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143 彼らのやり方

「違うんです、ヴィルマ教官!」

「何が違うというの、ロザリー!」


 ヴィルマが両手を広げて指し示す。


「これはあなたが呼び出した死霊(アンデッド)たちよ!」


 魔導実技試験の会場を埋め尽くす、死霊(アンデッド)の群れ。

 あちこちで悲鳴が上がり、混乱の最中にある。


「すぐになんとかなさい!」

「早く止めろ!」「どうにかしろよ!」


 ヴィルマに続き、教官や生徒たちが口々にロザリーを糾弾する。


「はい、でも……ねえ、みんな! 早く私の影に戻って!」


 しかし死霊(アンデッド)たちにロザリーの声は届かない。

 変わらず蠢き、「お、お、オ……」と呻いている。


「この子たち、いつもは言うこと聞くんです! 聞くんですけどっ」


 ロザリーはヴィルマの足元に跪き、許しを乞うが、ヴィルマは冷めた目で言い放った。


「不可」

「そっ、そんな」

「不可」「不可」「不可」


 教官や生徒たちも呪文のように繰り返す。


「やめて……」

「不可」「不可」「不可」「不可」「不可」


 耐えかねたロザリーは、耳を塞いで叫んだ。


「いやっ! もうやめてー!!」




「――っ、はあっ!」


 ロザリーは跳ね起きた。

 女子寮、ロザリーとロロの部屋。

 窓にかかったカーテンの向こうは、ほのかに明るくなっている。


「……ダメ。やっぱりあの子たち呼ぶのはやめよう」


 ロザリーは胸に手を当てた。

 鼓動が早い。


「最近多いな、悪い夢」


 少し落ち着きを取り戻したロザリーは、ふと身体に重さを感じ、隣を見た。


「すぴー。すぴぴぴ……」


 ロロが鼻を鳴らしながら、ロザリーにぎゅっと抱きつくようにして寝ている。


「そうだった」


 眼鏡を外したロロの顔が珍しくて、ロザリーは彼女のまつ毛に軽く触れたり、眉を指でなぞったりした。


「んっ。んんぅん」


 ロロは鼻に皺を寄せ、虫を払う仕草をする。

 その様がおかしくて、ロザリーはイタズラを続けた。


「あなたはもう披露したのよね、ロープを操る【蛇縄術】。あやとりして見せたら教官たちに感心されたって、嬉しそうに私に話してくれた」


 話すたびにロザリーが顔を触れるので、ロロの寝顔がみるみる険しくなっていく。


「でもー。私は決まらなくて悩んでるんだよー? 夢にまで見ちゃったしー」

「んっ、んうぅぅう」

「っていうかあなたがー。腕や足を絡めてくるからー。寝苦しくて悪い夢見たんじゃないかなー?」

「んがうぅ!」


 ロロはわけのわからない唸り声を上げて、突っ伏して頭から枕を被った。

 ロザリーはイタズラをあきらめ、ベッドから立ち上がって伸びをした。


「試験は明日まで。どうしよっかな、誰かに相談してみる? でも誰に聞こう。とりあえず作戦本部に行って――」


 そこでロザリーは、はたと動きを止めた。


「――そっか! もう、これでいいんじゃない?」




 その日の午後、ロザリー派作戦本部。


「ここが私たちの作戦本部――私の【隠し棚】です」

「おぉ!」「これは……!」「……なんてこと」


 ロザリーが選んだ披露する術は【隠し棚】――つまり作戦本部を見せることだった。

 試験官として訪れた教官は、ヴィルマ、ルナール、緑クラスの担任アラミドの三名。

 備品倉庫の古ぼけた壁の向こうに広がる豪華な空間に、三名ともが目を見開いている。

 アラミドが口を開く。


「ヴィルマ殿。門外漢の私は、【隠し棚】というのはもっとスケールの小さいものだと認識していたのですが」

「その認識で結構です。ただ、【隠し棚】は魔導に比例して空間が大きくできますので」

「ヴィルマ殿が設えると、どの程度の広さに?」

