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十字架屋敷の殺人  作者: 藤村
解決編
38/41

第三十四話 独白②

 その後、


「食料が不足した」


 そう言って、ザクレイさんは大広間を去った。大広間にはレインさん、ユキト、アラン、アリスの四人が残る。つまり全員のアリバイが立証される形だ。


 さらに、私もこの時ばかりは身動きが取れない。

 ザクレイさんを殺害するためには、必ず大広間を通らなくてはならないから。


 では誰がザクレイさんを殺したのか?

 それが可能であった人物は一人しかいない。


 ザクレイ・ギーマン本人だ。

 彼は自らの手でアイアンブレードを手に取り、床に仰向けになり、そして。


 自殺したのだ。


 この行為は決して無意味なんかじゃない。この計画を成就させるためには必要なプロセスだったのだ。ザクレイさんの死はユキトを大きく混乱させただろう。


 どう考えても不可能。事故と結論付けるのも状況的に厳しい。追い詰められたユキトは、第三者――幻の九人目の存在に言及する。


 面白いくらいだった。面白いくらい、計画通りにことが運び、計画通りにユキトが動いてくれた。

 

 サーシャは私たちを味方してくれている。私はこの時、そう実感した。


 ザクレイさんの死後、ユキトはもう一度屋敷を見たいと言い出す。そしてそれが、私にとっての綱渡り。


 ミス一つ許されない大仕事を私は熟さねばならなかった。


 彼らが二階に移動した隙を見計らい、私はまず、7番の部屋に向かう。つまりはザクレイさんの部屋だ。そしてダブルベッドの接続部を開錠し、車輪付きの箱一つを手に9番の部屋へと向かった。


 本当は手を合わせ祈りを捧げたかった。けれどそんな時間は残されていない。私は血溜まりの前にて立ち止まり、早急にザクレイさんの死体を箱の中に詰め込んだ。その際、ザクレイさんを引き摺った痕跡が残る。


 だが、痕跡を消すための道具は事前に準備してある。それが食用血液なる存在だ。


 鮮度はガタ落ちでとても調理には使えないが、死体を引き摺った跡を消す分には問題なく使用できた。


 私は食用血液を床に撒いて上書きし、痕跡を消した。そしてもう一度7番の部屋へと戻り、ザクレイさんの遺体を完全に消滅させたのだ。


 これにより、ユキトとアランはさらなる混乱に見舞われる。そして同じくらいの恐怖が彼らを襲うだろう。


 一人ずつ消していくというこの計画には意味があったのだ。

 

 サーシャの味わった屈辱、そして無念、悲しみ、恐怖。その全てを何倍にも増幅させて彼らに味わわせる。そして容赦なく殺していく。それこそがこの計画の目的、そしてサーシャの願いなのだから。


 ザクレイさんの消滅工作を行った後で、私はザクレイさんの剣を手にアリスの部屋へと向かった。この時、ユキトたちは三階回廊に居た。そして、大広間から背を向けていた。なぜなら絵画に夢中になっていたから。


 だから私は難なくアリスの部屋へと移動できた。

 もちろん、レインさんの協力ありきだ。あの時、彼は万が一にでもユキトの視線が大広間へと向いてしまわぬよう、細心の注意を払っていたに違いない。


 アリスの部屋に到着した私は、木扉から僅かに飛び出している鉄線に手を掛け、それを三回引いた。この鉄線は全ての部屋に仕掛けられているものだ。


 この計画を実行に移せば、必ず臆病な誰かが部屋に閉じ籠ると言い出すだろう。それが誰なのかは分からないが、この閉じ籠り(・・・・)という状況は大いに利用できる。


 なにせ、彼らがベッドだと信じ込んでいる物体は出入り可能な木箱でしかないのだから。密室空間を作り出して混乱と恐怖を生み出すことは容易に可能だった。


「ご飯ならいらないわよ!」


 そんなアリスの声を無視して、私は鉄線を引き続ける。そして緩急をつけ、次はもっと激しく鉄線を引く。すると思惑通り。――恐怖に駆られたアリスが、自らの手で扉を開いた。


 その瞬間に彼女の運命は終わりを迎えたのだ。

 私の刺突一閃によって。


 アリスは、最初は驚いていた。そして苦しんでいた。けれど、少し時間が経つと穏やかな顔になった。縛魔契約が解けて全てを悟ったのだろう。


 私は鉄線を回収し、内側から鍵を掛けた。そしてアリスに別れを告げ、箱の中へと身を隠したのだ。


 その後しばらくは待機の時間が続いたが、やがて、レインさんから最後の合図が送られる。


 

 ――ここまでの計画において、一つだけ不自然な点がある。それは私たちの連携力だ。どんなに優れた冒険者パーティでも、言葉もなしにここまでの連携は不可能。


 だが、私たち三人だけはその限りではなかった。

 あまりにも遠すぎる場合には効力を発揮しない。だが、この島内程度であれば、それは十二分に効力を発揮してみせた。


 そのアイテムの名は、通心石。持っているだけで心の中で会話が出来るアイテム。アランが自身の邸宅に私たちを招く際に使用したアレだ。


 もちろん、一見すればすぐにそれと分かるだろう。

 だから私たちは、それを【火の魔石】に見えるように加工していた。そうするだけの時間はあったのだ。五年もの歳月――これだけの時間があれば十分すぎる。


 レインさんは食事不足を理由に、二人を9番の部屋へと誘き出した。その隙に、私はユキトの部屋へと足を踏み入れ、二つの箱の接続部分を開錠し、その中へと身を投じたのだ。


 念の為にとスペアキーを用意してはいたものの、ユキトの部屋に施錠が成されている可能性はかなり低いだろうと、私はそう見積もっていた。実際、スペアキーの出番は無かった。何故なら彼らの生活の基盤は、相互監視という名目によって大広間へと移行していたからだ。もはや個室を使用できる人間などどこにもいなかった。

 

 ただ一人を除いて。


 ユキトがなんらかの違和感を覚えているというのは、レインさんから見ても明らかだった。だから、レインさんは最後の仕掛けを施した。


 百本もの金塊。

 その言葉を口に出すだけで、ユキトは傀儡のように行動を起こした。あの瞬間、ユキトは全てを悟ったのだ。


 細かい道筋は分からない。だが、原点に回してみれば明らかにこの屋敷はおかしいのだと。必ずユキトはその事実に思い至る。そして敵が誰なのかも気付く。


 ユキトは策を練るため、久しぶりに自室へと籠り思考を巡らせる。全身隙だらけだった。私が箱から姿を現した時ですら、呆けた顔をしていたくらいだ。


 自分の胸に剣が突き立てられて。

 そして、その時になって初めて。

 ユキトは私の存在に気が付いた。


 だが、ユキトは。

 あろうことかユキトは。


 私に感謝の言葉を遺そうとした。

 その瞬間、私は悟ってしまったのだ。


 ああ、ユキトは――。

 

 ユキトだけは、サーシャの追放に賛同していなかったのか……と。

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