12 実入りのいい仕事―1
ミストラルは広大な街だ。
その住居エリアは身分によって住み分けがなされている。
丘の頂上に建つ黄金城は、王族の住む城。
その周囲には貴族の住む邸宅が並び、丘を下りるほどに住民の身分は低くなっていく。
また、城門から黄金城へまっすぐに延びるメインストリート〝金の小枝通り〟沿いも、比較的豊かな者が住んだり、店を構えたりしている。
つまり、丘の麓に近くて城門から遠いほど、貧しい区域となる。
ロザリーの定宿〝蝙蝠のねぐら〟もそのあたり。
そしてロザリーとグレンが今歩いているのは、その中でも最も貧しく危険な区域だった。
通りの脇には、ボロ布を被った老人や物乞いをする子供が多くいる。
「バイトって、ここなの?」
「ああ」
グレンは真っ直ぐに前だけを見つめて歩いている。
「口入れ屋がいるんだ。今日はこの先の酒場にいるはずだ」
「へぇ」
ロザリーは頷いた。
親友が言うのだから、きっとそうなのだろう。
そう思うから、それ以上尋ねなかった。
するとグレンのほうが尋ねてきた。
「……不安か?」
ロザリーは、また頷いた。
「少し」
「ロザリーの怖気づく顔なんて、初めて見る気がするな」
愉快そうに笑みを浮かべる親友を、ロザリーは不愉快そうに睨んだ。
「報酬をちゃんともらえるか不安なの」
「……そっちか」
すえた臭いの道を歩いていくと、ある建物の前でグレンが足を止めた。
馬小屋を乱暴に増築したような建物で、中からは品のない笑い声が漏れ聞こえてくる。
「ここだ」
グレンは躊躇う様子もなく、建物の扉を押し開いた。
ロザリーもあとに続く。
中は、いっそう酷い臭いに包まれていた。
安酒の臭いと、娼婦のつける香水と、男たちの体臭が入り交じっている。
「あら、かわいい」
「なんだ。迷い子か?」
「こっち来て酌しろよ、嬢ちゃん!」
場に不釣り合いな若者二人に、好奇の目が集まる。
グレンはそれらを無視し、建物を揺らしかねないほどの大声で叫んだ。
「口入れ屋のビンリューはいるか!!」
あまりの声量に、酔っ払いと娼婦たちは一斉に押し黙った。
と、同時に、酒場の奥を仕切っていた薄汚いカーテンが開く。
「ここだ、雛鳥の小僧」
顔を出したのは、酔っぱらいと大差ない恰好の、痩せた男。
ただ、目だけはギラギラと光っている。
「ほら、行け」
ビンリューは侍らせていた娼婦たちの尻を叩き、追い出した。
入れ代わりにグレンとロザリーがカーテンをくぐる。
ビンリューはグレンに低い声で言った。
「あまり大声で俺の名を呼ぶな。ここにはいろんな種類の人間がいる」
「どうせ偽名だろう?」
「それでも、だ。……で、そっち色白の嬢ちゃんは?」
「助っ人だ。あの仕事は一人じゃ任せられないと言ったよな?」
グレンはロザリーに目で合図した。
ロザリーが一歩、歩み出る。
「ソーサリエ生だな。名は?」
ロザリーが正直に答えるべきか迷っていると、グレンが「大丈夫だ」と、促した。
「ロザリー=スノウウルフ。ソーサリエの二年」
「腕は立つのか?」
「グレンと同じくらいは」
ビンリューが疑いの視線をグレンへ向ける。
「間違いない。この間の剣技会の決勝は、俺とロザリーだった」
「はあん、若い娼婦が噂してたのはこの子か。たしかに、な」
「ロザリーとは入学したときから一緒に稽古してるから、息は合う。その上、ロザリーは魔術も使える。二人なら、あの仕事も問題なくこなせる」
「……いいだろう。まず一つ仕事を任せる。そこで結果を出せ。そうすればもっといい仕事を振ってやる」
グレンは静かに頷いた。
◇
ロザリーとグレンは、ミストラルを出て北へ向かった。
遠く山の峰々に、早くも雪が積もっている。
ロザリーが白い息を吐きながら呟く。
