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115 話し合い

「みんな、聞いてくれ!」


 ウィリアスは叫んで、机に手を突き、立ち上がった。

 最後の授業の余韻に浸っていたクラスメイトたちの意識が、一気に彼へと集まる。


「明日からテスト期間だ。今後、こんなふうにクラスで集まる機会はほとんどなくなる」


 テスト期間は筆記テスト当日までの自習期間、そして筆記テストから始まる卒業試験期間で構成される。

 試験の最後には最終試練(ベルム)が催され、その数日後には卒業式典。

 ウィリアスの言う通り集まる機会はほとんどなく、当然ながらそのことはクラスメイトたちも知っている。

 オズが口を開いた。


「だから何だよ、ウィリアス。最後にお別れパーティーでもやるのか? 酒が出るなら行ってやってもいいぜ?」


 そのからかうような言い様に、何人かから笑い声が漏れる。

 ウィリアスはオズに身体を向け、真摯に答えた。


「そうじゃないんだ、オズ。最後の機会だから、きっちり話し合っておくべきだと思うんだ」


 オズの眉間に皺が刻まれる。


「話し合う? 何を?」

最終試練(ベルム)についてだ」


 ざわっ、と教室が揺れた。

 皆が皆、周囲の者と口々に話し出し、声がどんどんと大きくなっていく。

 ざわめきは収まる気配なく、ついには収拾がつかない騒ぎとなった。


(これは……!)


 ロザリーは口元を押さえ、後ろを振り返った。

 後ろの席のロロと目が合い、ロロが小さく頷く。


(みんな不安だったんです。ベルムについて話したかったんですよ!)


 それにロザリーも頷く。


(ロロが言ってた、焦りだね。でも、みんながここまで不安がっていたなんて)


 ロロが囁く。


(我々にとっては良い兆候です。不安だということは、みなさん身の振り方が決まってないってことですから)

(うん、うん! ……これって私も何か言うべき?)

(う~ん……ウィリアス君の邪魔をしてしまう可能性が高い気がします。必要なときは彼のほうから話を振るはず。黙って見守りましょう)

(オズはもう絡んじゃってるけど)

(ええ。……なんでオズ君って考えなしに喋り出すんですかね?)

(でも、ウィリアスと繋がってることは伏せてるし、一応は考えてるのかも?)

(だといいのですが……)


 ロザリーとロロが騒ぎを見守っていると、ふいに教室に女子生徒の鋭い声が響いた。


「今さらだわ」


 そう言い放ったのは、オズの隣――赤い髪のアイシャだ。

 勝気な彼女は腕組みし、睨むようにウィリアスを見つめる。


「ウィリアス。あんた、私たちの要請を断ったじゃない。その後は我関せずを決め込んで、最終試練(ベルム)の話どころか、クラスメイトと話すことさえ避けてきた。なのに今さら何? 気が変わって狙う気になったってこと?」


