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127 剣技会―予選決勝

 剣技会予選はA・B組が黄金城(パレス)訓練場、C~F組が闘技場、G・H組が屋外訓練場で行われている。

 予選も大詰め。

 闘技場ではC組からF組の決勝戦が始まる。


 C組 ロザリー×ネイザン(一年生)

 D組 テレサ(青のクラス二番手)×ザスパール(ジュノーの側近)

 E組 ジュノー×ベル(赤のクラスジュノー派)

 F組 アイシャ×ポポー(緑のクラスずんぐりむっくり)



「「始めっ!!」」


 四人の審判の声を合図に、それぞれのエリアで試合が始まった。

 ここにいる八人は、いずれも厳しい予選を勝ち残った猛者ばかり――というわけでもなかった。


 八人の中でただ一人、実力が伴わないのにこの場に立っている者がいる。

 ロザリーの相手の一年生、ネイザン=デファンスである。

 彼の実家デファンス家は、血脈を辿ればユーネリオン王家に繋がる名門中の名門であり、今現在も強大な力を有する、堂々たる大貴族であった。

 そして彼――ネイザンは、自分の利益のためなら家の力を使うことに躊躇いがないタイプの貴族だった。

 家格が劣る相手に勝つのは簡単だ。

 自分に勝てばどうなるか、臭わせてやるだけでいい。

 たいていは慌てふためき、あるいは顔を青ざめさせ、ネイザンに従った。

 家名を見て、自分から負けを申し出る者も多かった。

 他の大貴族の子弟や、王族たるウィニィ殿下だって似たようなことをやっているのだ。

 俺もやって何が悪い。

 とはいえ、さすがに成績に影響する三年生には脅しが効くか自信がなかった。

 ところがなぜだか、自分の山には三年生が一人しかいなかった。

 しかも、予選決勝までいかなければ当たらないときた。

 これは天の配剤。

 神が『そうせよ』とおっしゃっているのだ。

 一年で予選決勝進出となれば、かなりの好成績。

 おそらくは自分だけだ。

 この結果があれば、これからの学園生活も円滑に進むというもの。

 自分の派閥も、より大きくできるだろう。

 あとはこの三年生と適当にやって、頃合いよく降参すればいい。

 何のリスクもない、すべてうまくいく。

 ネイザンはそう思っていた。

 ほんの少し前までは――。


(なんだよ……なんなんだよ、これはッ!)


 圧。

 足がすくむ。

 息が苦しい。

 相対するロザリーが発する、明確な敵意。

 ネイザンは、暗い森で恐ろしい獣に出くわした子供のように怯えていた。


(なんでこんな……)

(俺に怒ってる……?)

(何だよ、俺が何をしたってんだよ……)

(ダメだ、このままじゃ……ヤバい!)


 ネイザンはすぐさま、降参を告げるべく口を開いた。

 が、声が出ない。

 初めて感じる死の恐怖が、彼の喉を奪っていた。


(殺、されるっ……!)


 対するロザリーは、たしかに怒っていた。

 というより、苛立っていた。

 ロザリーが小声でぼやく。


「どいつもこいつも、すぐに降参しちゃってさ」

「今日、一度も剣を振ってないんですけど?」

「今日って剣技会よね? 違った?」

「一回戦の女の子が悪いのよ。向かってきたから軽く合わせただけなのに、悲鳴上げて倒れちゃって。降参する? って優しく聞いたのに、ガタガタ震えて土下座なんかして。それを見て他も余計に恐がり始めてさ」

「私って、裏でどんなふうに噂されてるんだろ……」

「どうせ、この子も降参するよね」


 ロザリーがジリッと近づくと、ネイザンの身体がビクンと跳ねた。

 しかし、降参を告げる様子はない。


「ん? やる気なの?」


 ロザリーがもう一歩近づくと、またネイザンの身体が跳ねる。

 表情を見る限り、今まで降参してきた下級生と一緒で怯えきっている。


「ねえ」


 ロザリーが声をかけると、ネイザンは顔を強張らせた。


「降参しないのなら、いくよ?」


 そう言って、ロザリーがさらにもう一歩出た瞬間。

 ネイザンの喉がやっと、声を発した。


「ヒィッ!? ういやああぁぁ!!」

「あ、ちょっと!」


 ネイザンは逃げ出した。




 D組エリア。

 毛先がツンツン立つほど短い髪の少女――テレサが、優勢に試合を進めていた。

 激しく剣を交えつつ、彼女は心の内でほくそ笑む。


(さすがね、ザスパール。強いわ)

(でも、強すぎはしない)

(癖も捉えた。次で決める!)


