ。言えるわけない」
コクトーは珍しく、笑いを滲ませながらそう答えた。
「スノウオウルに近しい者がどうしてもというから会ってみれば。その問いにどうして私が答えると? 特に教官殿には、その辺りはわかっていてほしいものだが……」
ルナールは滝のように流れ出る冷や汗を手巾で拭いながら、強張った声で答えた。
「は、おっしゃる通りでございます、宮中伯。ですが、我々としてはどうしてもラナ=アローズの評価に圧力をかけた御仁の名を突き止めねばならぬのです」
「突き止めてどうする? 罪を訴える気かね?」
「いえ、そのような大それたことは」
「教官として長くお勤めであるあなたならば、おわかりのはずだ。ソーサリエは貴族社会の縮図。殊更に波風を立てようとすれば、それは校外で嵐となってあなたを飲み込むことになるぞ」
「それもおっしゃる通りでございます。おっしゃる通りなのですが――」
「――あーっ、もうじれってえなあ!」
オズが頭を掻きむしって立ち上がった。
「こら、ミュジーニャ! 宮中伯の御前で無礼であるぞ!」
しかしオズは、ルナールの制止を無視してコクトーに詰め寄る。
「コクトー様よ、あんたロザリーを買ってるんだろう? バカ強いあいつを手駒にしたくて目をかけてるんじゃないのか?」
「ふむ。端的に言えばそうなるな」
「だったら黒幕を教えろよ!」
「わからんな。なぜその件とスノウオウルを天秤にかけねばならない?」
「消えたんだ! 今朝から誰も行方を知らない!」
「そう焦ることもなかろう。実家に帰ったのでは? もはやソーサリエに残っても仕方ないと悟って――」
「ラナの話じゃない! ロザリーのことだ!」
瞬間、コクトーの顔色が変わる。
「それは……よくないな」
「だろう? だから、黒幕を教え――」
コクトーがオズの言葉を手で制止する。
「――教えられん。アローズの件はあまり詳しくないのだ、関わりを持ちたくなかったからな」
「……チッ。空振りか」
部屋を立ち去るべく立ち上がったオズに、コクトーが目配せする。
「まあ待て。配下の者がこの件について調べている。この後、その者と会うことになっていたのだが――」
コクトーはポケットを探り、取り出したものをピィン、と弾いてオズによこした。
両手で受け止めたオズが、それを指でつまんで目の前に持ち上げる。
「これは……コイン?」
「お前たちが直接、その者の話を聞け。それを渡せば話すだろう」