 また、ざわめきが起きる。

 そのクラスの動揺を見て、焦ったギリアムが立ち上がる。


「おいおい冗談だろ? アイシャの言う通り、今さらだ! ウィリアスが狙う気になったとしても、俺は付かないぜ! みんなもそうだろう!?」


 するとオズが笑った。


「そりゃあお前はジュノー派で、今さら引き返せないもんな?」


 再びのざわめき。


「オズ! てめえだって……」


 そこまで言って、ギリアムは唇を噛んだ。

 ジュノーがオズに寝返りを打診していることは秘中の秘。

 ロザリーの前で漏らせば、ジュノーからどんな目に遭わされるかわかったものではない。

 アイシャが眉をひそめてギリアムに尋ねる。


「ジュノーに付くって本当なの?」


 答えに窮したギリアムの視線が泳いで、黙って座るベルのほうへ流れる。

 するとウィリアスが言った。


「ベル。ギリアムは君の意見を聞きたいようだ。最終試練(ベルム)で誰に付くんだ?」


 ベルは表情を変えず、すっくと立ち上がった。


「私は勝つ人に付く」


 ウィリアスが苦笑した。


「それじゃあ、誰に付くかわからないな」

「そうね。そうかも。でもこれが私の答え」

「そうか。じゃあ――」


 ウィリアスはクラスメイトの面々を指でなぞっていき、ベルの取り巻きの一人で指を止めた。


「君は誰に付く?」

「えっ? あっ、私?」


 取り巻きの彼女は周囲を見回し、焦った様子でベルの顔色を窺う。


「答えられないか。じゃあ――君は?」


 またもベルの取り巻きで指が止まる。

 指名された女子生徒は肩を竦め、下を向く。


「君もか。じゃあ――」


 ウィリアスが次の取り巻きを指差そうとして、ベルがそれを止める。


「やめなさい、ウィリアス!」


 ウィリアスは驚いた顔で指を引っ込めた。


「なぜ怒るんだ、ベル」

「これじゃ尋問されてるみたいだわ! あなたにだけはそんなことされる謂れはない!」

「そうか、悪かった。そんなつもりではなかったんだ。じゃあ――」


 再びウィリアスが指を動かす。


「――アイシャ。君は?」


 アイシャは自分を指差したウィリアスではなく、ベルを睨みつけて言った。


「私は、ベルが付かない人に付くわ」


 ベルはその答えを鼻で笑う。

 赤のクラスの女子人気一番手がベルなら、二番手はアイシャとなる。

 この二人の仲が悪いことは、クラス全員の周知の事実だった。

 ウィリアスがため息をつく。


「参ったな。これじゃ何もわからない」


 困り顔で指を立て、今度は自分のルームメイトを指差した。


「ルーク」

「あいよー」


 ルークは軽い調子で手を挙げた。


「誰に付く?」

「ベルはジュノーだねー。だからアイシャはそれ以外ってことになる」


 集まる視線の中で、ベルが机を叩いた。


「ルーク! 適当なこと言わないで!」

「適当じゃないよー? 取り巻きの誰かさんに聞いたんだからさ」


 ベルの取り巻きたちが互いに顔を見合わせ、自分じゃない、そっちだろう、と主張し合う。

 その様子を見たルークが、うんうんと頷く。


「ねっ? やっぱりベルはジュノーだ」


 ベルは忌々しそうに取り巻きたちを睨み、それからルークではなくウィリアスを睨みつけた。


「よかったわね、ウィリアス。私の付く相手を炙り出せて、さぞや満足でしょう。でもね? 状況は何も変わらない。今さらあなたが立ったところで、大半はジュノーに付くわ。だってあなたに勝ち目はないもの」

「ちょっ、ちょっと待ってくれ」


 ウィリアスはベルを宥めるように両手を挙げた。


「ルークには、彼自身が誰に付くのかと尋ねたんだ。ベルの付く相手を炙り出そうとしたわけじゃない」


 それを聞いたルークが、わざとらしく頭を掻く。


「あれっ、そうだったの? しまったー」

「そうだよ、ルーク。……で、お前は誰に付く?」

「ウィリアス」

「だから、俺は狙わないと何度も言ったろう?」


 三度、教室がざわめく。

 ベルが目を細める。


「狙う気になったわけではないの? まさか我関せずを続けるつもり? よくもそれで私たちに誰に付くかと聞けたものね?」


 するとウィリアスは首を横に振った。


「いいや、俺は決めたよ。ロザリーに付く」


 今度はざわめきは起こらなかった。

 皆が息を呑んでウィリアスを見、それからロザリーへと視線を移す。

 注目の的となったロザリーに、ウィリアスが問う。


「ロザリー、構わないか?」


 ロザリーに、後ろからロロが囁く。


(ここで初めて、私たちに付くと表明したことにするようですね)


 ロザリーはロロの言葉に微かに頷き、それからウィリアスに向かって大きく頷いた。


「もちろん。歓迎するわ、ウィリアス」


 ウィリアスがゆっくりと歩み寄り、ロザリーが立ち上がる。そして二人は皆が見つめる中で、固く握手を交わした。

 オズやルークが拍手すると、釣られて多くの拍手が起こり、教室はまるで歴史的瞬間のような雰囲気に包まれた。

 そんな中。アイシャが呆れたように言った。


「待って待って。何これ。私たち何を見せられてるの?」


 ウィリアスが答える。


「君たちだけに表明させるのは悪いと思ったから、俺も誰に付くか表明しただけだ。おかしいか?」

「おかしいわよ。きっちり話し合うんじゃなかったの? あなたはロザリーで、ベルやギリアムたちはジュノー。自分たちの担ぐ相手を表明しただけじゃない。これのどこが話し合い?」


