プロローグ① 追放
「え?」
一つの声が飛ぶ。
その人物は不思議そうな表情で、目をまん丸にして首を傾げる。
その人物に向け大柄な男が横暴な態度で告げる。
もう一度、あの言葉を。
「聞こえなかったのか? 追放だって言ったんだよ。お前は弱いしビビりだし歩くのもトロくせぇ。俺たちは今やAランクパーティになったんだぜ? いつまでも足手纏いを置いておくわけにはいかねーのさ。お前みたいな奴が居たら、周りからナメられんだよ」
「そ、そんな……」
「ほっほっほ」一人の老人が笑う。「そんな……とは、これまた随分と悲観に暮れている様子じゃのう。まさか己が弱さに無自覚だったのか? あまり笑わせないでおくれい」
「そもそも論、弱いクセに対価だけは得ようだなんて虫が良すぎるんだよネー。アンタ寄生虫かなにかですかー?」
少女がいうと、もう一人の少女が追撃した。
「役立たずに用はない。それだけ」
「そういうワケだ。だが、ただの追放じゃねぇ。これから行われるのは、おしおきだ」
大男がいうと、その人物は怯えたように一歩身を引いた。
「なっ、なに? なんだっていうの?」
「顔はやめておけよ」と老人。「あとからタァンマリとその身体を豪遊するんじゃからな」
「言われずもがなだ」
こうして、大男はこれでもかというくらいにその人物を痛めつけた。殴り、蹴り、髪を引っ張り、貸し切りの酒場を引き摺り回した。
体中に青紫の痣を作りながら、その人物は涙を浮かべ、許しを請う。しかし大男も、それを見ているパーティメンバーも。
止めようとする人物は誰一人としていなかった。
唯一不快感を覚えていたのは、活字の海に目を泳がせる一人の男のみ。
しばらく経って暴力行為が止むと、大男はその人物の服を破り始めた。
「クック、前から思っていたが、やっぱり良い体してんじゃねーか」
「い、いや……やめてっ!」
その人物は「助けて」と男に声を投げ掛けたが。
男は「チッ」と舌打ちを返すだけだった。
「おい、お前の口からも言ってやれよ。今までどう思っていたのかってのをよ。なんでもコイツ、お前に気があったらしいからな」
あられもない姿を晒すその人物を見下ろしながら、男は再度舌を打った。心底胸くそが悪い、そう言いたげな侮蔑の表情である。
「役立たず……」
男が言うと、ドッ! と酒場が沸いた。
「だとよ」
大男がそう言って笑うと、その人物はポロポロと涙を流しはじめた。
顔をくしゃくしゃに歪めながら「ううう」と呻き声を発する。
「なに、そう悲観するな。お前の体は俺たちが愛でてやるからよ。これから、タァンマリとな。お前はどうする?」
問われ、男は本を閉じ、溜息混じりに言った。
「年下に興味なんてありませんよ」
☆ ☆ ☆
もう、生きていけない。
私の体は汚されてしまった。
それに、想いを寄せていた人にも「役立たず」と吐き捨てられた。
「……なんのために、今まで頑張ってきたのかなあ」
夜道を歩きながら、その人物はとある一件家の扉を叩いた。
扉から出てきた人物は、ギョッ! と目を丸くする。
「なにがあったんだ!!」
問うや否や。
「ごめん。私もう生きていけない。……どうか、仇を。アイツらを皆殺しにして」
言いながら、その人物は懐から一本のナイフを取り出し、そして。
「やめッ――!!」
制止する声も虚しく。
――ザシュッ!!
「……かふっ!」
石造りの玄関口に、ドクドクと、おびただしい量の血液が流れる。やがて血液は、石造りの床、その一面全てを赤色に染め上げていった。
「一体、なにが……」
その人物はその場で崩れ落ちた。
しばらくは呆けていた。だが、すぐに頭のスイッチを切り替える。
「片付けなきゃ」
アイツらというのがなにを示しているのか、その人物には容易に見当が付いた。
その人物は涙を拭いながら立ち上がり、まずは憲兵を呼んだ。
☆ ☆ ☆
「自殺、ねぇ。理由に心当たりは?」
「ありません」
「なにか思い悩んでいたとか」
「知りません」
「兆候とかなかったわけ?」
「気が付きませんでした」
その人物は、憲兵の質問、その全てに無表情のまま応じていった。彼女を自殺にまで追い詰めたのが何者であるのか、それを決して悟られてはならないからだ。
アイツらは自分の手で確実に殺す。
その人物は、そう強く決意していた。
「ま、状況から見て自殺なのは間違いないしね。辛いとは思うが、あまり気を落とすんじゃないよ。ほら、これでも持って花でも手向けてやりなさい」
そう言って、憲兵は数枚の金貨を寄越して去っていく。その人物は手渡された金貨を強く握り、思いきり床に叩きつけた。
「……アイツらは、確実に殺さなければ」
その人物はこの日初めて知った。
この世の中には、生きていてはいけない人間が存在するのだということを――。