123 魔導量計測試験
三日後。
魔導量計測が行われる部屋の外で、ロザリーとオズは並んで座って順番を待っていた。
「やっとだね」
ロザリーが言うと、
「やっとだよ」
と、オズが返した。
「私たち、赤のクラスでも最後だったね。これ、何の順番なんだろう。名前順じゃないし……」
とロザリーが言うと、オズは呆れた様子で言った。
「わかんねえのか、ロザリー」
「わかるの、オズ?」
「魔導量が多い奴を後に回してる」
「ああ! 私とオズが最後ならそうなるか」
「教官共は計測しなくてもなんとなくわかるんだろうぜ」
「なんで多い人が後なんだろう?」
「そこまでは知らね」
「まあ、そうよね。となると……さっき計測終わったウィリアスより、いま計測中のベルのほうが魔導量多いってこと?」
「少なくとも順番決めたヴィルマ教官には、そう見えてるわけだな」
「ベルにそんなイメージ無かったなぁ。ウィリアスやアイシャのほうが魔導量は上だと思ってた」
「お前から見りゃ誤差の範囲だもんな」
「そんなことは言ってないんですけど」
「ま、俺から見てもその三人は微差だよ。実戦なら簡単にひっくり返る」
「実戦か。アイシャも剣の訓練、一緒にやればいいのにね」
「まだ難しいみたいだな」
ラナとアイシャの仲は相変わらずだった。
二人は会話どころか目も合わせない。
アイシャは拒絶の姿勢が顕著で、ラナは歩み寄ろうという姿勢は見えるが踏ん切りがつかない。
「でも、よくアイシャうちに入ったよね。あんなにラナを嫌がってるのに」
「ラナのことは認められないが、ベルよりはマシ、ってことじゃねーか?」
「ベルとはまさに水と油だもんねぇ」
そのとき。
部屋の扉が開き、ベルが出てきた。
ちょうど話題にしていた二人は、慌てて視線を伏せる。
そんな二人の前にベルが立った。
「オズ。あなたの番」
「っ! ああ、そうだな! サンキュ!」
オズはその場から逃げ出すように、扉の中へ飛び込んでいった。
ロザリーが彼の背中を見送り、視線を戻すと。
まだそこにベルが立っていた。
「ベル?」
話を聞かれたか、とロザリーが冷や汗をかいていると、ベルが言った。
「ロザリー。オズとはいつから仲良くしてるの?」
「んっ?」
思いもしない質問に、ロザリーは面食らった。
「いつから? うーん、いつだろう」
「入学したときから?」
「ううん。話すようになったのは、クラス分けのあと。本格的には実習後かな」
「そう。わかった」
ベルはふいっと向きを変え、立ち去っていった。
しばらくして。
部屋の扉が開き、オズが出てきた。
「ロザリーの番だぜ」
親指をクイッと立てて、部屋を指差す。
「ん」
ロザリーが立ち上がり部屋に向かうと、すれ違いざまにオズが囁いた。
「お前の魔導、どのくらいあるか楽しみだぜ」
部屋は狭く、薄暗かった。
(魔導見の儀のときの部屋に似てる。あれより少し広いか)
窓はなく、扉を閉めるとほとんど真っ暗になる。
唯一の光源は、目の前のテーブルに置かれた魔導鉱結晶。
テーブルの奥に座る、老教官の白髭をぼんやりと照らし出している。
「よく来たの、ロザリー」
「お久しぶりです、シモンヴラン校長」
「座りなさい」
「はい」
部屋にはシモンヴランの他に、二人の人物がいた。
テーブルの左右に座っていて、ローブを目深に被り、顔は見えない。
(左側の人物……気配に覚えがあるけど)
ロザリーは訝しみながら、シモンヴランの対面の椅子に腰を下ろした。
シモンヴランが告げる。
「魔導量計測は〝魔導鉱光量計測法〟という方法で測る」
「光量……光の強さという意味ですか?」
「うむ。魔導鉱に魔導を流すと、発光現象が起こるのは知っての通り。このとき、光の色で魔導性を判別するのが〝魔導見の儀〟じゃな」
「ええ」
「魔導量計測では、光量のみに着目する。魔導が多いほど強く発光するゆえ、光量を測定すれば魔導量がわかるという寸法じゃ」
ロザリーは、目の前にある魔導鉱結晶をまじまじと見た。
結晶には、何か紐のようなものが何本もくっついていて、その紐は右の人物の持つ四角い箱へと繋がっている。
