129 剣技会―準々決勝1
昼休憩の終わりが近づき、ロザリーたち決勝進出者は、集合場所へと向かっていった。
それから、しばらくして。
闘技場に魔導拡声器の音が響き渡った。
『大変長らくお待たせいたしました! これより、決勝トーナメントの対戦カードを発表いたします!』
今か今かと待ちわびた観客たちから、大歓声が巻き起こる。
『第一試合! アイシャ=リンクス対ラナ=アローズ!』
観覧席に残ったロロ、ウィリアス、ルークが、互いに顔を見やる。
「ああ~。ロザリー派同士で当たってしまいましたか」
「四人も残っているんだ、当たらないほうが不自然ってものさ」
「ロザリーさんとオズ君は当たらないとよいのですが……」
「でもでも! 俺たちにしてみれば見逃せないカードだよねー!」
「因縁の対決だからな」
『第二試合! グレン=タイニィウィング対オズ=ミュジーニャ!』
それを聞いて、ロロは仰け反った。
「ロザリーさんではなかったものの、グレン君ですかぁ」
「ツイてるんだか、ツイてないんだかわからないねー」
「オズ、負けろ」
「みっともないよー、ウィリアス」
『第三試合! ロザリー=スノウオウル対テレサ=エリソン!』
「オズと当たらなかったのはよかったが」
「テレサも強いよー?」
「ルークはテレサに負けたんだったな」
「べっ、別に負けたから言ってるわけじゃー」
「でも、あれ? ちょっ、ちょっと待ってください。これって――」
『第四試合! ウィニィ=ユーネリオン対ジュノー=ドーフィナ!』
わっ! と歓声が渦を巻く。
ロロは目を丸くして固まった。
ルークがロロの顔を覗き、嫌味っぽく言った。
「あれあれロロさん? 婚約者だから当たらないんじゃなかったのー?」
ロロの目が泳ぐ。
「杞憂だったのでしょうか? 思惑なんてなくて、本当に厳正なる抽選で――」
「――いや」
ウィリアスが否定した。
「これは思惑たっぷりだよ」
ロロとルークは、ウィリアスの次の言葉を待った。
だが彼は、「そうきたか」「策士だな」などと呟くばかりで、一向に思惑の中身を話そうとしない。
「ウィリアスー!?」
「もったいぶらないでくれませんかねぇ!」
それでもウィリアスは解説する気はないようだ。
「彼らの試合が来ればわかるさ。それより、今はアイシャとラナだ」
闘技場、西側控え室。
試合を控えたラナがいた。
模擬剣を手に、剣を振る動きを入念に確認している。
「緊張や興奮を無理に隠そうとしなくていいんだヨ。それって自分に嘘をつくことで、剣の障りになるからネ」
突然背後から声がかかり、ラナが驚いて振り返る。
「っ! 誰!?」
一人きりであるはずの控え室に、黒髪の痩せた男が立っていた。
「ヒューゴ!」
ヒューゴはラナに近づき、彼女の手を下から包むように持った。
「心配になってネ」
「……嘘でも嬉しい」
「嘘なんかじゃない。愛弟子の勝敗は気になるサ」
「そっか。ありがと」
ラナははにかんで俯いた。
「気になってたんだけど」
「ン?」
「私の特訓。なぜ引き受けてくれたの?」
ヒューゴは柔和な笑みを浮かべたまま、尋ね返した。
「そんなこと、イマサラ聞いてどうする?」
「ダメ元だった。もっと強くなりたくて頼んだけど、受けてくれやしないって思ってた」
ヒューゴは宙を見つめ、答えた。
「……罪悪感、と言うと大袈裟かナ?」
「罪悪感?」
「ボクは卒業試験には一切手を貸さないつもりダ」
「うん、そう聞いた」
「試験なんだから自分の実力で受けるべき――ロザリーにはそう言ったけど、それは建前でね。本当は大っぴらに知られたくないんだ、ボクのことをサ」
「どうして?」
「ボクは彼女の分身であり、切り札なんだ。彼女ほどではないが強者の部類で、たいていの騎士を殺せる能力を持つ」
「そうね、そうなんだと思う」
