第五話 藁人形
翌朝。僕は鳥の囀りでも、蝉の鳴き声でもなく。コンコン、という木扉を叩く音で目を覚ました。
陽光は眩しく、室内を煌々と照らしつけていた。
どうやら今日も天気は晴天。
麗らかな朝の始まりは約束されたようだ。
☆ ☆ ☆
「ちょっと待ってて下さい」
言いながら、僕は洗面台に直行。まずは顔を洗い、その後、口の中を三度ほど濯いだ。そして、首元まで伸びた黒髪を軽く手で梳いてから扉を開く。
「お待たせしました」
目の前には、険しい表情のザクレイさんが立っていた。
「おはようございます、ユキト様」
「あ、おはようございます。わざわざ起こしに来て下さってありがとうございます。昨日も目にしたのですが、今日もやはりあの絵画を――」
そんなことより、という声が僕の言葉を制止した。
声の主はアランである。
「え? アランまで、一体どうしたんです?」
二人とも問いには答えない。
異様な雰囲気を感じ取り、僕は大人しく二人の後に続いた。
大広間にはすでに全員の顔が揃っている……が。
しかし、その全員がしかめっ面を顔面に貼り付けていた。まるで同じ仮面を取り付けられたかのような異質な景観だ。
「皆さん、そんな顔をしてどうしたんです?」
僕が聞くと、「ん」とアリス。
彼女が指さしたのは壁面の出っ張り部分だった。
中心部分をくり抜いた台座の上に蝋燭時計が置かれているのだが。
「……んん?」
僕は眠気まなこを擦り、目を細める。
その壁面には何かが磔になっていたのだ。
「あれは、藁人形?」
「そうじゃ」
ジョンの声がしわがれている。
元々だがいつも以上に。
きっと彼も、今しがた起こされたのだろう。
「意味不だよね」
アリスは顎に指を添え、「う~ん」と唸りを上げる。
同じく、ユキとアディも怪訝な面持ちだ。
「なんなんです? これは」
僕が知りたいですけどね。
そんな声が背後から掛かった。
振り返ると、そこにはレインの姿が。
「ああ、おはようございます」
「挨拶は後ほど。君は今、その藁人形を目にしたね?」
なんだろう。
昨日と比べて妙に距離感が近しい気もするのだが。
まあいいか。
「はい、今しがた見ましたが、アレはなんなんですかね?」
僕が知りたいですけどね。そんな言葉を受けての応対だ。お互いにあの藁人形がなんなのか知らないらしいから。
「アレは見ての通り藁人形だよ。そしてこれらもね」
「全く、気味が悪いぜ」
アランが苛立った様子で言う。
僕はレインとアランの示す方を見やり、
「ええっ!?」
今日一番の驚き声を発するのだった。
でも、誰だってあんなものを見せられたら、同じ反応をすると思う。
「気持ち悪いですわね。こんなに沢山」
アディが、長机の上に置かれているそれを手持ち無沙汰にイジっていた。
それ――つまりは、藁人形を。
僕はそれの数を数えてみた。
「机の上には五体、アディの手に一体、そして壁面に一体……つまり、全部で七体」
「ご名答です」
やはり険しい表情で。
双眼を光らせながらのザクレイの声である。
「ヒヒッ、なんらかの隠喩のつもりかのう?」
隠喩って……。
なんらかもなにも、ただのイタズラにしか思えないけどな。とはいえ、だ。
「ああ、全く」僕はわざと呆れた顔をしてみせた。「内部の損壊はなるべく防ぎたい。その言葉をもう忘れたんですかね? 誰がこんな稚拙なイタズラをしたのかは分かりませんが、釘を打ち付けるだなんて真似をしたら……」
「全くだよ」
同じく、呆れ顔でレイン。
追従して、ザクレイさんも肩を竦める。
「困りものですな。この程度の修理であればたいした金額ではない、そう思われるかもしれませんがね。この十字架屋敷はミスリル鉱石を基本素材に造られているのですよ」
なんてことだ。ミスリル鉱石といったら滅多に手に入らない貴重品じゃないか。
数多くの錬金術師が、喉から手が出るほどに欲しがると言われているAランクの錬金素材だ。ちなみに、1グラムで十万~三十万ゴールドはくだらない。
「一人につき十六本の金塊。浮ついてしまうのも分かりますがね」
少しは自重して欲しいですよ、とレイン。
僕も同じ気持ちである。
「で、犯人は誰なんです? どうせ一億六千万から少し引かれるだけなんですから、早めに名乗り出た方が得策だと思うんですがね。せっかくの晴天だというのに気分が台無しですよ?」
僕は犯人に名乗り出るようにと促した。今のこの段階ならば笑い話で済むからだ。
とは言いつつ、大方の目星は付いているんだけど。こんなことをしでかす人間といったらウチには二人しかいない。アラン、もしくはジョンだ。
それを裏付けるよう、アディ・アリス・ユキの目線も二人に向けられていた。
もちろんこれは疑惑の目線だ。どっちが犯人なのかは分からないけれど「さっさと白状しろ」という無言の圧力。しかし。
「オイ、待てよ」とアラン。「俺は違うぞ?」
「ヒヒッ、もちろんワシでもないぞ?」
どうやらシラを切り通すつもりらしい。
いくら何でも無理があるだろう、それは。
そんな僕たちの考えは。
どうやら相当に甘いものだったらしい。
可能ならば、この日の内に犯人を突き止めておくべきだったのだ。どんなに強引な手を使ってでも。そうすれば、あの惨劇を防ぎ得たのかもしれないのだから。
「とりあえず」ザクレイさんが言った。「今日のところはお咎め無しとしましょう。ですが、次はないですからね?」
威圧感満載の低くて野太い声。
この場で彼とやり合ってまともに勝負が出来るのは、きっとアランだけ。この人はなるべく怒らせないようにしよう。
僕はそう胸に刻んだ。
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