第三十五話 最後の一人
レインさんを殺したのにも理由がある。
それは、究極にして最大の恐怖をアランに与えるため。
そのためならば喜んで死を受け入れよう。
レインさんはそう言った。
だから私はレインさんを殺した。
アリスの死体を目撃しただけであの怯えようだ。
きっと今のアランはまさしく究極にして最大の恐怖を感じているに違いない。
縛魔契約から解放され、忌まわしき記憶を取り戻してしまった今のアランならばその恐怖は一入だ。殺されても文句は言えないと、自分で理解してしまっているのだから。
☆ ☆ ☆
「……ち、違うんだ。誤解なんだ! 俺の話を聞いてくれアディ!」
「貴方は追放事件の前日、彼女を誘った。俺と寝ないか……金ならあるぞ……。恐ろしいですよね、情報屋というのは。貴方の女癖の悪さは情報屋界隈では常識だったみたいですよ?」
ぐう、とアランが喉を鳴らす。
もう言い訳はできないと理解したのだろう。
そしてアランは、
「あの女が悪いッ!!」
あろうことか、憤慨してみせたのだった。
「俺は、アラン・エドガー様だぞ! 今やSランクパーティのリーダーとなった男! 当時はAランクだったが、俺たちは王国から多大なる期待を寄せられていた!! Sランクになるのも時間の問題、そう言われていたんだ。そのパーティのリーダー様の誘いを断るとは何様のつもりだ!!」
「黙れッ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇええッ!!」
はぁ、はぁ、と私は肩を激しく上下させる。
こんなに大きな声を出したのは――誰かに怒りを向けたのは、生まれて初めてだった。
「身勝手な理由……身勝手な思い上がり……。そんな理由でお前はあの子を、サーシャを殺したんだッ!!」
サーシャ・シャーロー。レイン・シャーローのたった一人の妹である。辺境の田舎町出身の彼女は、幼少の頃より【サーシャ】という愛称で呼び親まれ、可愛がられていた。
太陽の煌めきという冒険者パーティを通じて、私は彼女と知り合った。私は田舎町のことなんて知らないから、サーシャから色々なことを教えてもらった。
主に農薬、そして調合術。
水、土、草木、野菜、水。これらがあれば薬は作れる。
王都に出回っているポーションの一部を作っていたのはサーシャたちだったのだ。
「知らないうちに、支え合っていたんだねえ」
いつしか、サーシャはそんなことを言っていた。
「みんながポーションを買ってくれるから、町のみんなは生きていける。ポーションがあるから、みんなはダンジョンをクリアできる。モンスターを倒せる。そして、みんながいるから、王都のみんなは安心して暮らせる。――みんなが支え合って生きている。これって、とっても素敵なことじゃない?」
まるで光り輝く海のように。
太陽に照らされた氷塊のように。
サーシャの心は美しく澄み渡っていた。
ルクシオンという偽名を使用する際、家紋はどうしようかという話が出た。私はサーシャの言葉を元に、魔導士の杖を取り囲む三体のウロボロスを絵に描いた。
「こんなのはどう?」
一体は、サーシャたちのような縁の下の力持ちを。
一体は、私たちのような冒険者を。
一体は、そんな私たちを尊崇する王都民を。
それぞれが支え合って生きているのだというサーシャの言葉。その言葉を元に、ルクシオン家の紋章は作られたのだ。
「もう言葉は必要ない。全てを終わらせよう、アラン・エドガー」
レインさんが死んだ今、反魔法力場は消失している。アランはその事実に気が付き、何度も魔法を詠唱する。しかし、魔法は出現しなかった。
「なっ、どうしてっ!」
「貴方は今、十年分の魔力に阻害されている。仮に全魔力を振り絞り完全詠唱の最上級魔法を放ったとしても……。その魔法はレインさんの十年分の魔力によって掻き消されるでしょうね。十年分の魔力を数秒で練り上げるだなんて芸当、勇者パーティの賢者ですら不可能ですよ」
「そ、そんな……」
すると、今度は。
「俺の右腕をやる!! だから俺に凄まじいパワーを寄越せ!!」
「縛魔契約ですか。心底呆れさせられますね、貴方には」
縛魔契約は文字通りの契約術。今では禁忌術に指定されている。この術を行うためには数多くの手順を踏まなければならない。言葉一つで結べるほど安いものではないのだ。
「死になさい、アラン。そして地獄の底で懺悔しろ!」
私は渾身の力で刺突を放つ。
「い、嫌だァアアアアッ!!」
ザシュッ!!
「――ごふうっ!」
アランは抵抗一つできなかった。体は拘束され魔法にも頼れない。もはや、常人よりも優れた身体能力を有するだけのただの人間でしかなかった。
「あ。あが……ぐるじ、い……」
アランは血を吐きながら首をぶんぶんと揺らした。
目を見開き、ドラゴンのように大口を開け、血を吐き散らしながら断末魔の雄叫びを上げる。
「あああああ!! じにだくだい、死にたくない! ぐふっ! がはあ……」
「フン!!」
さらにもう一撃。
「がっ!!」
次の一撃は首に直撃した。
まるで噴水のように、赤い血液が吹き上がる。
そして、アランは両目を見開いたまま動かなくなった。
「…………終わったよ、サーシャ」
これで全てが終わった。
計画は完璧に遂行され、サーシャの遺言は叶えられたのだ。
アディはザクレイの剣を床に放り投げ、南棟を目指した。
長廊下を歩き、大広間を抜け。
閉ざされた門扉を開錠し。
「……【セカイ】ですか」
南棟に飾られた絵画の群れ。視界の端を幾つもの絵画が横切っていく。
その全てが、まるで自分を咎めているかのようだった。
忌々しい。
そう吐き捨て、アディは十字架屋敷をあとにした。
全てを終わらせるために。
次話は19時頃更新予定です
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