 テレサは大振りを相手の剣にぶつけて、ザスパールをよろけさせる。

 すぐに追撃はせず、魔導を巡らせて力を溜める。

 そして最後の攻撃を仕掛けようと、身を屈めたとき。


「うっ!?」


 突如、ザスパールが呻いて、後ろによろめいた。

 ザスパールが驚いた顔で身体を捻ると、彼の背中には逃げてきたネイザンがしがみついていた。


「何だよ、お前ッ!?」


 剣を持っていない左手でネイザンを押しのけようとするが、しがみつくネイザンも必死でビクともしない。


「こいつ!」


 剣の柄でネイザンを叩こうとして、ザスパールはハッと振り向いた。

 テレサがじっとこちらを窺っている。

 ザスパールが手のひらをテレサに向けた。


「ま、待て! テレサ!」

「……」


 テレサは身を屈めたまま、返答しなかった。

 それは剣技会のルールに『〝待て〟は認めない』と明記されているからだ。

 しかし、目の前の状況は明らかに異常事態だ。

 テレサは横目で審判を見た。

 審判は審判でネイザンの属するC組の審判を睨んでいて、テレサの視線に気づかない。


「おいっ、引っ張るな!」


 ネイザンはザスパールを盾にして、滅多矢鱈(めったやたら)に動き回り始めた。

 テレサから目を切れないザスパールは、ネイザンを引き剥がせない。

 そのままズルズルとテレサから離れていく。

 苛立つテレサが叫んだ。


「ザスパール!」

「わかってる! けどよ……くそ、どうすりゃいい!」


 テレサも臨戦態勢のまま、ザスパールを追っていく。




 F組エリア。


「むーん!」

「あうっ!?」


 ずんぐりとしたポポーが振る大剣は、まるで大ハンマーのようだった。

 剣の腹で受けたアイシャが、派手に吹き飛ばされる。

 そして彼女が転がった先に、折り悪くテレサの背中があった。


「あっ!?」

(つう)っ……」


 両者は背中同士でぶつかり、その場にうずくまった。

 テレサが顔をしかめてアイシャに叫ぶ。


「ちょっと! 気を付けてよ!」


 アイシャが背を向けたまま叫び返す。


「違う! あんたらがこっちのエリアに入ってる!」


 テレサがハッとする。

 ネイザンは無秩序に動いているようでいて、実はロザリーから離れようと動いている。

 だから、ロザリーのいるC組とエリアと対角線にあるF組エリアに入ってしまったのだ。

 テレサが舌打ちする。


「ザスパール! 戻るよ!」

「できたらそうしてる!」

「一年生! いい加減、自分のエリアに戻りなさい!」

「ひっ!?」


 テレサの怒気に、ネイザンは首をすくめた。

 そして今度はテレサから離れようと、さらに滅茶苦茶に動き出した。


「~~っ! もうっ!」




 E組エリア。

 ジュノーとベルの戦いは、膠着状態にあった。

 それは両者の得意なスタイルが共通して〝相手を観察して隙をつく〟というものであったからだ。

 格下のベルからすればそうせざるを得なかったし、格上のジュノーにしても油断ならぬ相手と認めるからそうしていた。

 結果、試合開始からずっと睨み合う形となっている。

 ジュノーは集中の極致にあった。

 目の前の敵以外に(とばり)を下ろし、意識から遮断している。

 そんな彼女の耳に、遠くから声が聞こえたような気がした。


「――ュノー!」


 幼馴染の声。背後からだ。


「ジュノー!」


 気のせいではない。

 せっかく下ろした(とばり)を、ため息とともに巻き上げる。

 そして背中を向けたまま、幼馴染に問うた。


「……ザスパール。試合中よ。何事?」

「こいつを剥がしてくれっ!」


 ザスパールはE組エリア近くまで移動してきていた。

 ネイザンがテレサのことも怖がるようになり、彼女から遠ざかるように動いたためだ。

 テレサも距離を空けてついてきている。


「……剥がす?」


 要求の意味がわからず、ジュノーは背後をチラリと振り返った。

 すぐに正面に向き直ったジュノーの顔は、困惑で歪んでいた。

 正面を見たまま、ジュノーが言う。


「ザスパール。それはどういう状況なのかしら」

「ロザリーの対戦相手の一年が、ビビッて俺にしがみついてる!」


 ジュノーは、今度はロザリーをチラリと見た。

 ロザリーは視線に気づき、肩をすくめてみせる。

 ジュノーの思考が加速する。


(ザスパールのところへ行って、ネイザン(あのバカ)を引き剥がすのは簡単)

(すぐに終わらせれば、ベルも攻撃はしてこないでしょう)

(でもそれってルール的にどうなのかしら? こんなケースはルールブックにはないわ)

(エリアの外に出ることになるし、他の試合に介入することになる。最悪、反則負けもあるかも?)

