141 秘密の儀式―オズ
夜の〝しじまの森〟。
儀式が進んでいく中で、オズはひとり悶々としていた。
昨日のジュノーたちとの密談を思い出す――。
「――ペアになって大事な秘密を告白し合う儀式!?」
オズは思わず大声を上げた。
儀式のことを教えたベルが頷く。
「古くから続く魔導の儀式で、強制力が働くわ。つまり、嘘がつけない」
オズは愕然として、ベルたち――ベル、ジュノー、ポポー、ザスパールの四人を見回す。
「いや……いやいやいや! 待ってくれ、それって俺どうなるんだ? 今、ロザリーを裏切ってるっていうドデカい爆弾抱えてるぞ!?」
「私たちから漏れる心配はないと思う。告白するのはあくまで自分についての秘密だって話だから……」
「俺か……。俺が自分でバラしちまうのか……」
「そうと決まったわけでもないわ。自分にとって、より重要な秘密を明かしてしまうんだって、おばあ様は言ってた。オズ、裏切りのことよりも隠しておきたい秘密ってある?」
オズは困り果てた顔で首を捻る。
「どうかなあ……自分に正直に生きてきたしなあ……」
「……そう。困ったわね」
「あ。例えば、ベルとペアになればいいのか」
「それはそうだけど。ペアは自由に選べないわ」
「あー。だよなあ」
「まあ私たち四人は無理でも、ジュノー派とはペアになる確率は高いから」
「三年の八割がジュノー派だからな」
「ええ。それに賭けるしかないんじゃない?」
「でも俺、クジ運悪いんだよなあ」
「……なんかそんな感じするわね」
「何だよ、ちくしょう……」
オズは頭を抱えて座り込んだ。
暗く沈むオズを見て、ベルがパンと手を叩く。
「そうだ! おばあ様はこうも言ってたわ! 儀式で知った相手の秘密は、絶対に他言できないんだって!」
「そうなのか!?」
オズの顔が一瞬、ぱあっと明るくなった。
だが、すぐにまた暗くなる。
「でもさ、ほんとに他言できないの? 儀式自体も秘密のはずなのに、ベルのばあちゃんはお前に教えてるわけじゃん」
「ああそれは、お相手の秘密が秘密でなくなったからだって」
「どゆこと?」
「よく知らないけど……秘密が別方面からバレたり、ペアの相手が亡くなったり?」
「ああ、そういう。じゃあ俺、ロザリー派とペアになってもバレない……?」
「その場合、ペアの相手だけが知ってるわけだから――」
「――ダメか。口に出さなくても態度が変わる。儀式を境にいつもと態度が変われば」
「周りも気づくでしょうね」
「あー、クソッ!」
オズは座り込んだまま、グシャグシャに頭を掻きむしり、かと思えば俯いてブツブツと何か呟き始めた。
「……オズ?」
ベルが恐々と尋ねると、彼は疲れた顔で彼女を見上げた。
そして次の瞬間、ふいに立ち上がった。
「オ、オズ?」
「……帰る」
「う、うん」
トボトボと帰っていくオズの背中に、ジュノーが叫んだ。
「オズ! バレたとしても、あなたを待ってるから!」
その声に、オズは手だけ上げて応えた――。
――オズの意識がしじまの森に戻る。
(待たれても困るのさ、ジュノー)
(俺の秘密は『ロザリー派のはずが実は隠れジュノー派で、でもほんとはやっぱりロザリー派』ってことなんだから)
(俺にしてはよく考えた作戦なのになぁ)
(ひっかき回す策もいろいろ考えてあったのに、こんなよくわかんねえ儀式で台無しだ)
(ペアの相手がロザリー派なら問題ない)
(敵を騙すにはまず味方からってことで仲間にも言わずにきたから、驚かすことにはなるが)
(グレンでもいいな。他の派閥のこととか、策略とか気にもしないだろうし……まあ男だからグレンはないが)
(グレン派ならまあ悪くはないか。……でも、グレン派って何人いるんだ? あいつ一人の可能性すらあるぞ)
(……ロザリーだったら最高だなあ。目に焼き付けないと。あいつ、照れるかなあ。照れる顔も可愛いんだよなあ)