「賞金首の捕縛、か。賃金じゃなく報酬って言ったのが気にはなってたんだよねー。……ん? この場合、賞金のほうが正しくない?」
グレンが眉を寄せる。
「どっちでもいいだろ」
「いいけどさ。……でも、これってバイトって言う?」
「学業以外の時間に働いて収入を得る。バイトと違うのか?」
「まあ、そうかも」
ロザリーはビンリューから受け取った手配書を眺めた。
手配書には、悪い顔をした男の似顔絵、賞金首の名前と悪行の数々、捕縛した場合の懸賞金が書かれている。
「こいつ、一人かな?」
「それはないだろう。悪人ほど群れたがるもんだ」
「ふぅん。その場合、賞金首以外は捕えてもタダ働き?」
「いや、一味と判断されれば別枠で報酬が出るはずだ。ま、最低限だと思うが」
「詳しいね、グレン。初めてじゃないの?」
「下調べしたんだ。この仕事をやりたくて、街の賞金稼ぎに聞きまわった」
「賞金稼ぎみたいな荒くれ連中が、よく話してくれたね」
「しつこく聞けば教えてくれる。みな、良い奴だ」
ロザリーはその状況を想像した。
怒鳴られようが殴られようが、まったく引かないグレン。
賞金稼ぎたちはついに根負けして、賞金稼ぎの在り方を教える。
教えるうちに真っ直ぐなグレンを気に入り、師と弟子のような関係になる。
ただの想像にすぎないが、現実も似たようなものだろうとロザリーは思った。
「あれか」
グレンの声に、ロザリーは現実に引き戻された。
ビンリューの情報にあった、放置された炭焼き小屋がある。
明かりはなく、煙突からは煙も見えない。
「いると思う?」
「いるな」
グレンが小屋の裏手を指差す。
そこには馬が五頭、つながれていた。
ロザリーが呆れたように言う。
「私だったら、手配書が回った瞬間に王都圏から逃げ出すけどなあ」
「冬が来る前に、もうひと稼ぎする腹だろう。雪が積もれば奴らだって身動きがとれないからな」
「馬はどうする?」
「足は封じておきたいな。だが逃がそうとして嘶きに気づかれたら、不意討ちにならなくなる」
「ん~……。じゃあ私がやってもいい?」
「どうやる?」
「馬は逃がさなくても、連中が逃げられなければいいのよね?」
「なるほど、そういうことか」
グレンが了承の意味で頷き、一歩下がる。
ロザリーは炭焼き小屋に向かい、右手を突き出した。
そして宙で指先を遊ばせる。
不規則で奇妙な動きはしばし続き、最後に「縫い付け完了」と呟いた。
「魔女のまじない、か。前から思ってたが、どこで覚えたんだ?」
「んー、自己流」
ロザリーはとっさに嘘をついた。
どこでと聞かれても困るが、誰からと聞かれれば、その答えはヒューゴだ。
ヒューゴは生前、優れた魔女術の使い手でもあった。
剣技会でグレンの足を滑らせたのは【油溜まり】のまじないで、今使ったのは【縫い針】のまじないだ。
「扉から小窓まで全部くっつけた。もうちょっとやそっとじゃ開かないから、連中は逃げられないよ」
得意気に言うロザリーに、グレンが頷く。
「なるほど、逃げられないな」
「ええ!」
「で、俺たちはどこから入る?」
「……あっ」
「考えてなかったか」
ロザリーは頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「しまったぁぁ。【鍵掛け】にしとくんだったぁぁ」
「扉だけ解除したりできないのか?」
「【鍵掛け】なら【鍵開け】もあるからできるけど……開かないほうがいいと思って……あー、失敗したぁぁ!」
「扉をぶち破るしかないか」
「いや、念入りに縫い付けちゃったから、それも大変だと思う」
「そうか。困ったな」
「う~、どうすれば……あっ!」
ロザリーは手を叩いて立ち上がった。