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十字架屋敷の殺人  作者: 藤村
第六章 謎編⑥
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第二十八話 警戒信号

「少しお腹が空いてきたな」


 昨日の夕方頃から何も食べていないことに、僕は今更ながらに気が付いた。浴びるように酒を飲んだが、それだけでは空腹は満たされない。


「肉が食いてーな」


 アランの要望でレインが厨房へと向かった。

 そして、少ししてから「おや?」と。


「食材が不足していますね。思えば、ザクレイが9番の部屋に向かったのはそれが理由だった。……二人とも、ついてきてくれますか?」


 一人で9番の部屋に行った暁には帰ってこられないかもしれない。レインはそう口にした。


「じゃあ肉は俺が選ばせてもらうぜ。とびっきりにデカくていいヤツをよ!」


「ええ、喜んで。その代わりボディーガードの役目はしっかりと果たしてくださいね?」


「任せておけ。俺ァ、Sランクモンスター5体と単体でやりあったこともあるんだぜ?」


「なんと! ザクレイですら3体が限界だというのに」


 やり合ったことがあるというだけで、討伐したわけではないのだが。まあ、アランの機嫌を損ねるのも面倒なのでそのことは伏せておこう。



「さあ、好きなものを選んでください」


「おう!」


 アランは目を輝かせ、食材を吟味していった。


「オークにワイバーン、ブラックダイルにガーウルフ、ワンハンドレッドシープ、マッスルブルドー……。すげぇな。まるで高級レストランじゃねぇか」


 今アランが挙げたもの以外にも、様々なモンスターの肉塊が石台の上には並べられている。そのどれもが高級食材だ。


 一番希少価値が高いものでワンハンドレッドシープ、次いでワイバーン。ドラゴン系モンスターの中では最も弱いが、滞空能力と飛行速度故に食用可能箇所を残した状態でのハントが難しいのである。


「ワイバーンの塩焼き、決定だな!」


「ユキト君は? なにかリクエストがあれば応じるけれど」


「僕もワイバーンの塩焼きで。滅多に食べられませんから」


「じゃ、決まりだね」




 白煙とともに、火の通った肉のいい香りが大広間に漂ってくる。僕とアランは、既に一献を傾けている。


「流石に、僕の馬鹿舌も慣れてきたみたいですね」


 相も変わらず、顔を(しか)めたくなる後味だが、少しずつ癖になってきているのも事実だった。簡潔に述べるならば「悪くない」というのが僕の感想だ。


 やがて、すっかり広くなってしまった空間――三人だけが囲む長机の上に、三つの丸皿が並べられる。


「お待たせしました、ワイバーン肉の塩焼きです」


 料理を配膳しながら、レインが奇妙な目線を向けてきた。なんだろう? と思っていると、


「ちょっと、名案を思い浮かんでしまいましてね」


 などと言う。


「なんだ、その名案って言うのは」


 ワイバーン肉を頬張りながら問うアランに、レインは長机を二度小突いた。


「この状況ですよ、この状況」


「え?」と僕。


「今、僕たちは食事をしています。つまりはそういうことです。既にチェックメイト、ザクレイは詰んでいるんですよ」


 なるほどな、と僕は得心の表情を浮かべた。

 なにも難しく考える必要などなかったのだ。


「どういうことだよ?」


 僕のことを訝し気に見やるアラン。

 説明を求めるアランに、僕は完結に伝えた。


「人は食事をしなければ死ぬ。空腹に耐えかね、胃の消化液は自身の内臓を蝕んでしまう。なら、僕たちはただ黙ってこうしていればいいんですよ。なるべくアランの体力を温存する形で」


「なるほど、いくら頭のおかしい殺人鬼とはいえ奴も所詮は人間! 物理戦においては分からねーが、耐久戦ともなれば話は別。明らかに不利なのはザックの方ってわけだ!」


「そういうことです。なので、武力でザクレイさん……ザクレイに抵抗し得るアランの体力を温存しながら、僕たちは三位一体を崩さずにいればいい。たったそれだけで良かったんですよ」


