第三十三話 独白①
「安心して?」
とアディは言う。
「時限式の契約はね、眠らせていた期間の分だけ効力が確約されますから。たとえ契約者が死亡しようとも」
縛魔契約には二種類ある。
一つ目は即時効果の契約。契約を行ったその瞬間に効力を発揮するもの。
そして二つ目が時限式の契約。即自的な効果は得られないが、契約を結んでから効力が発揮されるまでの時間差が、効力発揮の持続時間として確約されるのだ。
「レインさんが二つ目の契約を行ったのは今から二年前。つまり、貴方はこれから二年間、身動き一つ取れなくなる。もちろん、その前に私の手で殺されてしまうんですけどね。彼のように」
そう口にして、アディは剣を引き抜いた。
レインは血を吐きながらその場に膝を突き、そして倒れた。
「ひゅー……ひゅー……」
命の抜けていくリアルな音にアランは心の底から震え上がった。次は自分がこうなる番なのだと。だが、その恐怖心と同じくらいの混乱が脳内を埋め尽くしてもいた。
「どうなっている。お前は、死んだはず」
「演技ですよ。とはいえ仮死状態にあったのは事実ですがね。そうでもしないと、目敏いユキトを欺くことは出来ない。この計画を実行に移すに当たって最も警戒すべきもの、それはなんらかのイレギュラーでも超常的な現象でもなんでもなかった。我々は、ユキトを最も警戒しなければならなかった」
「意味が、分からねぇ。お前は血を吐いてぶっ倒れたじゃねーか!!」
「血を吐いたら人は確実に死ぬのですか。私にはそのような知識はありませんが」
「何が目的だ。金か? 金の独占か! だったらやるよ、俺ァ金塊一本たりとも要らねえ。だからこの拘束を解きやがれ!!」
無理、と即答。
「その拘束魔法の効果は絶対です。少なくとも二年間は。そういう契約をレインさんは【ナニモノ】かと結んでいますからね」
さて、とアディはその場に正座した。
そしてアランを見据え、口を開く。
「全てを明かしましょう。貴方が放棄した忌まわしい記憶。その全てを今、お返しします」
こうしてアディは、契約破棄の第二条件。
差し出したものの返却作業を開始した。
縛魔契約解除の第二条件。それは、契約の際に差し出したものを取り戻すこと。腕なら腕を、足なら足を、命なら命を、そして記憶なら記憶を――。
五年前の真実。あの日なにが起きたのか。その原因はどこにあったのか。その全てを、アディは一から語り始めるのだった。
その間、アディの意識は、ある意味では分裂していた。五年間の全てを明かす傍らで、アディはここに来てからの出来事を、まるで走馬燈のように反芻していた。
☆ ☆ ☆
まさか、ここまで上手くいくとは思わなかった。ユキトはこのパーティの司令塔。頭が良く、目も良く、細かなことにまで気が付く。そして何より恐るべきは。
その違和感察知能力にある。
その能力に、太陽の煌めきのメンバーは幾度となく助けられたものだ。
ユキトの違和感察知能力は常軌を逸している。もはや超常現象の領域だ。だから、彼の頭を激しく混乱させるというのは、この計画を成就させるに当たって必須事項だった。
まずは、ユキを殺した。
木扉を二回叩き、隙間からザクレイさん筆の手紙を入れる。
たったそれだけでユキは姿を現した。
「少し話したいことがあって」
言うなり、ユキはすんなりと私を部屋へと招き入れた。ユキは私に背を向け「なに?」と問う。
「あの藁人形のことなんだけど」
「ああ、あれね。私も一つ不思議に思ってた」
おそらく、ユキが疑問視していたのは音なのだと思う。藁人形を打ち付けたというのなら、それに際して音が鳴ったはずだと。
だが、その穴は事前に開けてあったものなので音は鳴らなかった。死にゆく人間にそれを教える義理もないので、私は速やかに行動に移る。
厨房から拝借したナイフを懐から取り出し、「藁人形……」と振り向いたユキの胸部に、それを突き立てたのだ。
