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119 見学ツアーin備品倉庫

 翌日。


「さあ、入って!」


 ロザリーはにこやかな笑顔を浮かべ、来客を作戦本部へと招き入れた。

 入ってきたのはクラスメイトたち。

 彼らは入った途端、その場で固まった。


「嘘だろ……」

「どうなってるの!?」

「すっっ、げえ!」


 廃校舎の狭い備品倉庫が作戦本部であることに、まず驚く。

 次に悪趣味な鎧をどけると現れる、壁に描かれた扉が開いて、唖然とする。

 扉の奥にはあるはずのない部屋が広がっていて、その部屋の広さや豪華さ、天井の高さに驚嘆する。

 クラスメイトたちは皆が皆、そんな驚きようだった。


 ウィリアスが先頭で立ち止まったアイシャを部屋の奥へ誘う。


「アイシャ、後ろがつかえてる(・・・・・)。奥へ行こう」

「ああ、うん」


 歩きながらアイシャが問う。


「これ、なんなのウィリアス?」

「決まってるだろう、ロザリーが作ったのさ」

「部屋を? どうやって?」

「【隠し棚】という魔女術(ウィッチクラフト)だ」

「そんな術、知らない。なんでロザリーは使えるの?」

「別にロザリーだけ使えるわけじゃない。俺やロロも使える」

「そうなの、ロロ?」


 近くにいたロロが笑顔で答える。


「ええ。やり方を知れば、誰だって使えるんですよ。ただ、私のは名前通りの【隠し棚】サイズですがね」

「俺だって似たようなものさ。ロザリーの魔導量だから、こんな立派な部屋になる」

「へえ……」


 ロロは、アイシャの後ろを歩く女子生徒に声をかけた。


「よく来てくれましたね。歓迎しますよ」

「ねえ、ロロさん。倉庫の入り口でぼそぼそ言ってたのは何なの?」

「備品倉庫の扉には、合言葉の魔女術(ウィッチクラフト)がかけてあるんです」

「そんなのあるんだ?」

「ええ。合言葉を知れば、誰でも開けられます。今は秘密ですけど……ロザリー派に入ったらお教えしますよ?」


 ロザリーは入り口に立ったまま、続々と入ってくるクラスメイトたち一人一人に笑顔で対応している。

 その微笑みの裏でロザリーは、早くも疲弊していた。


(きっつ……)

(笑顔をキープし続けることが、こんなに辛いなんて)


 ロザリーは昨晩、〝貴族を招く際のホストの振る舞い方〟についてウィリアスから指導を受けた。

 にこやかに。笑顔を絶やさず。

 身振り手振りを交えて、客と和やかに話す。

 一人に時間をかけすぎてもいけない。

 自分だけが無視された、なんて思われぬよう、一人一人にきちんと応対する。

 ロザリーも理屈では理解したが、実際にやるのは違う。


 結局、一晩では身に付かず、「ロザリーはただ、笑って立っていればいい」ということになってしまった。

 実際に応対しているのは高位貴族のウィリアスと、ロザリーの横で指導を見ているうちになぜか身に付いてしまったロロ。

 年嵩(としかさ)のせいか、その落ち着いた振る舞いは貴族そのものである。


(変わるもんだなぁ。人が怖いって言ってたのに)


 ロロに羨望の眼差しを向けていると、女子生徒から声をかけられた。


「――ねえ。ロザリー、聞いてる?」

「ん? ああ、うん! よく来てくれたね!」

「その台詞はもう聞いた」

「あ、そうだっけ」


 気まずそうに頭を掻くロザリーに、女子生徒が言った。


「貴族っぽくやろうと無理しすぎ。あと、私が最後だからドア閉める? って聞いたんだけど」

「ああ! わかった、私が閉めるよ」


 女子生徒を奥に入れ、扉を閉めながら混雑するリビングを振り返った。

 見学ツアーに参加したのは総勢三十七名。

 クラスの半数には届かなかったが、予想を上回る数だ。ジュノー派寄りと思っていた者まで含まれている。


 この見学ツアーの意義は、ロザリーの能力を再認識してもらい、なおかつ少しでもロザリー死霊騎士(ネクロマンサー)への恐怖心を取り去ること。

 部屋を見せて驚かせたことで、ひとまず前者は達成。

 残るは恐怖心――要は打ち解けることだ。

 ロザリーが努めて笑顔で振るまっているのも、その一環。

 多少ぎこちないが、オズやラナも必死でニコニコ笑っている。

 ロザリーは、ウィリアスが自分を見ていることに気づいた。

 彼はロザリーをキッと見つめてから、リビングの中央に目を落とす。


(何か喋れって? 聞いてない、聞いてない!)