オズは惚けた顔で夜空を見上げ、すぐにぶんぶんと頭を横に振った。
(しっかりしろ、オズ。都合よく考えるな)
(俺はクジ運が悪い)
(ジュノーには嘘ついたが……実習で黒獅子行きになったのもほんとはクジ引きだ)
(想定すべきは最悪のケース)
(最悪は――ジュノー派の幹部連中。俺がロザリーを裏切ってると認識してる奴らだ)
(それ以外のその他大勢のザコどもは、そもそも俺の裏切りを知らない)
(知らないなら俺がロザリー派なのは当然だ。態度も変わらない)
(幹部の中には、そいつから俺の秘密を聞き出そうとする奴もいるかもしれないが……ベルのばあちゃんが正しいなら、儀式で知った秘密は話せないはず)
(俺の裏切りを知っているのは――ジュノー、ベル、ザスパール、ポポーは確定)
(他の幹部って誰か知らねーんだよなあ。大所帯だからあと何人かはいるだろうが)
(ベルが幹部ってことは青クラスにもいるよな)
(あ! ギリアムたちも知ってるな。絶対幹部じゃねーけど)
(裏切りを知ってる奴とペアになったとき、俺ができることは――)
そのとき、考え込むオズの肩が叩かれた。
驚き振り返ると、ルークが不思議そうにオズの顔を覗いていた。
「オズー。大丈夫?」
「ああ。なんだよ、ルーク?」
「呼ばれたよー? 次はオズの番」
そう言ってルークが指差す先には、苛立った様子のウルスがこちらを見据えていた。
泉の神殿。
濡れた足でペタペタと中に入る。
床に座り込むと、相手もちょうど泳ぎ着いたようで、水から上がる音が聞こえた。
(激しい水音。ガタイのいい女子って誰だ。脳筋の青クラスか……?)
オズはソワソワと相手を待つが、一向に姿を見せない。
焦れたオズが声をかけた。
「おい、早くしてくれよ。身体が冷えちまう」
すると神殿の柱の影から、ひょっこりと相手の顔だけが出てきた。
「オズ君!」
「……ポポーか」
「はい、私です! よかった、これで秘密作戦のことバレませんね!」
「ほんとびっくりだよ、俺のクジ運の悪さには」
「えっ?」
「いや、何でもない」
ポポーは柱の影でニコニコと笑っている。
しかし、一向にそこから出てこようとしない。
「なあ、ポポー」
「何ですか、オズ君」
「ひょっとして恥ずかしいのか?」
すると柱の影から見えていた顔が、茹でダコのように真っ赤に染まった。
「だって! こんなの無理ですよう! ほとんど裸と変わらないじゃないですか!」
「いやまあわかるけど。でもそこにいたんじゃ儀式できないだろ」
「う~」
「じゃあこうしよう。俺は目を塞いでおくから、ポポーはその間に入る」
「……それならまあ。でも、ほんとに目を開けないでくださいよー?」
「わかった、わかった」
そう言って、オズは両目を両手のひらで塞いでみせた。
ポポーはその様子をじーっと観察してから、おずおずと中に入ってくる。
「絶対に見ちゃダメですからねー?」
「ああ、わかってる」
そう言いつつ、オズは指の隙間から見ていた。
(やっべえな、これ。ほんとに丸見えじゃん)
ポポーはずんぐりむっくりとした体格のせいか、余計に白いローブが身体に張り付きやすいようだ。
「……オズ君、見てません?」
「見てない」
「ならいいですけどー」
と、そのとき。儀式の始まりを告げる視界の混乱が起こった。
「うおっ!?」「きゃっ!?」
ポポーはよろめいて座り込み、オズは両手を目から離した。
ぐるぐる回る周囲の景色。たしかに見えるのはお互いだけ。
自然と目が合い、見つめ合う。
「ごめん、ポポー。見ちゃった」
「みたいですね」
「実は入ってきたときから見てた」
「ちょっとー! 酷いです、オズ君!」
ぷりぷりと怒るポポー。
それと対照的にオズは、口を押さえて動揺していた。
(今のは質問じゃなかっただろ! なのに自白しちまった!)
