128 八強
すべての予選が終了し、各、山の勝者――決勝トーナメントに進出する八名が決まった。
決勝トーナメント会場となる闘技場は満員御礼。
予選を終えた生徒も加わり、観客席は通路まで人でごった返している。
貴賓席も例外ではなく、他の席と高い壁で隔てられたその区域には、煌びやかな衣装で着飾った貴族たちであふれていた。
貴婦人たちが羽扇子で口元を隠して囁き合う。
「フフ、デファンス家は大騒ぎのようですよ?」
「でしょうとも。公衆の面前であんな醜態を晒しては」
「心配ですわぁ、たしかお世継ぎでしょう?」
「いえいえ、あそこはご兄弟がたくさんおられるから」
「あら、でしたら安泰ですわねぇ」
そのとき、貴賓室の扉が開いた。
人だかりが左右に割れていく。
貴婦人たちも道を空け、頭を垂れた。
「陛下」「陛下」「陛下……」
両脇からかかる声の中を、獅子王エイリスが歩いていく。
そして一番見晴らしのいい場所に設えられた玉座に座ると、それを見つけた観客たちが大いに沸いた。
エイリス王の着座を合図に、中央のフィールドに八名の生徒たちが入場してきた。
生徒たちが貴賓席に向かって横一列に並ぶと、観客から大きな声援が向けられた。
最後にもう一人、ソーサリエ職員が入ってきて、手にした魔導拡声器によって彼の声が闘技場じゅうに響き渡る。
『これより! 決勝トーナメント進出者、八名をご紹介いたしますッ!』
ワアッ、とひと際大きく客席が沸いた。
職員は左手を挙げて静寂を求め、客席が静まると列の右端から紹介を始めた。
『H組勝者! 刻印騎士! 優勝候補筆頭にして昨年大会の覇者! グレェェェン……タイニィウィング!!』
グレンは手を挙げて歓声に応えてから、一歩前に出て貴賓席のエイリス王に向かって膝を折った。
エイリス王が軽く手を挙げ応えると、グレンは立ち上がり列に戻った。
『続きまして――A組勝者! 聖騎士! 初出場ながら決勝に残るのは貴き血の証明! 麗しき王子騎士! ウィニィィィ……ユーネリオン殿下ァ!!』
グレンに倍する歓声が巻き起こった。
ウィニィもグレンと同じように歓声に応えてから、エイリス王に膝を折る。
選手紹介は続く。
『B組勝者! 魔女騎士! その実力は本物か、それともフロックか! 開けてビックリ玉手箱! オズモンドォォ……ミュジーニャァァ!!』
『C組勝者! 魔女騎士! 去年の覇者グレンを差し置いて、多くの教官が本命に推す謎に包まれた女騎士! 昨年大会準優勝! ロザリィィィ……スノウオゥゥル!!』
『D組勝者! 刻印騎士! 父は騎士団長! 母も騎士団長! 二人の騎士団長を親に持つバトルエリート! 今年こそはグレンに勝つ! テレサ……エリソォォン!!』
『E組勝者! 精霊騎士! 血筋は一流、人間も一流、実力は超一流! 名門ドーフィナの跡取りにして海の申し子! ジュノォォォ……ドーフィナァァ!!』
『F組勝者! 魔女騎士! 緋色の髪は情熱の証明! 燃える闘志は栄光を掴み取れるか! アイシャァァ……リィィィンクス!!』
七名の紹介を終えた職員はゴホンと咳払いして、それからボソッと言った。
『G組勝者、ラナ=アローズ』
観客たちの誰もが聞き取れず、困惑のざわめきが広がる。
当のラナは、来るであろう歓声に応えようと手を挙げかけた体勢で固まっていた。
あんぐりと口を開けて職員を見やるが、彼はそれを無視して、再び大きな声で叫んだ。
『決勝トーナメントの前に、昼休憩を挟みます! もうしばらくお待ちください! それでは皆様、決勝トーナメントで再びお会いしましょう!』
拍手が起こり、八名の生徒たちは退場していった。
昼休憩。
ロザリー派は観覧席の一角に陣取って、昼食をとっていた。
「酷くない? あんまりじゃない?」
ラナが手にした黒パンを千切りながらぷりぷり怒る。
「そりゃ、私は無色ですよ。大っぴらに認めたくないんでしょーよ。でもだからってあれはないんじゃない?」
