14 冬籠り
冬期休暇最終日。
ロザリーは〝蝙蝠のねぐら〟の部屋の窓から、雪の王都を眺めていた。
ミストラルの冬は厳しい。
日頃はうっとうしいほどに光り輝いている黄金城も、雪に屈してその身を白く染めている。
安宿の薄壁は頼りなく、室内なのに吐息が白く見える。
ロザリーはかじかむ指に、ふうっと息を吐いた。
気持ち程度にしか温まらず、手のひらをすり合わせてポケットにつっこんだ。
「明日の儀式が不安かイ?」
ロザリーは振り返って、ヒューゴを見た。
彼は珍しくベッドの下ではなく、上に腰かけて本を読んでいる。
「今日は下に引きこもらないの?」
「冬は好きなんだ。身モ凍ル寒サが、生きていると錯覚させてくれるから」
「さっぱりわかんない」
「わかるわけないサ、キミは生きているもの」
ヒューゴはロザリーをじっ、と見つめた。
「話ヲ逸らした。やっぱり不安なんだ」
「そう見える?」
「あァ」
ロザリーは無言で、窓の外へ視線を戻した。
ヒューゴの言う儀式とは、魔導の色を調べる〝魔導見の儀〟のこと。
「ネクロマンサーだとバレるのが心配なら、無理に受けなくてもいいンだよ」
「何がいいのよ。三年生はみんな受けることになってる。決まってるの」
「決まってなんかないサ。ソーサリエをやめて王都ヲ去ればいい。元ノ旅暮らしに戻るだけだ」
ロザリーはそれに答えなかった。
後ろから、ヒューゴのため息が聞こえた。
「ま、心配ないサ。前にも言ったけど、ボクが生きていた頃にもこの手の儀式はあった。いろんな判別法を試したけど、結果は同じ。ボクの色は赤――まじない使いの魔女騎士だ。ネクロマンサーだとバレることはなかった」
「そこは心配してない」
「ヘェ。じゃあ何が不安なんだい?」
ロザリーはやはり答えなかった。
その様子を見たヒューゴは、再びため息をついて読書に戻った。
ロザリーは不安の元に思いを馳せていた。
ただ一人の親友、グレンのことだ。
賞金稼ぎの仕事はロザリーにとって刺激的だった。
この冬は退屈しない。
そんな予感があったのに、ずっとこうして退屈している。
荷運びの仕事納めはとうの昔。
退屈しのぎに手をつけた大量の宿題も、もう終えてしまった。
それもこれも、この天候のせいだ。
この冬は特に吹雪いた。
王都ミストラルの大通りである〝金の小枝通り〟では、雪崩が起きたほどだ。
ここまで降れば、誰もが窓戸を固くし、屋内に籠るもの。
それは賊であっても同じ。
平穏であるのは素晴らしいことだが、これでは賞金首の情報が口入れ屋に入らない。
情報がなければ、ロザリーとグレンだって引き下がるほかない。
そしてついに、冬季休暇最後の日まで天候は回復しなかった。
退屈は毒だ。
無為な時間は不安をもたらし、考えなくていいことまで考えてしまう。
明日から、またソーサリエが始まる。
最初の授業は例の儀式。
そこで新三年生の持つ魔導の色が判明する。
自分の色はわかっている。
ヒューゴの言う通り、赤――魔女の色だ。
まじないを使えるのだから間違いない。
では、グレンは?
落胆する親友の姿が思い浮かび、頭を振る。
「考えても仕方ない、か」
ロザリーは天井を仰いだ。
天井の染みが、古い神話の女神の姿のように感じられた。
神など信じぬロザリーだったが、親友が最悪の色でないよう、祈りを捧げた。