126 剣技会―予選ブロック
日が昇り、雲一つない青空が広がった。
闘技場は大変な賑わいで、一般客用の観覧席は人でごった返している。
対して生徒用の観覧席は、まだ多くの生徒が試合中ということもあって空席が目立つ。
その生徒用観覧席の一角。
およそ学生らしくない年齢の眼鏡をかけた女子生徒が一人、膝を抱えて予選の経過を見つめている。
「あっ、ロロ。おつおつー」
声をかけられ、眼鏡の生徒――ロロが振り返る。
「ルーク君! 寂しかったですよぉぉ」
「ハハハッ。一、二年生ばっかだもんねー」
「早々に負ける三年生は、なんと肩身の狭いことか……」
「まあまあ。これでのんびり観戦できるってものさ。はい、これー」
横に腰を下ろしたルークが、香ばしい臭いを放つ肉串をロロに手渡す。
「これは……もしかして、朝言ってた屋台の? いいんですか?」
「俺だけ食べるわけにはいかないでしょー」
「ではありがたく。むぐ、はふ……んまいっ!」
「でしょー? 秘伝の香辛料使ってるんだってさー。はむっ!」
「もぐ、むぐ……ルーク君も負けたんですか?」
「そりゃ、はぐっ、ここにいるってことは、むぐむぐ、そういうことでしょー」
ロロは口の中のやたら美味い肉を飲み込み、ルークの顔を窺った。
「その割には、あっけらかんとしてますね」
「五回戦。テレサと当たったからねー」
「ああ、青のクラスの、短髪の。強そうですよね、彼女」
「めちゃ強いよー。たぶん、青のクラスでグレンの次だねー」
「ほう、それは気の毒に。怪我はしませんでしたか?」
「うん。対峙した瞬間、こりゃ勝てないなーって思ったから、適当なとこで降参したよ。彼女はすごく不満そうだったけど」
「強い人たちは『最後まで戦え!』とか言いがちですけど、私らにしてみれば怪我しないことが最優先ですよ」
「ですです、痛いの嫌だしねー。ロロは誰に負けたのー?」
「ピージー君です」
ルークの眉がへの字に曲がる。
彼の中にある豊富な生徒情報データに照らしても、顔もクラスも出てこない。
「……誰?」
「一年生です」
「もしかして、一回戦で負けたの?」
ロロはしゅん、と背中を丸めた。
「私だってですね、一年生にくらい勝てると思ってましたよ。三年目にしてようやく、一回戦突破できると。でもピージー君、すっごいパワーで……」
「ああ、うん。しょうがない、しょうがない! 元気出そう!」
「はい……」
ルークがロロの背中を叩くと、ますます丸くなっていく。
どうしたものかとルークがきょろきょろしていると、闘技場に次の出場者が入場してきた。
よく知る顔が二つ、ある。
「おっ! 顔を上げてロロ! ロザリーとアイシャがいる!」
ロロがゆっくり顔を上げる。
「ほら、我らがリーダーが、ロロの代わりに下級生をボコボコにしてくれるよ!」
するとロロは首を横に振った。
「そうはならないです」
「なんで?」
「私、ずっと見てますから。ルーク君も見ていればわかります」
各出場者が所定の場所につき、同時に試合開始が告げられる。
するとロザリーの対戦者は、すぐさま膝を折って頭を垂れた。
「……そっか。戦う前に降参しちゃうんだ」
「私が見ていた二回戦以降、ロザリーさんは一度も戦っていません」
「なるほどなー。ロザリー相手なら、俺もそうするかも」
「痛いの嫌ですしね」
「うん。じゃあ、アイシャは……あー、相手はロイドかー」
「彼は黄のクラスの代表代行でしたね」
「俺の見立てでは、アイシャより強いねー」
「むう、そうですか」
ロロとルークの視線が、アイシャの試合に注がれる。
アイシャとロイドの間合いが、徐々に縮まっていく。
「アイシャから仕掛けた!」
「ああ、危ないっ!」
「大丈夫! 避けてる、避けてる!」
「そこだ、アイシャさんっ、いけっ!」
「いいぞ! よしっ!」
「おっ? いける!」
「「おお~!」」
アイシャの勝利が宣告され、彼女はこちらに向かって剣を突き上げる。
ロロとルークは立ち上がって拍手で応じた。
拍手しながら二人は感想を交わす。
「終わってみれば、危なげない勝利でしたね」
「うん。終始、圧倒してたと思う」
ロロが揶揄うように言う。
「ルーク君の見立て、甘かったですねえ」
「う。それは認めるけど……アイシャ、なんかすげー強くなってない?」
「そうですか?」
「ラナとやったときより、一回りは強いような。手加減してた? いや、そんな感じは……」
自問するルークを見て、ロロが笑う。
「ルーク君も負けず嫌いですねえ」
「違うよ! 本当に強くなって――このっ、肉串返せぇー!」
「ぐっ、苦しいです、ルーク君!」
二人がじゃれ合っていると、近くを通った下級生の会話が聞こえてきた。
「おい、聞いたか? 屋外訓練場で、無色の三年が勝ち上がってるらしい」
「は? 無色ってクソ弱いんだろ?」
「それがどうも強いらしい」
「おいおい。ほんとかよ」
