11 冬の訪れ
【魔導騎士】。
魔導を持つ騎士のこと。ソーサリアとも。
魔導は体内で血のごとく巡り、騎士の身体能力を大いに高める。
魔導が増えるほどに身体能力は増し、大いなる騎士は神のごとき力を宿すという。
――出典『魔導騎士概論』
ソーサリエ、大教室。
「あ~、魔導騎士においては、体格の差は重要ではない。んむ、男女の差もだ。魔導量の差こそが、身体能力の差を生む。あ~、魔導量の差の前には、体格差や性差など……んむ、取るに足らぬ差だ」
長く豊かな白鬚の老教官が、生徒に向かって話している。
彼の名はシモンヴラン。
魔導騎士養成学校の校長である。
話が長く、また聞き取りづらい話し方であるので、ソーサリエ生が選ぶ〝授業内容が頭に入ってこない教官、第一位〟に長らく君臨し続けている。
「あ~、であるからして、先日の剣技会なども、んっ、剣の腕だけを見るものではないと言える。……踏み込みの速さ、振り下ろす剣の力強さ、んむ、敵の剣を見切る反射。すべてが魔導量に裏打ちされたものだからだ」
そのとき。
授業の終了を告げる鐘がリロン、カロンと鳴った。
生徒たちから、解放されて安堵するため息が無数に漏れる。
「おっと、もうか。時間ならば仕方なかろう。んむ、んむ。……と、忘れるところであった。宿題を配らねば」
早くも席を立とうとしていた数名が、げんなりした顔で席に座り直す。
「諸君らにとって本年最後の授業が今、終わった。明日からは冬期休暇じゃな。冬期休暇を楽しむことはソーサリエ生にとって当然の権利である。が、同時に果たすべき義務もある。それが――宿題じゃ」
老教官は宿題を配り始めた。
足元が隠れるほど長いローブを引きずり、紙の束を配っては、教壇へ戻り、また新しい紙の束を持ってきて配る。
その作業がひたすら繰り返され、生徒たちの目の前に宿題が山積みになっていく。
たまりかねた生徒の一人が尋ねた。
「校長先生! これすべてが冬期休暇中の宿題ですか?」
「はて。そう言わんかったかの」
「多すぎやしませんか」
教室の半数以上が同調するように頷く。
「多いのは当然じゃ。一年、二年の総ざらいじゃからの」
老教官は最後の紙の束を配り終え、生徒たちを見回した。
「先ほど、宿題を義務と言ったが……やらずともよい。どうせ回収したりはせぬからの」
生徒たちは驚いて、老教官を見つめた。
老教官は続ける。
「この休暇が終われば諸君らは最高学年である三年生になる。三年になるとまず、なにがある? ……そう、〝魔導見の儀〟じゃ。この儀式によって、諸君らの持つ魔導の〝色〟が判明する」
息を呑み聞き入る生徒たち。
老教官はさらに続ける。
「青、黄、緑、赤。諸君らの魔導はどの色であろうか。それを自分で選ぶことはできぬ。生まれながらに決まっておるからじゃ。もちろん、望みの色とは限らぬ。むしろ望み通りの者は少ないと言えよう、色は五つもあるからの。……最悪の色である可能性もある。そうなれば、その時点で騎士の道は断たれる」
老教官は一息黙り、そして言葉を次いだ。
「儀式が終われば魔術の授業が始まる。そして二か月にわたる実習じゃ。騎士団における実習を、社会見学のように考えておる者はおらぬな? そんな甘いものではない。先輩騎士たちは教官のように優しくはないし、訓練は過酷を極める。途中で逃げ出す生徒が出るのは毎年のことであるし……まれに潰れてしまう生徒もおる」
老教官が生徒たちを見回した。
強張った顔のいくつかを見て、さらに続ける。
「やっと実習を終えて帰ると、また魔術の授業が待っておる。そしてすぐに卒業試験じゃ。クリアすれば、諸君らも晴れて魔導騎士となる。……時が経つのはまっこと早い。のう?」
そう言って、老教官は微笑んだ。
そして机に広げていた私物をまとめ、それらを小脇に挟んだ。
「わかるかの? 基礎をじっくりやれるのはこの冬が最後だということじゃ。やるやらないは自身で決めればよい。……では、また春にの」
生徒たちは老教官が消えるまで、黙ってその背中を見つめていた。
彼らがこれほど熱心に老教官の話を聞いたのは、これが初めてだった。
◇
「うっ。寒ぅ~!」
ロザリーは腕を抱え、背中を丸めた。
渡り廊下を抜ける風は冷たく、冬の気配は足音まで聞こえるほどはっきりとしている。
「グレンは寒くないの?」
隣を歩くグレンは、いつも通り背筋を伸ばして表情を変えない。
「鍛えてるからな」
「答えになってない。……うぅ、寒ぃ~」
「寒いと思うから寒いんだぞ」
「精神論なんて聞きたくない」
ロザリーとグレンには共通点が多かった。
貴族の子弟が大半を占める魔導騎士養成学校にあって、数少ない一般出身者であること。
