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十字架屋敷の殺人  作者: 藤村
第一章 謎編①
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第四話 大罪

 フルコースを食している間、口を開く者は誰一人としていなかった。だだっ広く風情の漂う空間と、レインとザクレイさん、両者の醸し出す高級な雰囲気・空気感が原因かと最初は思ったが。


 どうやらそういうわけでもないのだと僕も気が付いてきた。つまりは全員が夢中になっているのだ。差し出された高級料理に。


「このオーク肉のソテーは特に力を入れておりまして」


「それって何オーク?」


 ユキが無邪気に問いかけた。

 すると、ザクレイさんは口元を拭い、


「ロイヤル・オークです」


 そう口にした。


「へえ、アレが素材なの!」


 珍しくアディが大きめの声を発する。

 追従し、アランやジョン、そしてアリスまで。


「ロイヤル・オークですか」僕は言った。「アレは、オーク種の中だと二番目の強さを有するモンスターですが。まさか単身で?」


 ザクレイさんはまさか、と首を横に振る。


「アレを単身で撃破する程の体力は今の私には残されておりません。なので、腕利きの冒険者に依頼を出しましてね。ご存じの通り、レイン坊ちゃまは湯水の如くに金品を所有しておりますから」


 コラ、と声が飛ぶ。


「はしたないよ、ザクレイ。食事中はもっと上品にいこう。それに、金品についてはまた後日と、そう取り決めたじゃないか」


「失礼。つい、坊ちゃま自慢をしたくなりまして。私も年を食いましたな」


 言うと、フヒヒとジョンが笑う。


「そらあ、お互い様ってヤツですな。ワシもほら、見ての通り。せっかくのロイヤル・オークのソテーも、こんな賽子状にしないと食せんのですわ」


「ちょっと、その汚い歯をしまって下さる? 食事中(・・・)ですよ?」


 強調するように、アディがレインを真似た。

 やはり刺々しい物言いだ。


「すまん、ワインのお代わりをくれ」


 ザクレイさんはアランのグラスにルビー色の液体を注いだ。無駄のない速やかで奇麗な動き。まるで流水のようで、思わず見入ってしまう。


「お気に召されましたか?」


「ああ。この料理とは相性抜群だな」


「相応に研究していますから」


 と、自慢げにレイン。


「私も料理始めようかな」


「ユキには無理よ。アンタ不器用じゃん」


「言えてますわね。そもそも不器用云々の次元にすら至ってないですから」


「そーお?」


 モグモグと咀嚼しながら、ユキは首を傾げる。

 言われるほどに不器用ではないと思っているのだろう。実際、僕の目から見ても不器用そのものなんだけどね。


「さて、と」


 最後にそれぞれがプティフールを口にしたところで。

 ザクレイさんは卓上の全てを片付け、数回の咳払い。


「これより先は自由時間になります。各自、好きに屋敷の中を見学して下さって構いません」


 これは僕にとって嬉しい申し出だった。一階のみならず、二階・三階にも飾られているであろう絵画を目にしたかったからだ。いい機会を頂けたと、そう思っていると、


「しかし、いくつかご説明をさせて頂きます」


 ザクレイさんは真剣な眼差しで僕たちを見回すのだった。


「まず、このルクシオン島ですが、ここでは魔法を発動することが出来ません」


 断言され、アリスとアディが詠唱を試みる。

 そして同時に「あっ」と声を漏らした。

 どうやら本当に魔法が発動できないらしい。


反魔法力場(アンチ・フィールド)という魔法が常時島全体を包み込んでいるのです。これには明確な理由がありまして。それは、この十字架屋敷を保護するためなのです」


 ザクレイさん曰くこの十字架屋敷には特別な価値があるらしく、それは金品等では賄えないとのこと。


 故に、森に潜むモンスターからの遠距離攻撃、主に魔法攻撃を防ぐために反魔法力場(アンチ・フィールド)を展開しているのだとか。


「ですがご安心ください。魔法が使えぬ以上、森に生息するモンスターなどただの熊や狼と同じ。アラン様御一行が苦戦するはずもありませぬ。この私ですら素手で撃退できますからな」


「当然だな」


 アランが腕を組みながら自慢げに鼻を鳴らした。


「次の注意点です。実はこの屋敷、全ての窓に格子が取り付けられているのです。つまり、窓を開けることは出来ても、そこからの出入りは出来ないのです」


 理由はまたしても屋敷の保護のため。

 

 外部の傷は簡単に補修できるが、モンスターが屋敷内部に侵入してきた場合。その場合の損壊は予想できない。故に設けられた鉄格子だという。


「反魔法力場が展開されている現状、あの鉄格子を破壊する術はありません」


「なるほどのう。確かにこの屋敷は豪勢じゃ。傷一つでも堪らんじゃろて」


「だよねぇ」とユキ。


「汚れも目立ちそうだしね~。私だったらガチで凹むわ」


 そんな彼らをよそに、アディが「ところで」と切り出した。


「室温はどうするのですか。今は真夏ですが?」


「ご安心下さい、アディ様。それぞれの部屋に【火の魔石】と【氷の魔石】がご用意されておりますので」


 【火の魔石】――使用するだけで周囲が温かくなるアイテムのことだ。複数個を同時に使用することでその効果は重複し、やがては焚火と同じくらいの温かさになる。【氷の魔石】の効果はその真逆だ。


「へぇ、随分な気遣いですね。……それにしても本当に真っ白ね。目が疲れないから有難いけれど」


「清掃一つとっても苦労するんじゃないですか?」


 僕が問うと、ザクレイさんは「いえいえ」と微笑みを携えた。


「私はレイン坊ちゃまに仕えることこそが幸福だと感じているのです。坊ちゃまに尽くせるのであれば、例え火の中水の中。この命を投げ捨てることも(いと)いませぬ」


「はっ!」アランが吐き捨てるように笑った。「呆れた忠誠心だな」


「でも、なんかそういう関係って憧るかも」


「そーダネ。なんかお姫様とナイト様ってカンジ?」


「お前ら、ちょっとロマンチックが過ぎんか?」


「そんなことないですよ。僕は二人のことが羨ましいです」


 微笑みながら言うと。

 レインも、鏡に映したように微笑む。


「そう言ってもらえて光栄です。こう見えて古い付き合いですから。思い返せば、かれこれ二十年近く一緒にいるのかな? まあ、お姫様とナイトっていうのは恥ずかしいですがね」


 照れたように頬を掻くレイン。

 

 どこにでもあるような平和な一ページが、額縁の中の絵画のように展開されている。こんな日々が数日続き、僕たちは何事もなく普通に金塊を受け取り……そして帰還する。


 少なくとも二日後の朝までは、僕たちはそう信じて疑っていなかった。

 

 それがまさかあんなことになるだなんて、この時には予想も出来ないことだったんだ。


 いや、違うな。

 本当は予想し得ることだった。


 けれど太陽の煌めき(シャイニング・ライツ)は目を背けていた。そしてすっかりと忘れてしまっていたんだ。五年前に犯した、決して償いきれぬ、あの追放(大罪)のことを。

ここまで読んで頂きありがとうございます

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