動きを止めて聞き耳を立てていた二人が、小声で言葉を交わす。
「ラナも順調みたいだね」
「ええ。当然です」
正午が近づくにつれ、生徒用の観覧席が埋まっていく。
ロロたちの元にも敗退した仲間が続々と集まり、賑やかになっていた。
「あ、ウィリアス! こっち、こっちー!」
ルークが手を振り、ウィリアスが気づいた。
仲間たちの元へ歩いてくるが、その足取りはどこか重い。
「ウィリアス君、もしや手酷くやられましたか?」
ロロが心配そうに問うと、ウィリアスが頷く。
「ああ。……本っ、当に腹が立つ!」
「珍しいですね、ウィリアス君がそんなに怒るなんて」
ルークがウィリアスをじろじろと観察する。
「ぱっと見、怪我はないみたいだけど……聖騎士に治療してもらった?」
ウィリアスは黙って前髪をかき上げた。
生え際の辺りに、大きな瘤ができている。
「うわあ、やられたねー」
「誰にやられたんですか?」
ウィリアスは忌々しそうにその名を口にした。
「オズだよ! あの野郎、剣の柄で思いきり殴っておいて『手加減してやった』だと! 加減するなら身体を狙えよ! 頭なんて打ち所が悪ければ死ぬだろう!」
怒りを吐き出すウィリアスを、ルークはニヤニヤと笑って見つめた。
「何だ、ルーク」
ウィリアスがいらいらした調子で問うと、ルークは眉を上げた。
「瘤を作ったことより、オズに負けたことが悔しいんだね」
ウィリアスはふいっと目を背けた。
ロロが驚きをもって目を見開く。
「ウィリアス君がオズ君に対抗心を持っていたなんて! でも、たしかオズ君には勝てないとご自分で言ってませんでしたか?」
ウィリアスが肩を竦める。
「いいじゃないか。勝てるかどうかと、張り合う気持ちは別だ」
「それはそうですが」
「オズは強かったよ。気がついたら頭を打たれてた。わかってはいるんだが――」
「腹が立つんだね?」
そうルークが言うと、ウィリアスはまた怒りを吐き出した。
「そうだよ! あの得意げな顔が心底ムカつく!」
ロロとルークは顔を見合わせて、おかしそうに笑った。
「ね、ウィリアス」
前の席に座る仲間の女子生徒が、振り向いてウィリアスに尋ねた。
「オズは決勝トーナメントに残りそうなの?」
気を取り直してウィリアスが答える。
「あと一回勝てばそうなる。ま、残るだろうな」
「黄金城のもう一つの山は誰になりそう?」
「ウィニィだな」
「あ、やっぱり」
会話を聞いていたロロが、ふんふんと頷く。
「ウィニィさん、お強いんですね。魔導量でも上位でしたしねえ」
するとウィリアスが首を捻る。
「おそらく……強いんじゃないか?」
それに対してロロも首を捻る。
「強いと思うから、勝ち残ると予想したんですよね?」
「一度も見てないからな、彼が真剣勝負してるところ」
「んっ? 今も勝ち上がっているんですよね?」
「対戦者はすぐ降参するか、わざと負けてる」
ロロが目を見開く。
「そうか、王子様だから!」
「そう」
「でもそれって……卑怯とは言いませんが、剣技会の意義からいってどうなんですか?」
「仕方ないのさ。ウィニィから頼んでるわけでもない、相手が勝手にそうするんだから」
「貴族の防衛本能ってやつだよねー」
ルークが言う。
「王族にまかり間違って傷を負わせようもんなら、家を巻き込んでの一大事さ。真剣勝負なんてできやしない。ウィニィもソーサリエ側もそこは重々承知。だからウィニィが剣技会に参加するのは、今回が初めてなんだ」
ロロがハッとする。
「そういえば……ウィニィさんを剣技会で見た記憶がないです」
「一、二年のときはエントリーしてないんだよねー。でも卒業試験の一つだから今回ばかりは出なきゃいけない。ウィニィはウィニィで悩ましいとこだと思うよ? 贅沢な悩みだけどさー」
「でも」
ロロがウィリアスとルークの顔を交互に見る。
「貴族ではないロザリーさんやグレン君と当たったら、どうなるんでしょう?」
「どう、するだろうな……」「そうだねえ……」
三人が黙りこんだ瞬間、客席がワッ! と沸いた。
予選決勝を戦う八名が闘技場に入ってきたのだ。
ここでの勝者四名が、決勝トーナメントへ進出する。
ロロたちが八名の顔ぶれを確認した。
「ロザリーさんの相手は……一年生ですかね?」
「だねー。かわいそうに、せっかくここまで勝ち上がったのに」
「アイシャは……土の精霊騎士のポポーか」
「彼女、馬鹿力で有名だよー。ほら、両手持ちの剣を片手で持ってる」
「おっ! ルーク君が何もできずに降参したテレサさんも残ってますよ!」
「……ロロって案外、底意地が悪いよねー」
「相手はザスパールか。ジュノーの側近だ」
「で、そのジュノーさんの相手は……赤クラスのベルさん!」
「勝ち残ったねー。やっぱり彼女も強い」
八名がそれぞれ所定の位置についた。
歓声が静まっていき、四人の審判が互いに目配せし合う。
そして同時に手を挙げた。
「「始めっ!!」」