「我が主たるロザリー=スノウオウルを害そうとする者は、悲惨な最期を遂げることになる。ボクが始末するからネ。だがボクの存在を知られてしまったら、ボクのことも計算に入れて害そうとしてくる。これって大きな違いなんだ。知られていないからこそ、ボクは切り札でいられる。なのに、大勢の前で正体を明かすなんてバカげてる。それが試験の成績なんかのためなんて悪い冗談だ」
ヒューゴはそこまで言って、ふーっと息を吐いた。
「……でも、キミにとってこの試験は冗談ではないんだよネ。命さえ、賭けられるほど真剣だ」
ラナは無言で頷いた。
闘技場に第一試合の両者が入場してきた。
審判役の教官が赤毛の少女を手で指す。
「東! 三年! アイシャ=リンクス!」
沸き起こる声援に、アイシャは手だけで応えた。
視線はラナを射抜いたまま。
「西! 三年! ラナ=アローズ!」
ラナは送られる声援に対し、笑顔で礼を返した。
「抜剣!」
両者が模擬剣を抜く。
「始め!」
観客の待ち侘びた決勝トーナメントが始まって、ワッ! と闘技場が揺れた。
ラナは軽いフットワークで、右に回ろうとして急に左に向きを変えたり。
次は仕掛けると見せかけて、大きく伸びをしたり。
まるで気ままな猫のように振舞っている。
アイシャはそんな敵を見据えたまま、特訓の中でロザリーに言われた言葉を思い返していた。
(ラナはある人物に剣を習ってる)
(その剣は変幻自在。虚実織り交ぜ、虚は実、実は虚。そんな陽炎みたいな剣)
(当然、ラナもその影響を受けてる)
まったく動きを見せないアイシャに、ラナはフットワークをやめた。
両手を広げてアイシャに近づき、挑発する。
「どうした? 来ないの? ビビっちゃった?」
アイシャは軽く首を振った。ロザリーの言葉が頭に浮かぶ。
(「来い」と言うなら、それは誘い。手ぐすね引いて待っているということ)
アイシャの様子を見て、ラナは頭を掻いた。
「まったく。これってあなたにとってリベンジ戦じゃないの? 違った?」
更なる挑発にも、アイシャは反応しない。
「仕方ないなぁ。じゃ、こっちから――」
(「行くぞ」と言った瞬間に斬り込む。それは誘いじゃなく待ちと攻めの転換点だから)
「ここっ!」
アイシャが反応鋭く飛び出した。
「っ、とと」
一瞬、面食らったラナがたたらを踏んだ。が、すぐに翻弄するようなステップを始める。
(ステップは見ない。大雑把に足を狙って)
「たあっ!」
アイシャが低い軌道の横薙ぎを放った。
ラナはその場で跳び上がり、両膝を曲げて薙ぎをかわす。
「ふっ!」
アイシャは薙いだ剣を素早く引き戻し、宙にあるラナへ追い突き。
ラナは剣の腹で突きを受けた。
勢いで、後ろへ転がる。
「危なー。……っ、くっ!」
間髪入れず、アイシャが斬りかかる。
ラナは膝つき姿勢のまま、降りかかる剣閃を捌く。
しかしアイシャは、捌かれようがお構いなしに切れ目なく剣を振り続ける。
(相手が劣勢に見えても決め急がない。八割の力で油断なく攻め続ける)
ラナはすべてを捌いてはいるが、防戦一方となった。
「しつこい!」
業を煮やしたラナが、捌いた瞬間に下から突きを放った。
アイシャの顎先をかすめていく。
その剣先を、アイシャは目で追ってしまった。
瞬間、視界から外れたラナは、剣を手離して回し蹴りを放った。
ラナの足裏が、アイシャの脇腹を捉える。
まともに食らったアイシャは、後ろへ吹っ飛び、倒れた。
観客席から大きな歓声が起こる。
地面に横たわるアイシャは空を見つめたまま、ロザリーの言葉を思い出していた。
(攻め続けていれば、必ず反撃される)
(あなたは手酷くやられて、倒れることになる)
(ここが勝機)
ラナは歓声に応えるようにゆっくりと剣を拾い、倒れたアイシャへ近づいてくる。
アイシャは気づかれぬよう、こっそりと蹴られた脇腹を触り、ダメージを確認した。
(ラナに負けたときのこと、覚えてる?)