「それが光量を測る魔導具じゃの」
「へえ……」
「前置きはこんなところじゃ。何か質問はあるかの?」
ロザリーはひと呼吸おいて、シモンヴランに尋ねた。
「両側のお二人はソーサリエの方ですか?」
「魔導院じゃ。……気になるかの?」
「いえ、大丈夫です」
左側の人物の素性が気になっての質問だったが、魔導院職員であれば気のせいだろう、とロザリーは結論付けた。
「では、始めよう」
ロザリーは頷き、魔導鉱結晶の上に手をかざした。
結晶に紫色の光が宿る。
光は一気に増幅され、部屋の隅々までを紫色に染め上げた。
シモンヴランが白髭を撫でる。
「学生の魔導の光は、うねり波打つものじゃが……静かで力強い魔導じゃ。まるで大きな淵の前に立っておるようじゃわい。しかし、のう――」
シモンヴランは曇りのない瞳で、ロザリーを見つめた。
「これで終いか? お主の魔導はもっと強大じゃと思っておったが」
ロザリーは事前に、全力は出さないと決めていた。
死霊騎士の能力についてもそうだが、すべてを見せてやる必要はない。
むしろ、隠すことにこそ利点がある。
聞いてはいないが、ヒューゴもきっとそうしろと言うだろう。
しかし。
ロザリーの中で、好奇心がむくりと起き上がった。
(私の魔導、どのくらいあるんだろう)
さっきのオズの言葉、そして今のシモンヴランの言葉が頭の中で反響する。
「お前の魔導、どのくらいあるか楽しみだぜ」
「これで終いか? お主の魔導はもっと強大じゃと思っておったが」
(いいじゃない、見られても)
(大事なのは、そうしたいかどうか)
(私に、お前の魔導を見せてみろ)
魔導の源は心の臓。
その中にある堰を外す。
術を使うときのように練ることもせず、奔流のまま身体へと流す。
ただ、ありのままに。
魔導鉱結晶が輝きを増した。
強く、激しく、まるで恒星のように。
目も眩む光にシモンヴランは息を呑む。
「これは……これほどか……!」
計測していた右の人物が、「ヒッ!」と短く悲鳴を上げる。
そのまま椅子から崩れ落ち、床で動かなくなった。
左の人物が呻くように言う。
「なっ、なんという……!」
光の膨張は止む気配がない。
紫色の煌めきは部屋を飲み込み、シモンヴランたちの視界を死霊騎士の色、一色に染め上げていく。
(まだいける……もっと、もっと……!)
ロザリーが全神経を心臓へ向けようとした、そのとき。
「そこまでじゃ!!」
シモンヴランの一喝に、ロザリーの身体がビクンと跳ねた。
紫の光が、ゆっくりと収縮していく。
ロザリーは呆気にとられたように口を開け、呟くように言った。
「校長先生……まだ、私……」
「耳を澄ましてみよ」
言われたとおりに耳を澄ますと、目の前から音がすることに気づいた。
魔導鉱結晶から、ピキリ、ピキリ、と氷が解けるような音がしている。
「魔導鉱が限界じゃ。ここまでとしよう」
「……わかりました」
「うむ。では下がれ」
「はい」
ロザリーはふらりと立ち上がり、部屋を退出していった。
ロザリーの気配が遠のいてから、シモンヴランは左の人物に言った。
「満足したかの、ルナール?」
「……は」
フードを脱いだ左の人物――ルナールの顔は、血の気が引いていた。
「ニド殿下以来の〝計測不能〟。校長のおっしゃった通りでした」
「魔導鉱結晶が破損しては困るでの、スノウオウルの計測は行わないつもりでおったが」
「私のわがままを聞いて下さり……」
「何もわがままではない。『試験をせずに点をつけるなどあり得ない』というお主の論はもっともじゃ」
「いえ。あんなものを測ろうとした己の不明を恥じているところです」
「儂とて甘く見積もっておった。まだ余力がありそうじゃったからのう。……まあ、この魔導院の者ほどではないが」
そう言ってシモンヴランは、床で失神したままの魔導院職員を見下ろした。
「しかし……〝計測不能〟とはいかにして点をつけるおつもりで? あまり高くつけ過ぎては、他の生徒の意欲を削ぐやも」
「ふむ」
シモンヴランはしばし考え、それから白髭の奥でニッと笑った。
「それもニド殿下のときに倣うとしよう」