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116 テスト勉強

 ソーサリエ女子寮。

 自習期間に入り、三年生の誰もが自室にこもり、勉学に明け暮れる日々を過ごしている。

 ロザリーはというと、自分のベッド――二段ベッドの下のほうに、仰向けに寝転んでいる。

 寝ているわけではない。

 むしろ彼女の眼球は活発に動いていた。

 視線の先は天井、つまりは上のベッドの底。

 そこには魔導用語を記した紙切れが無数に貼り付けられていて、天井を埋め尽くしている。

 ロザリーはその紙切れをしばらく眺めては、並びを変えたり、別の紙切れに貼り変えたりしている。

 彼女なりの勉強法だ。

 ロザリーがやるのはこれだけ。

 他の三年生のように必死ではないし、睡眠も十分に取っている。

 自惚れているわけではない。

 自信があるのだ。

 座学で学ぶのは国の仕組み、騎士のあり方、世界のありよう――そして魔導について。

 ロザリーがソーサリエに来たのは、まさにこれらを学ぶためだ。

 卒業するため、騎士になるため仕方なくではなく、これから生きていくために学んできた。

 他の生徒とは、授業に向かう姿勢が違った。

 聞き流すのはルナールの授業くらいのもの。

 今さら必死になって頭に詰め込む内容など無いのだ。


「ねえ、グレン」


 ロザリーは天井を見上げたまま、親友の名を呼んだ。

 彼は、窓際に置かれたソファの上にいた。


「なんだ、ロザリー」

「その姿勢、疲れない?」


 グレンはグレンで、ソファに仰向けに寝そべって勉強している。

 しかし彼の場合は低い天井などないので、顔の上にテキストを両手で持って広げている。


「疲れる」

「だよね」

「疲れるからいい」

「どういうこと?」

「勉強しながらトレーニングができる」

「はー、なるほど」


 グレンは自習期間初日、突然ロザリーの部屋にやってきた。

 試験期間の部屋の行き来は禁じられてると伝えたが、彼は「だからこっそり来た」「早く入れろ」と返してきた。

 そもそもいつだろうと女子寮に男子生徒は入れないのだが、早く入れないとグレンの図体はたしかに目立つ。

 仕方なく部屋に入れると、彼はソファに陣取りテスト勉強を始めたのだった。

 なぜここで? と聞いても「別に」と返ってくるだけ。

 それからというもの毎日、日中はロザリーの部屋で勉強している。

 特に邪魔になるわけでもないので、ロザリーもロロも受け入れることにしたのだった。


 グレンとの途切れがちな会話がまた途切れ、しばらくして。

 部屋の扉が開いた。


「ただいま戻りましたぁ」

「おかえり、ロロ」

「おかえり」


 ロロは疲れた様子で、荷物を自分のベッドに投げ入れた。

 ロザリーが身体を起こし、ロロに問う。


「早かったね。魔導書図書館(グリモワール)が閉まるまで、あっちで勉強するんじゃなかったの?」


 ロロはげんなりした顔で、首を横に振った。


「人が多くて。まったく集中できませんでした」

「あー。みんな考えることは同じか」

「そうそう、ラナさんもいましたよ」

「寮に居づらいからね」

「自習期間も作戦本部を使えたらいいんですがねえ」

「筆記テスト終わるまでの辛抱だよ」

「そうですね。……そうだ、ラナさんから言伝が」

「なに?」

「えーと『言い忘れてたけど、ヒューゴ借りてるから』だそうです」

「ヒューゴを借りてる? そういや最近見ないなあいつ……」

「何でも、剣の稽古をつけてもらってるとか」

「ふーん。そういうことならまあ」

「ロロ。ちょっといいか?」


 グレンが身体を起こし、テキストを開いてみせた。


「ここがわからないんだが」

「はいはい」


 ロロはソファの側へ行き、グレンに説明する。


「これは部隊の戦力を数値化していて――」

「ああ、うん。それはさすがにわかる」

「ではわからないのは?」

「この二つの部隊は戦力値が同じなのに――」

「ああ、それは編成が異なるからです。ほら、こっちは魔導騎士のみ、こっちは一般の兵卒込みで――」

「だが戦力値は同じなのだろう? なんで――」

「人数が違います。ここでは、魔導騎士は一般兵百人分の換算ですから――」

「ああ、そうか! 兵站か! ということは――」

「そう! そういうことです!」

「よくわかった。ロロ、ありがとう」

「いえいえ」


 説明が終わり、ロロはふとロザリーを見る。


「なぜ座学トップのロザリーさんに聞かないんです? そのために女子寮に忍び込んでまで勉強しに来たのだと思ってたんですが」


 するとグレンは、ぷいっとそっぽを向いた。


「ロザリーは勝つべき相手だ。教わるわけにはいかない」

「はあー。筆記テストでもそうなるんですか」

「当然だ」

「でもそれを聞いてわかりました。勝つべき相手を横目に自分を奮い立たせて、苦手な座学に打ち込もうという魂胆ですね?」

「やるな、ロロ。その通りだ」


 それを聞いて、ロザリーが笑う。


「ねぇ、グレン。悪いけど、筆記テストこそ私には勝てないよ?」


 グレンがムッとした顔でロザリーを見る。


「なぜだ。わからないだろう」

「わかるんだなぁ、これが」

「いい気になってろ。吠え面かかせてやる」

「へー。楽しみ」


 ロロが宥めるような口調で言った。