ともに身寄りがなく、頼りとなる人はいないこと。
そして、一般出身者は貴族の顔色を窺い、息を潜ませて学校生活を送るものなのに、この二人はそうではないこと。
ロザリーはそんなものどうでもいいと思っていたし、グレンは見下されると逆に向かっていく気質だった。
属性が似ていてウマが合う。
二人が親友となるのに、そう時間はかからなかった。
そんな二人の元へ、後ろから生徒の集団が追いついてきた。
「待て、ロザリー」
二人が振り返る。
「あ、ウィニィ」
「と、その取り巻きか」
五、六人の生徒の集団が、威圧するように睨みながら二人に近づく。
そんな取り巻きの間を割って、一人の少年が歩み出た。
勝ち気そうな金色の瞳に、波打った金髪。
同年代の男子にしては小柄で華奢で、黙っていれば少女のようにも見える。
彼がウィニィだ。
「ごきげんよう、ロザリー」
「うん」
手を上げて応えるロザリー。
ウィニィはその横のグレンを見上げて、はっきりと顔をしかめる。
「まだこいつとつるんでるのか。前にも言っただろう、早く縁を切れ。お前に相応しくない」
そう言って、ウィニィは「しっ、しっ」とグレンを追い払うように手を振った。
「俺は野良犬か」
ウィニィはグレンの愚痴を無視して、ロザリーの頭に手を伸ばす。
「ロザリー。ほら、また寝癖」
「あ、うん」
ロザリーはウィニィより先に寝癖を押さえ、手櫛で梳かした。
が、また寝癖がピン、と立つ。
ロザリーは諦め、ウィニィに尋ねた。
「何か用?」
「ああ。冬休暇の間にな、僕の誕生会があるんだ」
「へえ、そうなんだ」
「今年のパーティは盛大にやる。場所はうち。同級生は全員呼ぶことにした」
そう言って、ウィニィは招待状を二通、差し出した。
「これは、ロザリーに。……グレンも暇なら来てもいいぞ」
ロザリーとグレンが顔を見合わせる。
そして同時に、首を横に振った。
「ごめん、行けない」
「無理だ」
ウィニィが招待状をグシャッと握り締める。
「なぜだ!?」
「私はバイト。グレンは?」
「俺もだ、わかってるだろ」
ウィニィの取り巻きたちが怒鳴る。
「ウィニィ様のお誘いを断るなんて!」
「しかもなによ、バイト!?」
「休みなさい!」
しかしロザリーとグレンはやはり首を振る。
「ごめんね、宿代が必要だからさ」
「この時期に追い出されたら凍え死にしちまう」
ウィニィがハッと気づく。
「そうか。お前たち、貴族じゃないから寮に住んでいないんだったな」
「そっ。三年生になって、やーっと入れる」
「違うぞ、ロザリー。儀式で最悪を引かなければ、だ」
「ああ、そうだね」
ウィニィはしょんぼりと肩を落とした。
「……仕方ない、か」
ウィニィはロザリーを名残惜しそうに見つめてから、踵を返して去っていった。
後に続く取り巻きたちも、先程に輪をかけて威圧感を撒き散らしながら去っていく。
彼らの背中が見えなくなって、グレンが目を丸くしてロザリーを見た。
「招待状。俺の分、あった」
「ふふっ。よかったね、グレン」
「困るだけだ。俺みたいなのが呼ばれても、場違いなだけなのに」
「うちって王宮だからねー」
ウィニィは貴族ではない。
家名はユーネリオン。
獅子王エイリスの次子であり、王位継承第二位。
まごうことなき王族である。
容姿端麗、成績も優秀。
入学当初に彼を中心とする大派閥ができたが、ウィニィはそれを煙たがって今の取り巻きの数に落ち着いていた。
「お前だけでも行けばよかったのに。あいつはお前に来てほしいんだぞ?」
「バイトなのは本当。辞める前に、保存の利く物をたっぷり運ぶことになってる」
「荷運びか」
「何よ、文句ある?」
「文句はない。が、重労働だろう?」
「慣れれば楽だよ?」
「楽なもんか。俺もやったことあるが、あれは魔導持ちでもきつい」
「そうかなぁ」
「さては。何かまじないを使って荷運びしてるな?」
「ふふ、かもね。グレンは東の森で木こりよね? 雪が降る前に薪用の木材がたくさん必要になるもの」
「いや、今年は違う。もっといい仕事があってな」
「いい仕事?」
「寮に入れば宿代は心配なくなるが、それでも貯えは持っておきたいだろ?」
「そりゃね。三年生は忙しくてバイトする暇がないって聞くし」
「だからロザリーも一緒にどうかと思ったんだが」
「ふーん。どんな仕事なの?」
「歩合制。報酬は荷運びの十倍以上」
「十倍!? ……なんか怪しい」
「危険ではある。だが俺とお前なら何も問題ない」
「ってことは荒事ね」
ロザリーが考え込む。
「無理にとは言わない。どうする?」
ロザリーはグレンを見上げ、ニッと笑った。
「やる!」