第二十三話 籠城
レインの手料理を食べながら、僕たちは他愛もないことを話していた。
やはり、黙っているよりかはマシだったから。話題の主役は太陽の煌めきだった。いかにして成り上がったのかを、アランが自慢気に語る。
「剣の腕だけが俺の取柄だったからな。接近戦は全て俺がやればいい。そう思って、残りのメンバー全員を後方支援役にしたんだ。そうしたらこの戦略がハマってな。とはいえ途中で限界が来たもんだから、俺の次に剣術の得意なユキトを魔法剣士に転職させたわけだが」
「なるほど」
得心した様子でレインが相槌を打つ。
「確かに、体力自慢一人だけが接近戦を熟せば、後方支援役は無駄な消耗を抑えることができる。攻防一体、アラン様は一人で攻撃と防御の役割を担っていたわけだ」
「そういうことだ。俺じゃなきゃ務まらなかったろうな」
言いながら、アランは丸太のような腕を見せ付ける。浅く焼けた肌に幾筋もの戦傷。漢の勲章だと、例の白い歯を覗かせた。
やがて、昼食を終えた僕たちだが。
皿の上には、まだいくつかの食材が残されていた。
「やっぱり僕じゃ――」
自虐しそうになるレインを制止し、僕は首を横に振る。
「ちゃんと美味しいですよ。でも、食欲が湧かないってだけです」
「あんなもん見ちまえば、そりゃあな。お前だって残してるじゃねーか」
言いながら、アランがレインの皿の上を指差す。
「えぇ、まあ……」
アレを見ていないとはいえ、色濃い血液の匂いは充満していた。僕たちよりはショックが軽いであろうアリスですら食欲が失せている様子だ。
「勿体ないですが、これらは処分しますね。夕食は……その時の気分で決めましょうか」
「俺は酒だけでいいや、今日はな」
「私は保留」
僕とレインもアリスの意見に続いた。
「で、これからどうします?」
やることが無くなってしまった、というのが本音だ。今から屋敷の探索を行ったところで無意味だし、外に出てたところで、どうせ船が通りかかるわけでもない。
ここで四人、呆けているしかないのだろうか?
そんなふうに考えていた時、ガシャンッ! と皿の割れる音が。レインが、皿を落とした状態のまま固まっていたのだ。
「どうしました?」
問いつつ、レインの視線の先に目を向けて、
そして僕は絶句した。
「……」
嘘、だろ。
「あ、あぁ……」
一歩、二歩と後退し、アリスがどん、とアランに衝突する。そんなアリスを受け止めつつ、アランも驚愕の表情を浮かべていた。
「なんなんだよ、これ」
「嫌」アリスが言った。「もう嫌ぁあッ!!」
「ああ、くそうっ!」
叫びながら、レインが例の出っ張り部分を殴りつけた。
この屋敷にやって来てから数日。レインが初めて見せた激情。
――そこには、あの藁人形が磔にされていた。
☆ ☆ ☆
「単刀直入に聞きます。ユキト君は誰を疑っていますか?」
とうとう始まってしまった。
無意味で無価値で、そしてなにより、僕が一番したくなかったこと。レインは、犯人を突き止めるべく会議を行うと言い出したのだった。
「では、僕も単刀直入に」
こうなってしまっては仕方がない。嘘偽りを述べても話がややこしくなるだけだ。だから僕は告げた。一番疑っている人物、その者の名前を。
「レイン・ルクシオン」
「……は?」
「僕が、いま一番疑っている人物の名前ですよ」
正気か、と横からアラン。
噓でしょ? とアリス。
だが、これは嘘でもなんでもない。
僕が一番疑っているのはレインで違いない。
「聞かせて貰えるかな、どうしてそう思うのかを」
「簡単ですよ」僕は言った。「貴方が、僕たちをここへ招き入れた」
「それだけか?」
アランの問いに僕は頷いた。
「アランとアリスには動機がない。少なくとも僕には思い付かない。金塊の独り占めというのもこれだけの大事をしでかすには弱い気がしましてね。……しかし貴方は違う。なんらかの理由で僕たちを憎んでいた……その可能性がゼロじゃない。
とはいえ、これは疑いと呼ぶには弱すぎる感情です。ほんの僅かな気掛かり、その程度のもの。なんたって、この場の全員に確固たるアリバイがあるんですから」
そうだね、とレインが笑う。
そんなレインに、今度は僕が同じ質問を投げ掛けた。
すると。
「面白いよね、本当。似たような感情、似たような理由……。ユキト君、僕が一番疑っているのはね、君なんだよ」
僕はふっ、と自嘲気味に笑った。
「一応、理由を聞いてもいいですか?」
もちろん、とレイン。
「君が一番クレバーだからさ。僕は僕が犯人でないことを知っている。となれば、疑いは必然的に君に向けられる。
太陽の煌めきの面々で一番頭が回る人物、それはユキト君だからね。僕たちの予想もつかないような奇想天外な発想。それを駆使してこのような状況を作り出した――僕と同じく、君にもこれを否定する材料はないはずだ」
「やめましょう」
僕が言うと、レインは「すまなかった」と非礼を詫びた。
「全員にアリバイがあるんだから、こんなことは無意味だった。時間の無駄だ」
「アラン」
アリスがすっと立ち上がった。
「ん? なんだ?」
「食事の時、私のこと迎えに来てね」
「は?」
言うなり、アリスはいきなり大広間を去ろうとする。
「ちょっ! どうしたんですか!」
レインが驚いたように言うと、アリスは「離せッ!」と口調を荒げた。
「私、たった今決めた。もう誰も信じない。レインもユキトも信じない! もちろんアランもね。でも、アランは一番腕が立つ。だからボディーガードとしては最適でしょ」
「まさか、閉じ籠るつもりかい?」
僕が聞くと、アリスは「うん」と断言した。
「帰りの船が来るまで私は部屋を出ない。食事もトイレもギリギリまで我慢する。私が今信じられるのは自分だけだから。そういうことなんで、サヨナラ」
一方的に捲し立て、アリスは自室へと向かっていった。
「はあ、参ったな。出来れば一人きりにはしたくないんだけど」
「でもよ、アイツの言い分も一理あるぜ。魔法が使えない以上、あの扉をこじ開けるってなったら相当の力が必要だ。破壊しようとすれば必ずデケェ音が立つ。外から鉄格子を外すのは不可能だしな」
「仮にユキト君なら、あの堅牢なる城門をどう突破する?」
今度は疑いの言葉ではない。
軽い思考ゲームのつもりなのだろう。
僕は数秒考えるフリをしてから、
「降参です。なにも思い付かない」
両手を上げ、言葉通り、降参の意を表明してみせた。