「私ならそうですね、バスルームくらいでしょうか」

「なんと、ヴィルマ殿でその広さですか! ううむ……」


 アラミドは呻きながら、ひとり奥へと歩いていった。

 ロザリー派の面々はいつも通りに生活していて、教官たちの前に通りかかっては頭を下げて通り過ぎていく。

 ヴィルマがロザリーに尋ねる。


「みんな階段を上がっていくけど、上に何があるの?」

「自室です。吹き抜けから扉が見えると思いますが」

「ほんとだわ。あれが全部個室なの?」

「はい。人数分と、予備の部屋がいくつか」

「呆れた」

「はい?」

「気にしないで。誉め言葉よ」


 今度はルナールが口を開いた。


「サラマン教官」


 ヴィルマが笑顔を貼りつかせて振り返る。


「なんでしょう? ルナール教官」

「この内装も【隠し棚】で具現化させているものなのですかな?」

「ええ、そうなります。ただ、生徒たちが置いたものも多分に含まれているとは思いますが」

「そのくらいは承知している」


 ヴィルマの眉がピクンと跳ね、彼女は「そうですか」とだけ答えた。

 ルナールは次にロザリーに尋ねた。


「この内装はアスラン調だな」

「……はい?」

「三代獅子王アスランの時代に花開いた建築文化のことだ。知らずにこれを設えたのか?」

「あ、ええと……黄金城(パレス)の貴賓室を参考にしたので」

「そうか! ……ふむ、なるほど。ところで、この部屋に入るときに何か呪文を唱えていたな」

「はい。あっ、いや、その」

「私の名が聞こえたような気がしたのだが」

「それは……そう、防犯! 防犯用の魔女術(ウィッチクラフト)を仕掛けていて、部外者を入れるときには、入る人の名前を唱える必要があって」

「ほう、そんな術が」


 ルナールがヴィルマを見ると、彼女は微笑んで頷いた。


「納得した。では私も奥を見せてもらうとしよう」


 そう言って、ルナールはキッチンやバスルームがあるほうへ歩いていった。

 ヴィルマがロザリーにこっそり囁く。


「ひとつ貸しね、ロザリー」

「うう、ヴィルマ教官に貸しは怖いです」

「嘘が下手なら、前もって用意しとかなきゃ。もしかしたら、今の嘘は見破られているかもしれないわよ?」

「だって、まさかルナール教官が試験官として来るなんて思わなくて」

「それは私もそう」


 ヴィルマが唇に指を這わせて思案する。


「試験官って最低三人、うち一人は専門教官を入れること以外は決まりがないのよね。今回は魔女術(ウィッチクラフト)だから私は決まりで、あとは立候補を募ったの。そしたらなんとルナールが手を挙げたってわけ」

「ルナール教官が、自分で希望して来たってことですか?」

「そんな不安顔しないで。アラミド教官もいるし、彼が不可評価を主張したってそうはならないわ。難癖付けて点を下げるのがせいぜいってとこ」

「だったら、まあ」

「でも、不思議なのよね。ルナールはもう、あなたと関わり合いになりたくないんだと思ってた。今も、難癖付けてくる様子もないし。これじゃ普通に試験官やってるだけだわ」

「……だといいのですが」



 二日後。

 魔導実技試験は滞りなく終了し、成績が食堂前の掲示板に張り出された。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


一位 922点 ロザリー=スノウオウル

二位 892点 ジュノー=ドーフィナ

三位 710点 グレン=タイニィウィング

四位 702点 ポポー=クーラン

五位 700点 シリウス=ビカリスプー(青)

六位 689点 ウィニィ=ユーネリオン

七位 658点 ピーター=ロスコー(青)

八位 613点 オズモンド=ミュジーニャ

九位 556点 デリック=レイバーン(青)

十位 541点 テレサ=エリソン(青)