(膝をついたあなたに剣を突きつけて「私の勝ちね」)
(ダメージのないあなたが負けを認めるわけないのにね)
(ラナの師の剣は殺しの剣)
(でもラナは殺せない、殺す手前までしか真似できないの。つまりラナの弱点は――)
空を見つめるアイシャの視界に、ラナの顔が見えた。
彼女はアイシャの意識があることに、少し安堵したようだった。
それから剣を突きつけるべく、柄を握り直したとき。
「――詰めが甘いよ、ラナ」
アイシャがラナの足首をガシッと掴んだ。
驚くラナを後目に、アイシャは掴んだ足首を持ったまま、すっくと立ち上がった。
「~っ、このっ!」
ラナが片足のまま、アイシャの首めがけて剣を振る。
アイシャは腰の入っていないその剣を、やすやすと弾く。
ラナはその隙に軸足を浮かし、身体をきりもみ回転させて掴まれた足を外そうとした。
アイシャは外されそうな足を抱え込むようにしてしゃがみ込み、その勢いのまま、ラナの脛付近に肘を落とす。
「あぐっ!」
ラナが無事な方の足で飛び退いて、距離を取った。
足首のホールドは解けたが、打たれた部分がズキズキと酷く痛む。
アイシャはすぐに仕掛けた。
距離を詰め、上から何度も何度も剣を振る。
ラナは膝をついたまま、その剣を何とか防ぐ。
やたらに斬り掛かるのは先ほどと同じ格好だが、中身が違う。
ラナはあえて受けているのではなく、受けざるをえなくなっている。
(足を殺せたら上首尾。ステップを踏めないラナは一発逆転を狙ってくる)
アイシャは剣を振り続けながら、ラナを観察した。
剣閃を追って細かく動く彼女の瞳は、いささかも勝利を諦めていない。
アイシャの脇腹に一瞬、痛みが走った。
呼吸が乱れ、振りがおざなりになる。
それを見たラナはカッと目を見開き、アイシャの剣を思いきり弾いた。
アイシャが体勢を崩した隙に立ち上がり、ラナが攻勢に転じる。
襲ってきた袈裟切りをアイシャが仰け反ってかわすと、その剣がそのまま足元を払ってくる。
アイシャが後ろへ飛び退くと、ラナは全身を投げ出すようにして、低い突きで追ってきた。
(技巧的な動きをするぶん、背中を見せがち。そこを狙う)
アイシャはラナの剣先をブーツで踏みつけようとした。
剣の自由を奪って。その隙に上から背中を打つ目算だ。
ラナが勘づき、剣を引く。
空振ったアイシャのブーツが、地面を勢いよく踏みしめる。
大股の姿勢になったアイシャを前に、ラナは傷んでいない足を軸にスピンした。
回転力と全体重を乗せた一撃がアイシャに迫る。
(強引な回転技は大チャンス! ひるまず踏み込め!)
鋭く回る剣の内側へ、アイシャが踏み込む。
剣の間合いを殺され、回転斬りは不発に終わる――はずだった。
ラナが言う。
「普通は後ろに避けるけどね。アイシャは踏み込んでくるって思ってた」
言われたアイシャの頬を、脂汗が流れ落ちる。
ラナが放ったのは回転斬りではなく、膝蹴りだった。
ラナの膝が、アイシャの痛めた脇腹に突き刺さっている。
アイシャの足がブルブルと震え、それからすとんと腰が落ちた。
座り込む彼女の顔を、ラナが覗きこむ。
「まだやれそう?」
そう言って笑うラナに、アイシャも釣られて笑った。
笑った拍子に脇腹を激痛が走り、剣を取り落とす。
「……なんか、すっきりしちゃったな」
誰に言うでもなくそう言い、アイシャは剣を落とした手をラナへ差し出した。
「もう十分よ」
ラナがその手を握り返し、アイシャを引き起こす。
「認めるわ。ラナは私より強い」
ラナは嬉しそうに笑って言った。
「ほんのちょっぴりだけね?」
アイシャがラナの手を高々と掲げると、審判がコールした。
「勝負あり! 勝者、ラナ=アローズ!」
観客席から歓声と、それを上回るどよめきが起こった。
――観客席、緑のクラス三年が陣取る一角。
多くの者が、ラナの勝利を驚きをもって受け止めていた。
「おいおい、ほんとにラナ勝っちゃったよ」
「どうすんの、これ」
「アイシャが弱いんじゃねーの?」
「そんなわけないわ。馬鹿力のポポーが負けたのよ?」
「じゃあ何か? 役立たずの色無しが俺らより強いって? それこそ、そんなわけあるかよ」
「試合見てたか? 少なくともお前よりは強いだろうよ」
「何だと!」
「止めろ、お前ら。もう強い弱いの話じゃねーだろうが。無色なんざ牛馬と同じだ。それがベスト4だぞ。こんなことあっていいのかよ」
「チッ」「まあ、な」
「このままじゃ卒業しても言われそうよね。無色に負けた世代だって」
「ッ! そんなの認められるか!」
「どうにかしなきゃね……」
その会話を聞きながら、レントン――ラナに強い敵意を向ける三年生は、歯ぎしりしていた。
(気づくのが遅えんだよ、ボンクラ共が……!)





