125 剣技会
ソーサリエ剣技会は、全学年、全生徒参加で行われる。
武器は刃引きの模擬剣、一切の術は使用禁止。己の剣の技と、魔導に裏打ちされた身体能力のみが試される。
同時に、三年生にとっては卒業に必要な戦闘実技試験も兼ねている。戦闘内容や組み合わせに関わらず、どこまで勝ち進んだかで評価点が決まる。
――剣技会当日の早朝。
まだ薄暗い空に花火が上がった。
闘技場の周囲には、少しでもいい席で見ようとゲート前に並ぶ熱心なファンや、屋台を組み立てる商人たちがいて、祭りの朝のような賑わいを見せている。
その一角。
ロザリー以外の、ロザリー派の面々が集まっていた。
オズが、ひと際大きい屋台のほうを指差す。
「ウィリアス、あれは何の屋台だ?」
「予想屋だな。去年も出てた」
「賭けか? よし、買ってくる!」
ウィリアスが、駆け出そうとするオズの襟元を掴む。
「止めろ、オズ」
「なんで止める! ロザリーに賭ければ丸儲けじゃねぇか!」
「出場者が賭けちゃあ、ダメだ。イカサマし放題になるだろ」
「あー。それもそっか」
今度はルークが、別の屋台を指差す。
「あっ! 〝あくび亭〟の屋台が出てる!」
「有名なんですか?」
ロロが問うと、ルークがこぶしを握り締める。
「うん! あそこの肉串、絶品なんだー!」
「ほうほう。ではお昼はそれをいただきましょうか」
すると、オズが呆れたように言った。
「のんきだな? 今から昼飯の算段かよ」
「別にいいでしょう? 私はオズ君と違って午前中に終わる予定ですから」
「そりゃあ志の高いこって」
ラナが大きなあくびをする。
「ふぁ~あ。眠い」
女子生徒がクスクス笑う。
「ラナってば。昨日の夜もコソ練してたの?」
「もっちろん!」
「昼間は私たちとやって、夜もでしょ? 前日くらい休めばいいのに」
「休みなんてないよ。私の場合、毎日が勝負だからね」
「ふふ。凛々しいね、ラナは。そのうち〝ラナ様〟って呼ばれそう」
「……ちょっとそれ、どういう意味?」
「冗談だよ、冗談!」
「だからどういう意味の冗談なのよ」
ラナの目がふと、アイシャに向かう。
彼女は誰とも話さず、闘技場のほうを見ている。
「心配?」
女子生徒に聞かれ、ラナは静かに頷く。
「大丈夫だと思うよ」
その返事に、ラナが眉を寄せる。
「でも、私たちの訓練には一度も顔を見せなかった。アイシャ強いのに、鈍った状態じゃあ勝ち抜けないよ」
「そうでもないかも。ここの所、作戦本部にもいなかったでしょ?」
「うん」
「秘密の特訓してたみたいよ」
ラナが目を見開く。
「そうなの?」
「たぶん、ラナに勝つためにね」
ラナの顔に喜色が浮かぶ。
「やる気出てきたぁ!」
と、そのとき。
「あっ、出てきたよ」
誰かがそう言い、皆の視線が闘技場のほうへ集まる。通用口から十数名の生徒が出てきて、バラバラに分かれていく。
そのうちの一人――ロザリーが、紙の束を抱えて皆の元へ歩いてきた。
「集まってる?」
そう尋ねつつ、ロザリーは仲間たちの人数を指差し数える。
「組み合わせ表を配るね。人数分しかないから、余った人は持ってない人を捜して渡して?」
ロザリーから数名へ、数名から全員へ冊子が配られる。
「まず、自分が戦う予選会場の確認ね。半分はメイン会場の闘技場だけど、残り半分は屋外訓練場と黄金城の訓練場に分かれることになる。自分の会場に行ったら、受付で必ずエントリーすること。エントリー忘れは参加できない――つまり戦闘実技試験を棄権したとみなされるから、卒業できなくなるよ。一回戦はすぐ始まるから、同じ会場の人とまとまって、それから移動しよう。あ、剣も忘れずにね?」
オズが貰った組み合わせ表を睨む。
「俺は……どこだ?」
「オズは……三ページ目。Bの山ね」
「げっ、黄金城かよ。移動めんどくせー!」
「校門から出場者用の馬車が出てるわ。オズは走ったほうが早いと思うけど」
「へーい」
皆が組み合わせ表を見た感想を口々に漏らす。
「最悪! 私、ジュノーと同じ山だ」
「一回戦は一年生でしょ? いいじゃない」
「あなただって二年生……あれ? これって一回戦は三年生と当たらないようになってる?」
「毎年そうだよ」
「成績に関わるからね。配慮ってやつ」
すると、ロロが笑った。
「もう一つ、配慮があるようですね。ロザリーさんは決勝トーナメントまで、三年生と当たらないようになってます」
皆は一斉にロザリーの名を探し、彼女の山の顔ぶれを確認し、それからハッとロザリーを見る。
「ズルい!」
「代わってよ!」
「卑怯だぞ、ロザリー!」
「何をしたの!?」
