142 魔導実技試験
渡り廊下を行く女子生徒二人が囁き合う。
「で、誰だったの?」
「自分から言いなよ」
「私は……ロイド」
「えっ! 前からいいなって言ってたよね!?」
「しっ。声が大きい」
「で、どうだった? 理想通りだった?」
「理想って、何が?」
「……身体とか?」
「なっ……バッカじゃないの!?」
「秘密の儀式を機に、付き合っちゃう人もいるって聞くよ?」
「もういいから! そういうあなたは誰だったの?」
「……ギリアム。赤の」
「あー……。残念だったね」
「残念どころか最悪よ。儀式中、ずっとニヤニヤ見てきてさあ」
翌日の三年生の話題は、もっぱら秘密の儀式のことだった。
もちろん、儀式の中で知った秘密は言えない。
具体的に話せる内容は「誰とペアになったか」くらいである。
それだけなのだが、若い彼らにはそれで十分だった。
「彼女の相手は彼だったらしい」
噂で組み合わせを聞いては、友人間で妄想を膨らませてひとしきり楽しむのだった。
そんな中、今になっても自分の組み合わせに不満を滲ませる者もいた。
「あー、もうっ!」
「ロロ、もう怒るのやめよう?」
「はらわたが煮えくり返るとはこのことですよっ!」
「ほら、みんな見てるから……」
「いーえ! 収まりません! うガーッ!」
「うぅ。私、恥ずかしいよ」
ロザリーがいくらなだめても、ロロの声のボリュームは大きいまま。
ロロの怒りようはそれはもう凄まじいもので、体格のいい青のクラス生でさえ、すれ違う時に距離をあけるほどだった。
「ロザリーさん!」
「っ! はい!」
ロロはいきなりロザリーの肩をむんずと掴み、自分のほうに身体を向けさせた。
「なぜです!」
「はいっ?」
「なぜ私の相手はウルス教官だったんですか!」
「えと、わかりません……」
ロロはロザリーの肩から手を離し、なぜか遠くを見つめた。
「……あとから受けた説明では、どうしても女子生徒が一人余ると。男性教官が入るしかなかったが、うら若き女子生徒にトラウマを植え付けることになるかもしれないと躊躇していたそうです。そこで私のことを思い出した。そうだ、うら若くない女子生徒がいるではないか、と」
ロザリーがおずおずと答える。
「……じゃ、それが理由なんじゃ」
するとロロはロザリーの肩を再度掴み、力いっぱい揺すった。
「失礼でしょう!? そりゃあみんなよりだいぶ年上ではありますが、私だってまだピッチピチの二十七です!」
「その言い方がもう……」
「はいぃ!?」
「いえ、なんでも……」
「だいたい、何で私なら構わないと思うんですか! 構いますよ、傷つきますよ! ふざけるんじゃないってんですよ!」
「……ロロ。もしかしてトラウマに?」
するとロロはハッとして、一歩、二歩と後ずさり、やがて両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
「私……何であんなモノ見せられなきゃ……ああ、おぞましい……」
「ロロ……かわいそうに……」
ロザリーは隣にしゃがんで、ロロの肩を抱いた。
「元気出して。ね?」
「ぐすん。ひっく……」
「私にできること、なんでもするから」
「……くれますか?」
「ん? なに?」
「今夜、一緒に寝てくれますか?」
「えっ。それはちょっと」
「うわああん! 何でもするって言ったのにぃぃ!」
「だってそれ、関係なくない?」
「おぞましい記憶を、良い思い出で上書きするんですよう!」
「もう。わかった、わかったから」
するとロロは顔を上げ、満面の笑みを浮かべた。
そしてぴょんと跳び上がり、スキップを踏むように歩き出した。
「約束ですよ? さ、そうと決まれば作戦本部へ急ぎましょう!」
ロロの変わりように呆気に取られていたロザリーだったが、徐々に顔色が曇っていく。
「ロロ。ウソ泣きだったの?」
ロロは歩きながら振り返り、眼鏡をずらして涙を拭うふりをした。
「ほんと泣きですよー。ぐすん」
「……ロォロォ~!」
「え? きゃーっ!」
ロロは素早く逃げ出したが、あっという間にロザリーに捕らえられた。
旧校舎、ロザリー派作戦本部。
ロザリーと、彼女の肩に担がれたロロが中に入ると、それを見たオズがソファの上で笑い転げた。
「アッハハハ! お前らってほんと、ふひっ、仲いいのな?」
「ううん、今ちょうど亀裂が入ったとこ」
「そんなぁ、ロザリーさぁん」
不満を言うロロの尻を、ロザリーがピシャリと叩く。
「はにゃっ!?」
「口答えしない」
「はいぃ~」
「よろしい。では解放!」
「きゃあーっ!?」
ロロはロザリーによってソファに投げ捨てられた。
ロロはソファに一度弾んで、後ろ回りしながらソファから転げ落ちた。
「あっひゃっひゃ! 大丈夫かぁ、ロロ? フヒヒ……」
ひとしきり笑ったあと、オズはロザリーに尋ねた。
「何を披露するか決めたか?」