 ロザリーはぶんぶんと首を横に振る。

 するとまたウィリアスが、同じ仕草で挨拶を要求する。

 しかしロザリーがまた拒絶する。

 その応酬が幾度か続き。

 ウィリアスはため息をしてから、リビングの中央に歩み出た。


「みんな、よく来てくれた。ここがロザリー派の作戦本部だ。どうだ、なかなかのものだろう?」


 客たちは、それぞれに部屋の設えに目を向けたり、頷いたりしている。


「これから三年生は、所属する派閥の作戦本部で過ごす時間が多くなる。つまり、うちに入れば卒業までここで快適に過ごせるってわけだ。どうせ入り浸るなら豪華な部屋がいいよな?」


 ウィリアスの部屋で釣るような言い草に、数人から笑いが起こる。


「ではそろそろ、主役にご登場願おうか。――ロザリー! みんなに挨拶を!」


 目を見開くロザリーに、みんなの視線が集まる。


(ウィリアスっ!)


 ロザリーは口パクで抗議するが、ウィリアスは我関せずと目を逸らしている。

 仕方なしにロザリーがリビングの中央に向かった、そのとき。


「――その前に聞きたいんだけど」


 アイシャが手を挙げた。

 ウィリアスが笑顔で問う。


「なんだ、アイシャ?」


 アイシャの挙げた手が降りてきて、ソファに座る、ある一人を指差した。


「なんでラナ=アローズがいるわけ?」


 瞬間、ウィリアスの顔に「しまった!」という感情がありありと浮かぶ。

 指差されたラナの視線が、右へ左へ激しく泳いだ。

 ウィリアスはすぐに笑顔を貼りつかせ、アイシャに答えた。


「他人行儀だな。同級生なんだからラナでいいだろう?」

「ウィリアス。ちゃんと答えて」


 誤魔化せないと悟ったウィリアスは、トーンを落とし静かに答えた。


「ロザリー派だからだ」


 アイシャが声を荒らげる。


「冗談! 無色と組めって言うの!?」


 リビングが、しん、と静まる。

 ラナは身を固くして、俯いた。


「……ラナは俺が入る前からいた。ロザリー派の初期メンバーだ」


 ウィリアスはそう言って、詫びるような目をロザリーに向けた。

 貴族の間で無色への差別意識は根強い。

 無論、ウィリアスの中にも無色への差別意識はあるが、彼の場合は毛嫌いしているわけではなく単に関心がない。

 人が足りないから数合わせに入れたのだろう、くらいにしか考えなかった。

 しかし、アイシャは違った。

 三十人以上いるのだ、他にも無色を毛嫌いしている者はいるだろう。


 詫びるような目でいるのは、こうなることを予見できなかったからだ。

 ウィリアスには「入った時にはすでにいた」としか釈明のしようがなく、ここから先をロザリーに丸投げするしかない。

 アイシャがソファにもたれて、ロザリーを振り返る。


「ロザリー。なんでラナを入れたの?」


 ロザリーは答えを保留して、ウィリアスに聞いた。


「もう笑ってなくていいかな?」


 ウィリアスは「好きにしろ」というふうに手を振った。

 ロザリーは作り笑いを消して、アイシャと向き合う。


「アイシャ。あなたは正直だから、私も正直に答える」

「ええ。そう願うわ」

「ウィリアスは知らないことだけど、厳密にいえばラナは初期メンバーじゃない。オズが私に狙え(・・)と誘ったのが始まりで、そこに居合わせたロロとの三人が初期メンバーになる」


 オズとロロが黙って首肯する。


「そのすぐあと、私からラナを誘った」

「人数合わせで?」

「頭数を増やしたかったことは否定しないけど――入れた理由は戦力になると知っていたから」


 アイシャが鼻で笑う。


「ハッ、戦力? 術も使えない出来損ないが?」

「ラナは強いよ。剣に限れば、この中では……私の次は、オズかラナね」


 アイシャが不快そうに顔を歪ませる。


「……本気で言ってる?」

「もちろん」

「聞き捨てならないわ」


 すると、俯いていたラナが勢いよく立ちあがった。

 アイシャのすぐ前までずんずん歩いていき、腕組みして彼女を見下ろした。


「ごちゃごちゃ言ってないで試してみれば?」


 アイシャはゆらり立ち上がり、片眉を上げた。


「いいわ。その青い髪、ズタズタにしてあげる」

「やってみなよ。できはしないけど」

「言ったね? 後戻りできないよ?」


 一触即発。

 火花散る両者は、腕組みしたまま胸を突き合わせた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 最後の一文。なんか好きです。 [気になる点] ふたりともお胸のサイズそれなりであろうか [一言] 盛り上がってきたのぜ。 どっちもがんばぇやー
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