 土壇場になってレインが口にした策。それは完璧なものに思えた。この作戦であれば僕たちに敗北はあり得ない。


 厨房は大広間にしかなく、食材はどれも火を通さねば食べられぬものばかり。【火の魔石】で温めようにも限界がある。


 下手を打って食あたりにでもなれば、ザクレイ=【ソノモノ】は身動き一つ取れなくなる。そうなれば、もはやアランの武力に頼るまでも無く僕一人でも拘束できるだろう。


 また、飢餓感というのは実に恐ろしいもので、空腹が限界に近づけば近づくほど、その人物の判断力は失われていくものなのだ。僕たちの食事……ザクレイはいずれ、その香りに耐え兼ねて姿を現すかもしれない。


 ――その時がザクレイ=【ソノモノ】の最後の瞬間。

 この下らない殺戮ゲームの終幕だ。


     ☆     ☆     ☆


「それにしても、気が付けば太陽の煌めき(シャイニング・ライツ)も二人ですか。この島を出た後はどうするんですか?」


 レインが聞くと、アランは「立て直すさ」と自信満々に口にした。


「俺とユキト、二人が居れば充分にやり直せる。武力と知力、冒険者パーティにおいて必要な二大要素は未だ健在だからな」


「ですね」僕も続いた。「こんなことになったのは残念ですが、太陽の煌めき(シャイニング・ライツ)はまだ沈んではいません。日はまた昇るともいいますし」


 ……そう、日はまた昇るのだ。太陽の煌めき(シャイニング・ライツ)はまだまだ終わっちゃあいない。


 これからもっと活躍しよう。もっと多くのモンスターを討伐しよう。そして多くの人を助け、もっともっと名声を上げる。きっとそれが、ここで散ったメンバーたちの弔いにも繋がるはずだ。


「まあ」レインが言う。「お二人には軍資金もありますからね。一人で五億、合計十億の大金。これだけあれば新たなメンバーを集めるのにも難はないでしょう」


「ああ、そうだな」とアラン。


 僕もその言葉に頷きを返した。


「一人で五億、か」


 ぽつねんと発した呟き。

 だが、その呟きは、天より舞い降りた蜘蛛の糸だったらしい。


 この瞬間、アルコールによって靄のかかっていた僕の脳が一瞬にして覚醒する。暗雲が完全に消え失せ、太陽の煌めきが精神世界の全てを照りつけたのだ。


 ――ああ……なんていうことだ。


 そうか、そうだったのか。そういうことだったのか。

 

「どうか――しましたか?」


 レインが不思議そうに首を傾げる。


「少し、一人になりたいな」


「おい」とアラン。「そりゃあ、どういう意味か分かってるのか? 今この場で一人きりになるということはザックの野郎に殺されるかもしれないってことなんだぞ?」


「アラン、少し黙れ」


 僕の言葉に、アランが目を見開いた。


「…………ああ、分かった」


 ところで話は変わるが、僕が敬語を使っているのには、実は大きな意味合いがある。僕は別に、パーティメンバーのみんなを敬っているから敬語を使っていたわけじゃない。


 モンスター戦において指揮を任されていた僕は、言葉使い(・・・・)によって危険度を区切っていたのだ。


 柔らかい物言いの時は危険度が低く、逆に強い物言いの時は危険度が高い。この暗黙の了解を基盤に添え、僕たちは冒険者活動を行っていた。


 そして今、僕はその暗黙の了解――僕たちだけに通じ得るある種の暗号(・・)を使用したのだ。その意味を理解できないほどアランは馬鹿ではない。


 僕は今、アランに警戒信号を発したのだ。

 

 とはいえ、警戒すべき人物などザクレイしかおらず、それは既に周知の事実。今更なにを警戒すればいいのかという疑問が生じるだろう。


 だが、ことこの場においてはその疑問は瞬時に氷解する。


 何故なら、この場には三人の人間しかいないから。


 僕と、アランと、レイン。


 そして僕は、二人にしか通用しない暗号を使用した。

 つまり、僕が暗に「警戒すべきだ」と判断した人物。


 それは、


 レイン・ルクシオン――


 彼以外には、存在しないのである。

!!作者からの大切なお願い!!


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