「まあまあ。ここいらで気分転換しませんか?」


 そう言ってロロは床に這いつくばり、カーペットを少しだけめくった。

 ロザリーが覗き込む。


「ロロ、何してるの? ――あっ、それ!」


 カーペットの下には、小窓ほどの大きさの、精巧な扉の絵があった。


「【隠し棚】!」

「ロザリーさんのを見てから、密かに練習していたんです。やっと自分の【隠し棚】を持てるようになりました」

「すごいよ、ロロ! オズとか絶対、まだマスターしてないよ!」


 ロロは照れ臭そうにしながら、扉を開いた。

 中は扉の大きさから想像できる程度の広さで、菓子類や干し果物が大量に入っていた。


「ロザリーさんの【隠し棚】と比べれば、どうしても見劣りしますけどね」

「全然そんなことない。むしろ、名前通り、秘密の隠し棚って感じがする!」

「言われてみればそうですね。元々、編み出されたときはこのくらいの大きさだったのかも」


 ロロはロザリーの好む焼き菓子を取り出し、彼女に手渡した。

 そして、ソファのほうを向く。


「グレン君もいかがです?」


 グレンは自分の腹を一度押さえてから、のっそり立ち上がった。


「私もなんか提供するよ」


 ロザリーはそう言って、ベッドの下に隠してあった金属製の小箱を引っ張り出した。

 グレンが二人の近くに腰を下ろして言う。


「俺は何も提供するものないぞ」

「知ってる。期待してない」

「お客さんですから、気遣い無用ですよ」


 グレンは居心地悪そうにしながら、手渡された菓子を口に放り入れた。

 ロザリーは箱を漁りつつ、頭を掻いた。


「ん~、いいのないなぁ」

「そうですねえ。……なんでこんなに干し肉ばかりあるんです?」

「元バイト先の店主さんが、木箱いっぱいくれたの。処理に困っててさ」

「ありがた迷惑ってやつですね」

「味は悪くないんだけど、量がね」

「おや、これは?」


 ロロがロザリーの箱から、一本の小瓶を取り出した。

 小瓶は琥珀色の液体で満たされている。

 ロロは小瓶をしげしげと眺め、それから目を見開いた。


魔導充填薬(エーテル)ですか! 疲れてて、ちょうど飲みたかったんです。私はこれにします!」

「あ、ちょっとそれ」

「いただきまーす。んぐ、んぐ、んぐ……」

「ああ……」


 ロロは魔導充填薬(エーテル)を一気に飲み干し、空き瓶の底を床にターン! と叩きつけた。


「ぷはーっ! くぅ、効きますねぇ! さすがはロザリーさんお手製(・・・)魔導充填薬(エーテル)です!」


 ロザリーが上目遣いに、ロロの様子を窺う。


「あのさ、ロロ」

「何です、ロザリーさん!」

「平気?」

「何がですか!」

「ええと、気分とか悪くない?」

「絶好調です!」

「味は?」

「味!? そういえば、なんだか妙に生臭いですね! でもそれがまた、効いてる感じがしますけれども!」

「生臭いんだ……」


 グレンがロザリーの袖を引っ張った。


「ロロが飲んだのって、さっきオズが差し入れだって置いていったやつじゃないのか?」

「そう、それ」

「ヤバいだろ」

「やっぱそうかな」

「ロロ、飲んでからやたら声デカいぞ」

「そうね……ロロ、魔導充填薬(エーテル)が効いてるっていうけど、どんなふうに効いてるの?」


 ロロは、カッと目を見開いて答えた。


「そうですね! 身体が熱いです!」

「ふむ」

「すごくやる気が出て!」

「ふむふむ」

「頭の回転もすごいです!」

「なるほど」

「もう目が回るくらいです!」

「んっ?」

「ああ、回るぅ~!」


 ロロの上半身が、ぐわんぐわんと円を描いて揺れ始めた。

 グレンがロロを支えながらロザリーに言う。


「ロザリー、早く解毒してやれ。このままじゃロロが不憫だ」

「まだ毒と決まったわけじゃ」

「どう見ても毒だろ」

「でも解毒薬作るにしても、毒を特定しないと……オズは何を入れたんだろう?」

「オズに聞けばいい」

「わかってないなあ、グレン。用があるときに限っていないのがオズなんだよ。用がないときは向こうから押しかけてくるけど」

「興味ねえよ、オズの特性なんて。これじゃロロ、泥酔してるみたいだ。教官に見つかったらヤバいぞ?」

「泥酔……そうか、アルコール?」

「じゃあ、とにかく水を飲ませてみるか?」

「あー、でも生臭いって言ってた。悪さしてるのはそっちかも?」

「生臭い……生魚とか? 生卵とか?」

「オズならどっちも入れそう。見当もつかないな」

「だが、早くどうにかしてやらないと――」


 と、そのとき。

 ロロが勢いよく立ち上がった。

 顔面蒼白で、眼鏡がずり落ちている。

 そして次の瞬間、「うぷ」と口を押さえて部屋から飛び出していった。


「ロロ……大丈夫だろうか?」

「吐けるなら大丈夫だと思うけど。……一応、見に行ってくる」

「ああ」


 そうしてロザリーは、ロロを追いかけてトイレへと向かったのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 隠し棚の名前を消すと術が消えるとあるけど、術者本人、術者以外の他人、生き物が中にいたらどうなるんだろう
[一言] グレンの行動、ダイエットする時に太ってた頃の写真を見るみたいな感じかな
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