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十字架屋敷の殺人  作者: 藤村
第一章 謎編①
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第一話 はじまりの手紙

 一通の(ふみ)が冒険者ギルドに届けられた。差出人は、あの有名な大富豪【レイン・ルクシオン】となっていた。受付嬢たちはその名前を目に、ざわざわと波立つ。


「まさか、あのルクシオン様が?」


「一体誰に向けたものなのかしら?」


「羨ましいわ、ルクシオン様からの手紙だなんて」


 受付嬢は手紙を裏返し、宛名を確認する。

 すると、そこにも驚きの大名が。


 【アラン・エドガー】


 Sランクパーティ【太陽の煌めき(シャイニング・ライツ)】のリーダーである。太陽の煌めき(シャイニング・ライツ)の活躍を知らない冒険者はいない。


 かつて王都へと襲来した一匹のドラゴンが居た。

 ワイバーンなどの弱小種族などではない。成熟した、立派なドラゴンだった。


 白く輝くダイヤモンドのような体毛と、巨体を浮かす二対の大翼。吐息は青く、みるみる内に王都は焼き焦がされていった。

 

 そんな時に現れたのが、太陽の煌めき(シャイニング・ライツ)だったのだ。彼らは別のダンジョンから帰還したばかりだというのにも関わらず、まるで疲弊した様子も見せずにドラゴンを圧倒。


 結果、討伐には至らならかったが、撤退させることには成功する。以後、彼らはティラス王国の王都を守衛した英雄として尊崇されている。


「ああ、なんてこと。なんだか凄いことが起きそうな予感だわ!」


 アラン宛てに差し出されたルクシオンからの手紙。

 これはきっと、国家レベルの大事になる。


 受付嬢たちは空気が塗り替わっていくのを肌で感じた。日常が非日常に転じていく瞬間、それをいま全身で味わっているのだ。


「まずは落ち着きなさいな」


 洒落たカップを片手に、一人の老婆がのんびりと間延びする声を発した。


 この老婆は冒険者ギルドを取り締まる一人。

 長い月日を生きてきたが故の余裕が、彼女には見受けられた。


「その手紙は私が預かるよ。アンタら、浮ついて手紙を無くしそうだからあねぇ。もしもそんなことになったら、このギルドの面子が潰れるってなもんさあ」


 ぐうの音も出ないほどの正論だった。

 

 確かに、今の精神状況で配達業務を行おうものなら、アラン宛ての手紙のみならず、他の冒険者へと宛てられた手紙も紛失しかねない。そうなった時の責任の取り方は十二分に心得てはいる。


 つまりはクビだ。


「……分かりました。では、ザーヤさん。これをお願いします」


「ああ。しかと任されたよ」


 そう言って、ザーヤは冒険者ギルドを去っていく。

 実際、ザーヤの胸も微かに高鳴ってはいる。


 だが、若娘たちほどではないということも、ザーヤはしっかりと自覚していた。それに、これはあの子たちの為でもある。


 万が一この手紙を扮した場合、事態は予想を上回る程の大事になるに違いない。

 

 そうなった時、誰が責任を取るのか?

 そんなの、自分一人でいい。


(もう十分、長生きしたからねえ)


 ザーヤは内心呟きながら、ゆったりとした足取りでアラン邸宅を目指すのだった。


     ☆     ☆     ☆


「なに? あのルクシオンから手紙だと?」


 アランは大袈裟なリアクションで驚いて見せた。だがこの反応は演技でも何でもない。ルクシオン家というのは、アランの目から見ても嫉妬する程の名家なのだ。


 若い青年がたった一代で巨万の富を築き上げその名を全世界に轟かせた。


 青年の名はレイン。目が良く、耳も良く、人当たりも良く、発せられる言葉も丁寧だ。彼の手に掛かればどんな人物でも即座に上機嫌になる。


 彼を気に入らないと思う人間はいなかった。少なくとも、彼と直接に対面した人物の中には。


 故に、彼はありとあらゆる商談を大成功させていき、僅か十年という短い歳月で億万長者となったのだった。


 今は絶海の孤島に【十字架屋敷】なる建造物を建て、時折、そこから海を眺めているのだという。


 一人で住まうのには広すぎるその屋敷だが、そこにはもう一人、付き添いが居る。幼少期のレインと仲が良かった近所のおじさんだ。


 名はザクレイ・ギーマン。

 

 一時は冒険者パーティの治癒術士として活躍していたが。


 結婚して家族が出来たのを機に危険から身を遠ざけた。今ではレインの世話係を担いつつ、時折は実家に戻り、家族と幸せな日々を過ごしているらしい。


「まさか、この俺にルクシオンから手紙が来るとはな。予想もしていなかったぜ」


「ええ」ザーヤはこくりと頷いた。「うちの娘たちも、朝早くから大騒ぎなもんで。かくいう私自身も、いい歳になったというのに心臓がね、バクバクと跳ね踊っておりましたわ」


 ザーヤが言うと、アランは「ククッ」と笑みを浮かべた。


「そりゃあそうだろうな。これは国が動くレベルの大事だ。きっと、とんでもなくデカい案件に違いねぇぜ」


 特別だ、お前にも内容を聞かせてやるよザーヤ。

 言いながら、アランは手紙の封を破った。


「ああ、私なんかが国家機密に……」


「気にするな。俺とザーヤの仲だろう?」


 実は、二人は旧知の仲である。

 ザーヤも昔は冒険者をやっていた。その(よし)みだ。


 二人でSランクモンスターの討伐を成し遂げたこともあり、当時の二人を周りの冒険者は【風神雷神】などと呼んだものだった。


 とはいえ歳の差は二十以上も離れている。ザーヤが先に一線を退くのは至極当然のことであった。


「えーと、どれどれ?」


 アランは封を破り終えると、その場で文言の音読を開始した。

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