 ウィリアスは握手の手を下ろし、アイシャに向き直った。


「みんなが最終試練(ベルム)について選べずに悩んでいることは、最初の反応でわかった。だから俺は、判断材料を揃えてみんなに差し出したつもりだ」

「ジュノーかロザリーか選べって?」

「そうだ」

「グレンやウィニィ殿下だって候補に入ると思うけど」

「たしかに選択肢ではある。だが本気でその二人を選ぼうとしている人間は、このクラスにはいないんじゃないか?」


 アイシャは黙って答えなかった。

 ウィリアスが教室全体を見回す。


「考えてみてくれ。なぜ自分がグレンやウィニィを選ぼうとしないのか。答えは単純だ、他のクラスの奴に付くのは不安だからだ。じゃあ、なぜ他のクラスなのにジュノーを選ぶ者がいるのか?」


 誰も答えない。

 答えるまでもないことだからだ。

 ウィリアスがその答えを代弁する。


「最大勢力だからだ。勝つために、他クラスのジュノーを選ぶ。ベルも、ギリアムもそうだ」


 するとギリアムがせせら笑った。


「で、お前は同じクラスだからって理由だけでロザリーを選ぶわけだ。それって義理か? それとも友情? そんなもんのために勝ちを捨てるなんて、ご苦労なこったな」


 だがウィリアスは不思議そうに首を傾げた。


「勝ちを捨てる? そんなつもりはないが」

「だってお前、俺が勝つためにジュノーを選ぶって……」

「お前たちは、な。俺は違う。俺は勝つためにこそ、ロザリーを選ぶ」


 ウィリアスがクラスメイトたちに問いかける。


「みんな忘れてしまったか? あのアトルシャンの一件を。俺は覚えてる。忘れられるわけがない」


 アイシャが瞼を閉じ、絞り出すように答える。


「……覚えているわ」

「なら、わかるはずだ。俺はロザリーが負ける姿を想像できない。例えジュノー派がグレン派やウィニィ派を吸収したって、ロザリーが勝つと確信してる。だから俺はロザリーに付く」


 アイシャはひとつ頷き、ロザリーを見た。


「ロザリー。どう? 勝てそう?」


 ロザリーは宙を見上げ、首を傾げた。


「やってみないとわかんない。でも――」

「でも?」

「――負ける気はまったくしない」


 アイシャは吹き出した。


「ふふっ。だよね、そうに決まってる。なんでこんな簡単なことで迷ってたのかな……」


 ウィリアスが咳払いをした。

 彼に再び注目が集まる。


「話し合いはこれで終わりだ。アイシャの言った通り、話し合いの体を成していなかったかもしれない。だが――みんなの頭にかかっていた霧が、少しは晴れたんじゃないか? 二本の道がはっきりと見えたはずだ。どちらの道を行くか、それはそれぞれが決めてくれればいい。恨みっこなしだ。ああ、だが……アイシャ」

「なに?」


 アイシャが小首を傾げると、ウィリアスは自分の胸を親指で叩いた。


「君はこっちだ」

「ベルがあっちだからね。りょーかい、りょーかい」

「じゃあ、今度こそ終わりだ。いや待て、これも言っとかなきゃな……ロザリーに付くと決めたら、俺かオズかロロに話を。ジュノー派はギリア――ベルでいいな?」


 ベルは目も合わせず、小さく頷く。


「よし。今度こそ本当に終わりだ。試験でのみんなの健闘を祈る! 解散!」


 その声をきっかけに、多くの者が一斉に席を立った。

 仲の良い者の元に赴き、どちらに付くか本当の(・・・)話し合いが始まった。

・サブタイ話数のズレを修正しました。

・誤字報告を下さる方、大変助かっております、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 持てる手札全部使っていいけど死霊騎士はダメってことはないだろうから、ぶっちゃけソロ騎士団でもいけそうだけどな
[一言] まぁ他チームリーダーですらロザリーの圧倒的格下にも関わらず騎士団長クラスの手駒複数に一軍勢を超える数のアンデットまでいる。国家が挑むレベルの相手に優秀な程度の学生集団が勝てるかというとまず無…
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