(口が滑った……? いやいや、言う気なかったし、普段の俺なら言わない)
(儀式の強制力。質問でなくても、嘘をつきにくい空間になってるんだ)
(ヤバいな、話題に注意しないと)
(俺にできることは――先手必勝)
(最終試練とまったく関係ない質問をして、意識をそっちに向ける)
(エグい質問がいい。激しく動揺するようなこと)
(売り言葉に買い言葉みたいになるといいな。ポポーの質問が「じゃあオズ君はどうなんですか」って形になるとベストだ)
(色恋か、家庭のことか。それとも――)
「じゃ、私から聞きますねー」
いきなりポポーにそう言われ、オズの顔が強張る。
「え? いや、ちょっと待っ――」
「――オズ君って、ほんとにジュノー派ですか?」
オズは反り返りそうになった。
本当に全てがムダになる、いやそうはさせまいと誤魔化そうとしたとき。
儀式の強制力がオズに襲いかかる。
まるで炎天下をひたすら歩いているときに水を欲するような欲求が、オズの喉を鳴らし、舌を動かす。
「俺は……っ」
「俺は?」
「う~っ、ほんとはロザリー派だよ! ちくしょう!」
そう叫んで、オズは床に突っ伏した。
しかし、それに対するポポーの反応は意外なものだった。
「やっぱり!」
ポポーは手を叩いて、満面の笑みを浮かべている。
オズが顔を上げて尋ねる。
「……なんで喜んでんの?」
「私、人の性格見抜くのが特技なんですよー」
「そういや昨日、俺の性格を解説してくれたっけか」
「ですです。で、昨日は言いませんでしたが、オズ君ってすごく一途で頑固な人だとビンビン伝わってくるんです。その思いが向いてる先は当然ロザリーさん。勝ちたいからって、振り向いてほしいからって、彼女を裏切るとはとても思えなかったんです。だから、オズ君が思った通りの人でよかった~って! オズ君まで外したら私、自信なくしちゃうとこでしたよー」
オズの眉がピクンと跳ねる。
「……まで? 誰のことを言ってる?」
「っ、それは」
儀式の強制力が、今度はポポーを襲う。
ポポーは苦しそうに答えを吐き出した。
「……ジュノーさん、ですぅ」
「ふーん。ポポーの見るジュノーの性格はどんななんだ?」
少し言いづらそうにしてから、ポポーは語り出した。
「ジュノーさんは凛と咲く花のような人です。美しくて、誇り高くて、清らかで。みんながその立ち振る舞いを見て、自分もそうなりたいと願う」
「今は違うのか?」
ポポーはギュッと目を瞑り、絞り出すように答えた。
「違う、のかもしれません……」
「ま、やり方を選ばなくなったよな。味方に引き込むために褒美をチラつかせたり、逆に脅したり。ジュノー派を班分けしてるのも、動向を監視するためだよな?」
「そう! そうなんです! 以前のジュノーさんは、何よりも正しさが先に来てたから、ついて行こうって思えた。でも、今は違うから……」
最後のほうは消え入りそうな声になっていた。
背を丸めるポポーを見て、オズは自分がすべき質問を理解した。
「ポポー」
「……はい」
「ロザリー派に来ないか?」
「……はい?」
意図せぬ質問に、ポポーは目を瞬かせた。
オズが続ける。
「そんな気持ちでジュノー派にいても辛いだろう? うちは人足りないし、大歓迎だよ」
「いや、でも、そんなこと! みんながどう思うかわかんないし!」
「俺が手配する。ジュノー派からも守ってやる」
「うぅ~!」
ポポーはわかりやすく狼狽した。
頭を抱えたかと思えば掻きむしり、目玉は右へ左へ、表情も忙しなく変わる。
しばらくそうしてから、ボサボサの頭でオズに叫んだ。
「そんなこと聞かれても、わっかんないですよぅ!!」
オズは思わず吹き出した。
「だよな。嘘がつけない儀式の最中でも、わからないことは答えられないよな」
「ええ!」
「じゃ、それが答えでいいよ。ほら、ローブの色が変わった」
「ほんとだ、黒く……」
「儀式は終わりだ」
オズはさっそく立ち上がり、尻についた砂を払った。
ポポーもそれに倣う。
「ポポー」
「なんです?」
「本気だからな」
ポポーはその意味に気づき、口を尖らせる。
「わからないって言ったでしょう!?」
オズは意外そうに首を傾げた。
「でも、いつかは決めなきゃ。だろ?」
「それは、っ」
「ま、急かす気はないさ。俺はこれからもジュノー派には顔を出すから、決めたら教えてくれ。それまではいつも通りでいい」
「うぅ、わかりましたよぅ」
「じゃ、またな」
オズは頷き、外へと歩き出した。
ポポーに背を向けたオズの口元、はほくそ笑んでいた。