(……どちらも問題ないわね。ネイザン(あのバカ)はもちろん、ザスパールとテレサもエリアから出ているけど反則負けになってない)

(他の試合に介入してるのもネイザン(あのバカ)のほう)

(さっさとネイザン(あのバカ)を反則負けにすればいいじゃない。それで万事解決なのに)


 ジュノーは、今度はロザリーのエリアの審判の顔色をチラリと窺った。


(困り果てている。なぜ? これってそんなに難しい判断かしら?)

(……そうか。ルールブックにないケースだから。そしてネイザンが大貴族だからだわ)

(剣技会には『逃げたら反則負け』というルールは存在しない。降参が認められていて、逃げる必要がないから)

(逃げることが想定されていないから、試合中にエリアを出て他の試合の邪魔をするっていう状況も想定されていない)

ネイザン(あのバカ)は大貴族デファンス家の御曹司。ルールにないことで反則負けにしたら後でどんな目に遭うかわからない。だから審判は裁定を下せずにいる)

(判断を躊躇って余計に状況を悪くする。まったく、ネイザン(あのバカ)以上の無能ね)

(でも、審判が困っているというのなら話が早いわ。あなたもお困りなのでしょう?)


 ジュノーはベルから目を離し、自エリアの審判をじいっと見つめた。

 気づいた審判がジュノーを凝視する。

 ジュノーは声に出さず、唇を動かす。


(――助けてあげましょうか?)


 四つのエリアの四人の審判は、自分の管轄エリアにしか権限を持っていなかった。

 そのためネイザンに邪魔をされたエリアの審判たちは、ネイザンに失格を告げることができず、困り果てているのは四人の審判全員だった。


 ジュノーに向かい、審判が微かに頷いた。

 途端、ジュノーがエリアを区切る線まで走る。


「おま、いい加減に離れろよっ!」

「うぃあああ!」

「こいつ、完ッ全に錯乱してやがる!」


 ザスパールとネイザンは、いよいよ取っ組み合いの様相を呈している。

 テレサへ剣を向ける姿勢だけはかろうじて維持しているが、それもいつまで持つかわからない。


「ザスパール!」


 エリアの端まで来たジュノーが叫ぶ。


「こちらへ!」

「わ、わかった!」


 ザスパールが、ネイザンを引きずりながら駆け寄ってきた。

 ジュノーのそばまで来て、ザスパールが背中を向ける。

 ジュノーが力づくで引き剥がそうとするが、必死の形相でしがみついて離れない。


「チッ」


 舌打ちとともにジュノーは、ネイザンの脇腹を剣の柄で強かに打った。


「ぎゃあああ! 痛っ、痛いいぃぃ!!」


 ついに手を離し、地べたを転がるネイザン。


「こいつ! ふざけやがって!」


 ザスパールは転げ回るネイザンを上から数度、蹴りつけた。

 ジュノーがネイザンの首根っこを掴み、振り回してから遠くへ放り投げる。


「ハア、ハア。……すまない、ジュノー」

「試合中よ、気を抜かないで――ッ!?」


 二人の首筋に悪寒が走った。

 同時に振り向くと、宙高く跳び上がったテレサが、斬りつけてくる瞬間だった。


 ギィィィン!


 三つの剣が重なり、テレサが二人の間を抜ける。

 ジュノーとザスパールは息の合った動きで、剣を揃えてテレサに向けた。

 テレサが猫のような姿勢で振り返り、目を細める。


「ジュノー、あんた……!」


 ジュノーが我に返る。


(しまった! 反射的に剣を出して――)


 鋭く自エリアの審判を見ると、相も変わらず困った顔をしている。


(――いったん止めればいいでしょう! ここはお前の管轄エリアだろうに! 役立たずめ!)