「……なに、これ」
ユキはふらふらとよろめき、そのまま転倒し、ダブルベッドを模した二つの箱の上に転がった。手応えは抜群。私は確実にユキの心臓を一撃で刺し貫いた。ユキは、すぐに動かなくなった。
二人目、ジョンの時も難しいことは無かった。
ユキトの推理が展開され、誰もが【それが事実であってほしい】という強い圧力を放っていた。あの空気感ではジョンも「ワシはやっていない」とは言い出せず、やってもいない罪を認めてしまった。
私はジョンの部屋の扉を二回叩き、彼を呼び出した。
「何か隠してない? お困りなら相談に乗りますよ」
自然と私が彼の前を歩き。
そして、三階回廊へと誘導した。
「ワシはやっていない。信じてくれ、アディ!」
そう口にするジョンの足首にロープを縛り付け、私は彼を突き落とし殺害した。いきなりの事だったので、彼には困惑する時間もなかっただろう。
その後はユキトが口にした通りだ。手早くロープを使用し、滑車の要領で直下した。その際、私の体重を支える重りが必要で、かつ、その重りは即座に抹消できなければならなかった。
その重りとは。言うまでも無い。
ジョンそのものだ。だから私は素早く、かつ緩やかに大広間へと着地することができた。ジョン自体が重りと化していたので、回収する必要性もない。
私が着地した時、ジョンは私よりも少し上の位置にあった。私はロープを切断する。すると、私に掛かっていたジョンの負荷は消え、ジョンはドス、と降ってきた。が、この時の音は一度目のものよりもはるかに小さい。なので、誰にも気付かれることは無かった。
私は急いでロープを回収し自室へと戻り、それをダブルベッドを模した箱の中へと隠したのだ。
そのあと大急ぎで身だしなみを確認し、もう一度部屋を飛び出した。するとアリスが顔を覗かせていたので、怯える彼女を引き連れて大広間へと向かった。
そして三人目。私の死の偽装だ。
このとき私が服用したのは、上級魔力ポーションとワンハンドレッドシープの涙を調合した薬。例えるならば、それは超睡眠薬とでも言おうか。
数秒で死んだように眠ることのできる劇物。不眠症の人間のために作られた薬。副作用は、痙攣と吐血。
……皮肉だな、と私は思う。
調合する際、魔力ポーション100mlに対して、ワンハンドレッドシープの涙は100滴でなければならない。羊が百匹とはよく言ったものだ。
ユキトは本気で私のことを心配していたし、私も本当に死ぬほど苦しかった。だが、この苦しみには慣れている。幾度となく試飲したのだから。
そうして次に目を覚ました時、私は計画通りに生きていた。私は外の景色と置時計・蝋燭時計を確認。そして……。
【火の魔石】の効果によって引き起こされる室内温度、その微上昇による魔力ポーションの蒸発具合を確認し、時間の経過を正確に判別。
私が仮死状態に陥ってから、およそ十時間弱が経過したのだと、私はそう結論付けた。
ここから先は数回の綱渡りを強いられることになる。
少しタイミングを間違えば私の生存がバレてしまう。
そうならないため、細心の注意を払って動かねばならなかったから。
最初の仕事は、存在しないはずの藁人形を出現させること。
私の死の翌日、レインさん、ザクレイさん、ユキト、アラン、アリスの五人が火起こしをすべく外へと向かった。その隙に、私は例の場所に藁人形を磔にしたのだ。
その後、自室へと戻り、再度あの薬を服用した。だが、この二つ目の薬は効果をかなり薄めたものだ。一つ目の薬を上級睡眠薬とするならば、二度目のそれは下級睡眠薬。故に副作用も咳き込む程度で済む。
結果、私は二度目の仮死状態を迎える。
二回目のユキトの死体確認作業、それを潜り抜けるための手段だった。確かにユキトは頭が回る。だが、別に医療知識があるわけではない。
仮死状態の私を見ても、死んでいるとしか思えなかっただろう。