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 掲示板の前にできた人垣の中にオズの姿があった。

 腕組みして、不満そうに独り言ちている。


「クソッ、八位かよ。やっぱもっと派手な呪詛にしときゃよかったぜ。ウィリアスが無難な術にしとけってしつこいから」


 そして十位以内の顔ぶれを見て、何度か頷く。


「点は青が出やすく、黄色が出にくい。前評判通りだな。刻印術(エンハンスルーン)は重ね掛けできるから、うまくやれば重ねたぶんだけ点が伸びる。一方、聖文術(ホーリーワード)の技術って丁寧に精度を出す感じだから、点にイマイチ繋がらないんだな」


 と、そのとき。

 眼鏡をかけた女子生徒が隣にやって来た。


「おはようございます、オズ君」

「よう、ロロ。一人か」

「ええ。オズ君、どうでした?」

「見ての通り八位だよ。……待てよ? わざわざ聞くってことはお前も――ロロ、十六位! 健闘したな!」


 ロロはにんまりと笑い、眼鏡を直した。


「ロザリーさんも一位ですし。いいことずくめです」

「ああん。ニヤニヤしてんのはそれもあるのか」

「だって四冠ですよ、四冠! もうリル=リディルはもらったも同然ですっ!」


 ロロがそう力強く宣言した瞬間、少し離れた場所で叫び声を上げた人物がいた。


「なんでジュノーが一位じゃないんだ!? おかしいだろう!!」


 ジュノーの側近、ザスパールだった。

 彼にしては珍しく、周りの目を気にできないほど興奮している。

 オズも周囲の生徒と同じく彼を見ていると、目が合ってしまった。


「オズ……!」


 矛先が自分に向いたことを察知し、オズは舌打ちした。

 ザスパールは興奮状態のまま、人をかき分けオズに近寄ってきた。


「どういうことだ。なぜロザリーが?」

「知るかよ。俺に聞くな」

「ロザリーは何を披露した? 言え!」

「言わねえよ。分かれ(・・・)、ザスパール」


 ザスパールはロロの存在に気づき、少しトーンを落とした。


「試験官にルナールがいたはずだ。なのになぜ、こんな点数がつく?」

「ああ、それを知っての『おかしい』なわけね」


 ザスパールは顔を寄せ、静かに言った。


「ジュノーは郊外の川を逆流させた。試験官はみな絶賛だ。当然だ、現役の精霊騎士(エレメンタリア)にだってそんなことできる奴はいないはず。なのになぜ、ロザリーの点が上回る?」

「同じだよ、ザスパール。現役の騎士にだってできないことさ。ジュノーと違ってはず(・・)ではないがな」


 ザスパールはギリッと歯噛みして、それからオズの耳に口を寄せた。

 ロロに聞こえぬよう、囁く。


「まあいい。お前、次の幹部会に顔を出せ。そこで聞く」


 オズが微かに頷く。


「アイシャの件は覚えているか? そのときまでに案を用意しておけ」

「ラナはどうする気だ?」

「彼女はもう、カタが付いた」


 そう言ってザスパールは掲示板を顎で指してから、その場から去っていった。

 オズはザスパールの背中が見えなくなってから、勢いよく掲示板のほうを振り向いた。


「ロロ! ラナの名前を探せ!」

「えっ、どうしたんです、オズ君」

「いいから!」


 そして二人はラナの名前を順に探していき、ついにその名を見つけた。

 上位成績者の反対側。一番最後にその名はあった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 評価不可 ラナ=アローズ

 上記の者は卒業見込み騎士候補生から除外する


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「な……っ! なんですか、これ! なんで!?」

 取り乱すロロの横で、オズは口元を押さえて掲示板を睨みつけていた。


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― 新着の感想 ―
シンプルに、「術の披露ができていない」扱いで処理させた訳か。魔導具の武器による剣舞で、普段なら通るはずだったんだな。 はてさてどうなるやら…。
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