 ザスパールが慌てて両手を振った。


「今のは違うんだ、テレサ!」

「違わない! たしかにジュノーはあんたを庇った!」

「違う! とにかく、待ってくれテレサ!」

「〝待て〟はない! ザスパール、いい加減、悟れ!」

「ぐっ……」


 と、そのとき。

 困り果てていたはずのジュノーのエリアの審判が、高々と右手を挙げた。


「勝負あり! 勝者、ジュノー!」

「……何ですって?」


 ジュノーは困惑し、それからハッとベルを見た。

 彼女は片膝をつき、剣を地面に刺し、頭を垂れて降参の意を示している。


(譲ってくれたのね。恩に着るわ、ベル)


 ジュノーはベルに向かって頭を下げ、ゆっくりとザスパールから離れた。

 そしてジュノーが剣を納めたその瞬間、テレサが飛び出した。


「行くよ、ザスパール!」

「おうよ! 来い、テレサ!」




 再び、F組エリア。

 両手持ちの剣をぶん回し続けてきたポポーの攻めに、陰りが見えていた。


「はあ、はあ……」


 息荒く敵を見据えるポポー。

 その敵たるアイシャの呼吸に乱れはない。


(おかしいな。ずっと攻めてるのになあ)


 ずっと優勢だった。

 アイシャの攻撃は踏み込みの浅いものばかり。

 なのに気がつけば、ポポーが追い詰められている。


「なんとか打開しないと――へあっ!?」


 ポポーは悲鳴を上げた。

 腰回りに、にゅっと手が回ってきたからだ。


「なに? へっ? うえっ!?」


 ネイザンだった。

 ポポーを新たな盾と決めたのだ。


「もうっ、どこ触ってるのーっ!」


 ポポーの両手が、ネイザンの両手首を思いきり掴む。

 ミシミシッ、と手首の骨が軋んだ。


「いぎゃっ!?」


 ネイザンは悲鳴を上げて、その場にうずくまった。

 ポポーの馬鹿力はネイザンの手首を破壊するのに十分で、しかしポポーの怒りはそれで収まらなかった。


「この子はもう! 自分の場所に戻りなさーい!!」


 剣を投げ捨て、ネイザンの両脚を自分の両脇に挟む。

 それからぶんぶんと勢いよく回転し、遠心力を利用してロザリーのエリアに向かって投げ飛ばしてしまった。

 ネイザンが弧を描いて飛んでいく。


「まったく、もー」


 一仕事終えたポポーが、手のほこりを払う仕草をする。

 そして、「あっ」と短く声を上げた。

 目の前に、剣を振り上げたアイシャが迫っていたからだ。

 対して、自分の手に剣はない。


「ごめんね?」


 アイシャの鋭い振りが、ポポーの肩口に入った。


「あ、ううぅ」


 ポポーは肩を押さえ、その場にうずくまった。


「それまで! 勝者、アイシャ!」


 同時に、ロザリーのエリアの審判も声を上げた。


「勝者! ロザリー!」


 苦笑いするロザリーの前には、投げ飛ばされてきたネイザンがのびていた。

 そして、残る最後の試合は。


「ふっ! くっ!」

「シィッ! ハァッ!」


 乱入者のせいで疲弊したザスパールだったが、それでも奮闘した。

 目の前で親兄弟よりも信じる相手――ジュノーが見ていたからだ。

 だが疲れを忘れることはできても、テレサとの差を埋めることはできなかった。


「ふぅぅ――ハッ!!」

「うぐッ!」


 ザスパールは、利き手の肘を打たれた。


「まだっ!」


 取り落としそうになった剣を逆の手に持ち替え、なおも向かおうとしたとき――ザスパールの喉元に切っ先が突きつけられていた。

 テレサが片眉を上げる。


「どうする?」


 ザスパールは歯噛みして、吐き捨てるように言った。


「俺の、負けだ……っ」


 四人目の勝者が告げられる。


「勝者! テレサ=エリソン!」

キャラが多数出てくる上に視点がコロコロする話でしたが、「何やってるかわかんないよ~」ってことはなかったでしょうか……?

わかりにくくなりそうとわかりつつ、やってみたくてやっちゃいました。

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― 新着の感想 ―
貴族への忖度と、騎士道に基づくルールのぶつかり合い。 それらが生み出した混沌試合。 なかなか見ない展開で面白い。 新たに試合規則が追加されることだろうし、その原因となった1年坊主はこの先の学園生活…
ネイザン君ザンネンすぎて笑
[一言] 三人称形式だしザッピングは気にならない。小説ってそんなもの これが一人称で、一文ごとに視点が変わっていたらさすがに文句つけていた 逃げても負けじゃないのはいいとしても、意図的に他の試合を邪…
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