ロザリーは組み合わせ表を確認し、ぶんぶんと首を横に振る。
「知らない! 私は何もしてないよ!」
ウィリアスが笑った。
「配慮だって、ロロが言ったろう? みんなだって、早々にロザリーと当たりたくはないはず」
「そりゃあ、まあ……」
「三年生は成績に関わるからな。公平を期して、ロザリーだけ別枠にしたのさ」
「それが配慮ってわけね」
皆、納得しながらも、どこか不満げである。
「ようし! いいかみんな!」
オズが激しく手を叩いた。
「ロザリー派の実力を見せつける好機だ! 乾坤一擲! 死ぬ気で戦うぞ!」
ロロがやる気なさげにぼやく。
「いや、死ぬのはちょっと……」
オズがげんなりした顔で言う。
「そういう気持ちでやれ、って意味だよ。聖騎士の治療師が待機してるんだから、死にゃあしねーって」
「どうでもいいけど――」
ラナが腰に手を当てて言う。
「――なんでオズが仕切ってるわけ?」
「俺は! っ、あー、ロザリー派の参謀だからだ!」
「へー、初めて聞いた。そうなの、ロザリー?」
ロザリーは無表情に返事した。
「私も初めて聞いた」
あちらこちらから、クスクスと忍び笑いが聞こえてきた。
オズが口を尖らせる。
「お前がグズグズして言わないから、俺が代わってやったんだろう? ほら、発破かけろよ!」
「んー、そうね……」
自分に集まる視線を感じ、ロザリーは自分なりの言葉で話し出した。
「みんな、今日のために訓練してきたよね? 短い期間ではあったけど腕を上げたと思うし、グッと絆が深まったように思う」
「お前は訓練に参加してないけどな」
「うっさい、オズ。私は私で訓練してたの。……とにかく、私たちは剣技会に向けて積み上げてきた。その成果を見せてやろうじゃない。そして勝っても負けても、笑顔でまた闘技場に集まろう!」
そこまで言って、ロザリーは鞘付きの剣を腰から外し、空に掲げた。
「いくぞ!」
ロザリーに倣い、皆が剣を掲げる。
「「おう!!」」
一回戦が始まった。
ロザリーの予選会場は先ほどの場所――闘技場。
ここでは、闘技場を四つに区切ってエリア分けして予選が行われる。
通用路では四組の出場者が、自分の出番を待っていた。
ロザリーが所定の位置にやって来ると、他の七名はすでに待機していた。
通用路は暗く、闘技場のほうから歓声や剣の響きが聞こえる。
「ロザリー」
呼ばれて、赤い髪の仲間の存在に気づく。
「アイシャ」
彼女に近づき、軽くこぶしをぶつけ合う。
「アイシャは隣の山だったよね」
「ええ」
「調子は?」
「上々!」
アイシャが顔を寄せて囁く。
「見て、ロザリーと当たる一年生。かわいそうに、ほら、脚が震えてる」
言われてそちらを見る。
相手は小柄な少女で、顔面蒼白で心ここにあらずといった様子。
「緊張してるだけじゃない?」
「怯えてるの。私だって一年のときに今のあなたと当たったら、ああやって子鹿みたいに震えてるわ」
「そうかなぁ」
「アトルシャンの一件で、あなたの凶悪さは学校中に知れ渡ってるからね」
「なんか鬼か悪魔のような言われようね」
「似たようなものでしょ?」
ロザリーが眉をひそめ、それを見てアイシャが笑う。
次の瞬間、アイシャは顔から笑みを消した。
「ロザリー。今まで特訓に付き合ってくれて、ありがとう」
ロザリーがふっ、と笑う。
「意外。恨み言いわれると思ってた」
「そりゃあ、ね? あれだけ鬼教官に虐められれば苦情の一つも言いたくなるけど」
「毎回ちゃんと手当てしたでしょ? 私だって魔導充填薬と傷薬をいくつ作ったことか。この短期間で調合の腕がずいぶん上がったよ」
「そうね。本当に感謝してる」
「いいから」
アイシャがロザリーに特訓をつけてほしいと頼んできたのは、魔導量試験が終わった直後のことだった。
ラナに二度も負けたくない、剣技会でリベンジしたい。
でも、今のままでは難しい。ラナが恐ろしいスピードで上達しているのがわかるから。
そんなアイシャの言葉を聞いて、ロザリーは引き受けることにした。
ラナの上達スピードの理由はヒューゴだろうし、ならばアイシャを自分が鍛えるのが公平だろうと考えたからだ。
「でもね――」
アイシャは意志に満ちた目でロザリーを見据えた。
「――悪いけど私、ラナに勝つから」
ロザリーは一瞬答えに窮したが、すぐに笑顔を浮かべた。
暗く沈んでいるより、今のアイシャのほうが彼女らしいと感じた。
「わかってる。私に断りはいらない、なんにも悪くない」
「そう? 本心でそう思ってる?」
「でなきゃ特訓に付き合わないよ。……ラナをぶちのめしちゃえ!」
「ええ!」
アイシャは燃えるように笑った。