ラナが怒っているのは先ほどの選手紹介についてだ。
ぶつぶつとぼやきながら、千切ったパンを屋台で買ったカップ入りのシチューに浸して、すくうように口に運んだ。
「もぐ、むぐ……ロロだってそう思うでしょ?」
水を向けられたロロが空を見上げる。
「私は……誇らしいですねえ」
「誇らしい? どこがよ」
ラナが眉をひそめて聞き返したので、ロロは慌てて言葉を付け加えた。
「いえ、ラナさんの紹介がおざなりだったことではなく。ロザリー派から四人も決勝トーナメントに残ったことが誇らしいのです」
ロザリー派からは、ロザリー、オズ、アイシャ、ラナが決勝に残った。
他のロザリー派の面々も同じ気持ちのようで、嬉しそうな声が次々に聞こえてくる。
「決勝進出者の半分は、うちらの派閥ってことだもんね」
「そうそう!」
「ジュノー派の連中がこっち見ながら通り過ぎてくのが気持ちよくて!」
「ああ、それわかるー」
ルークがにんまり笑った。
「誰かさんは一回戦負けだったけどねー」
「お黙りなさい、ルーク君」
皆の感想を知ったラナは、それでも不満そうに口を尖らせた。
「でも、私も『優勝候補筆頭の!』とか紹介してほしかったなあ」
「いいじゃない」
ロザリーが口を開く。
「実力で示せばいい。ラナもそう思ってるんでしょ?」
ラナは答える代わりにニヤリと笑った。
「ま、最初にロザリーと当たったら、示す前に終わっちゃうんだけどね」
するとロロが誰となく尋ねた。
「そういえば、組み合わせはどうなりました? たしか、くじ引きで決めるんですよね?」
「わかんない」
ロザリーが首を横に振った。
「剣技会運営が、厳正なる抽選によって決めるんだってさ」
ロロの顔が曇る。
「そうなのですか? てっきり進出者本人がくじを引くんだとばかり……」
「去年はそうだったよ? 私、自分でくじを引いたもん」
するとロロの顔が険しくなった。
「運営は公正中立なんかじゃありません。予選の振り分けを見る限り、むしろ思惑たっぷりです。もし私が決めるなら――」
ロロはラナを見つめた。
「――まず、ラナさんをロザリーさんにぶつけます」
ラナは目を瞬かせて、ロザリーを見た。
ロザリーも彼女を見返す。
そして次の瞬間、ラナはロザリーに向けてこぶしを突き出した。
「ぶっ潰す!」
ロザリーはヘラッと笑い、「おー、やってみれば?」と応じた。
ロロが眉をひそめる。
「なに言ってるんですか、ラナさん! さっき、ロザリーさんと当たったら終わりだって言ってたじゃないですか!」
「言ったよ? でも実際当たるんなら、ぶっ潰す気で行くしかなくない?」
「それは……でもですね!」
「落ち着きなって、ロロ」
ロザリーがロロの肩を叩く。
「ロザリーさんは、こんなのおかしいと思わないんですか?」
「厳正なる抽選とかは信じてやしないよ? でも思惑があるなら、その中心はラナじゃないと思うな」
「……どういう意味です?」
「ウィニィだよ」
ロロはハッと目を見開いた。
ロザリーが闘技場を見渡す。
「すごい客入りだよね。明らかに例年より多い。それに剣技会には珍しく、ちっちゃな子ども連れも多い」
ロロが観覧席を探すと、たしかに小さい子がちらほらといた。
その多くが、小さな王冠付きの髪飾りと、おもちゃの剣を身につけている。
「もしや……ウィニィさんの仮装?」
「屋台で売ってるの。大人気だよ」
「この客入りは王子騎士効果というわけですか」
「今日の主役は彼なんだよ。運営とすれば組み合わせは考えるだろうね」
ロロがあごに手を当て、考える。
「彼に活躍させたいなら、まずロザリーさんは避けますよね。婚約者のジュノーさんも。あとは魔導量の多いグレン君とオズ君。この四人と決勝戦まで当たらないように反対の山に仕込むとすれば……ラナさんもその四人とは決勝まで当たらない!」
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