ロザリーは首を捻り、それから横に振った。
「ううん、まだ」
「早くしないと長い列に並ぶことになるぞ?」
ベルム前の最後の試験――魔導実技試験は、教官の前で術を披露する形式で行われる。
披露する術は生徒が自由に選択可能で、例えば赤クラスならオリジナル配合の薬品を提出する形でも術披露と認められる。
だが、たいていの生徒は三日間設置される試験会場で、教官たちの前で何らかの術を見せる方法を選ぶ。
数分間の披露さえ終えれば、残りの時間を自由に使えるからだ。
オズの言う長い列とは、会場で順番を待つ際の列のこと。
術の出来不出来によって点数がつくわけだが、一方でどんなに拙くとも披露さえすればいくらかの点数はつく。
それは参加さえすれば不可評価とならない剣技会と同じく、結果によって卒業の可否は左右されないことを意味する。
そのため生徒たちは我先にと列に並ぶのだった。
「地獄の軍団呼ぶんだろ? どうせならありったけ呼んで、会場を阿鼻叫喚の嵐にしてくれよ。俺も見学に行くからさ」
ワクワクした様子で言うオズに、ロザリーは首を横に振った。
「そうするつもりだったけど、ふと思ったの。学校に死霊を大量に呼び出すってどうなのって」
「ああ。冷静になっちゃったわけね」
「点も伸びない気がするのよね」
「かもしれないな。採点基準は教官の気分次第なとこあるから」
「だよね。オズは何をやるの?」
「俺はもう見せてきた」
「え、早っ」
「一番乗りだったぜ? 夜明け前から会場で待ってたからな」
「夜明け前って、そんな時間から会場って開いてるの?」
「いや。閉まってたから【鍵開け】して入った」
「また、そんな……で、何を見せたの?」
するとオズは不気味な顔で両手のひらを下に向けて、指を気味悪く動かした。
「呪詛」
ロザリーは目を見開いた。
「そういえば前に、研究してるって」
「もちろん今も研究中だ。……あっ、そうだ! 研究のとき、借りてるから」
ロザリーが胸に手を置く。
「私の持ち物を? 聞くの怖いけど、私なにをオズに貸してるの?」
「ヒューゴだよ。ラナがいいって言うから――だよな、ラナ!」
オズがソファから身を乗り出して叫ぶ。
するとリビングの奥の空きスペース(今はみんなの作業場と化している)に座って変わった剣を磨いていたラナが手を挙げた。
「うん、貸してるー」
「それって又貸し……」
「いいじゃん。たまにだからさ。どうせしばらく用事ないんでしょ?」
「それはそうだけど」
オズが思い出し笑いを浮かべる。
「呪詛を教えてくれって頼んだら、ノリノリで教えてくれたぜ? お前、最近かまってやってないんだろ」
「それは、私の試験に関与しないってアイツが言うから」
「そういやヒューゴって昼間は何してんの? ラナに稽古つけるのも、俺に呪詛教えるのも決まって夜なんだけど」
「知らない。きっとどこかほっつき歩いてるんだと思う」
ロザリーはラナが磨いてる剣に目を止めた。
「それ、カシナ刀よね?」
「うん。最近使ってなかったから、油差して磨いてるの」
「カシナ刀を披露するのね?」
ラナはニッと笑った。
「私はみんなと違って術を使えないからさ。じゃあ何を見せるのかって言われたら、そりゃ魔導具でしょ? 私が人よりうまく扱える魔導具といえばコレよ」
ラナは立ち上がり、カシナ刀の柄を握って魔導を込めた。
瞬間、硬質な音を上げ、カシナ刀が唸りを上げる。
ロザリーが頷く。
「けっこう高評価取れると思う」
「でしょ? 模擬戦形式で見せるんだ。相手は考え中だけど」
ラナは機嫌よさげに座り、またカシナ刀を磨き始めた。
作業場にいる他の仲間たちも、披露する術の準備に余念がない。
ふと横に視線を向けると、ウィリアスがキッチンで軽食を作っていた。
「ウィリアスは?」
ロザリーが尋ねると、ウィリアスはちらりとこちらを見てから答えた。
「俺はもう出した」
「あ、提出形式?」
「ああ。王国各地の占いの特色と、その精度についてのレポートだ」
「うわ、すごい。いつから準備してたの?」
「そんなには。うちは占いで身を立てた魔女の家系なんだよ」
事もなげにそう言って、彼はサンドイッチにかぶりついた。
「……ちなみに私も決めてますよ?」
ロザリーがハッと声のほうを見下ろすと、未だに床に転がったままだったロロがこちらを見上げていた。
仕方なく、ロザリーが尋ねる。
「ロロは何を見せるの?」
ロロの唇が動く。
「ひ」
「ひ?」
「み」
「ひみ、何?」
「つ」
「……」
「ぐえっ」
ロザリーに腹を踏まれ、ロロが悶絶する。
ロロの腹を踏みながら、ロザリーは宙を見上げた。
「どうしよ。早く決めなきゃ」
来週の更新はお休みさせていただきます。
理由はインフルです。
1週間前に書き上がっているはずの来週の話が白紙なのです。
私は悪くない、インフルが悪い。
アデノ等も流行っている様子。
皆様、くれぐれもご自愛くださいませ。