第二十一話 激震
その日の夜、僕たちは時計回りの順番で眠っていった。
僕の次にアラン、その次にレイン、次いでザクレイさん、アリスという順番だ。
一人三時間の睡眠は短く感じられたが、永眠と短眠を天秤にかけてみれば、選択肢は一つに絞られるだろう。
完全なる自衛策。
常に四人が起きている状況が出来あがっている以上、どんな手段を用いても殺人行為を犯すことは出来ないはずだ。それこそ、魔法でも使わない限りは。
そして翌日。
僕たちは前日と同じように朝食を摂り、再度外へと繰り出した。やはり炎は消えていたので、これまた僕・レイン・アリスとザクレイさん・アランのチームに別れ、火起こしを。
ちなみに例の藁人形は、
「こいつも燃料にしちまおうぜ、忌々しい」
というアランの言葉によって燃料と化した。
いい気味だ、と。
みんな、心のどこかでそう思ったに違いない。
「それにしても、本当に船一つ通りかからないんですね」
僕の言葉にレインは遠方を見やりながら、
「そういう場所を選んだからね」
そう呟いた。
少し気が引けたが、僕は思い切って訪ねてみた。
「レインさん、もしかして、なにか持病でもあるんですか?」
「……どうしてそう思うんだい?」
僕はレインの言葉の一つに引っ掛かっていた。
ここは自分とザクレイさんの墓場。レインはそう言っていたが。それにしては、レインは若すぎる。
「アリスと同い年くらいかな。せいぜい僕の三~四個下でしょう、レインさん。それにしては随分と悲観的だなあと思いまして」
「持病はないよ」レインはキッパリと言う。「ただ、ここには一人の人間が眠っている」
「差し支えなければ、聞いても?」
いいよと微笑み、レインは語った。
「ここにはね、僕たちの母が眠っているんだ。遺体は酷く損壊していたから、骨しか受け取れなかった。……妹伝手に母の遺言を聞いてね。奇麗な海が見える場所、そこに埋葬して欲しいと」
「なるほど。それでこの場所を選んだということですか」
「そ。【聖母の慈愛】だなんて、中々に洒落ているだろう?」
「ええ。かなりセンスがいい」
僕たちが喋っている間、アリスは一生懸命な面持ちで木枝を集めていた。例のおまじない、信じていないなどとは言っていたが、今はそれに縋るしかないのだろう。
「僕たちも、口より手を動かそうか」
「そうですね」
☆ ☆ ☆
二回目になっても、この豪炎には恐怖心を覚える。レインの言った通り、こんな怪物に迫られようものなら一溜まりもないだろう。
「ああ、誰か見付けてくれないかなあ」
僕は数日前の光景に思いを馳せ、それは無理だろうなと思案した。
夕陽に溶け入る海原は美しいことこの上なかったが。
あそこから伺えたのは水平線だけ。他には、ほんの僅かな大地の凹凸。
肉眼ではただの突起にしか見えないくらいに、僕たちの住んでいた王都と、この小島とは遠く離れているのだ。どんなに高い煙を上げようとも――それこそ森を焼き払おうとも。
ここに助けが来るとは到底思えなかった。
きっと、アリスもそれは理解している。理解してしまっているからこそ、願望が口を突いて出たのだろうと思う。願望とは、叶わないほどに口にしたくなるものだから。
冒険者を始めたての頃の僕がそうだった。
どうせAランクパーティになんてなれやしない。そう心の中で決め付けていたからこそ、毎日のようにAランクパーティへの羨望を口にしていたのだ。
まさか、ドラゴンを退けたことによってSランクにまで昇級するとは。当時の僕に語ろうものなら、鼻で笑われて終わりだろうな。
「そろそろ戻りましょうか」
ザクレイさんが、前日と同じ言葉を口にする。
「いざという時に備え、腹ごしらえは欠かせませんからな」
「そうだな。とっとと戻ろうぜ」
☆ ☆ ☆
「おやおや、これは困りましたな」
大広間に付属するキッチンにて、ザクレイさんが眉を顰めた。
「どうかした?」
「少々、食材が不足しているようです」
ザクレイさんが言うとレインは大袈裟に驚いて見せた。
「お客人の前で、とんだ恥晒しじゃあないか」
「申し訳ございません、レイン坊ちゃま」
「まぁまぁ」僕は二人を執り成した。「別に急ぎの用でもないんですから、食糧庫……じゃなくて、9番の部屋から持ってくればいいじゃないですか」
「ユキト君、これはそういう問題じゃ……」
「いいじゃない」とアリスが割って入る。「私も、今すぐ食べなきゃ死ぬ! ってワケでもないし」
そしてアランは。
「無駄に騒ぎ立てるんじゃねーよ、下らないことで」
言葉使いこそ悪いものの、機嫌を損ねた様子ではなかった。僕はホッと胸を撫で下ろす。
アランは空腹が続くと、やや暴力的な一面を覗かせることがあるからだ。
「見苦しいところを見せてしまいましたね。申し訳ない。……ザクレイ、すぐに9番の部屋に向かいなさい。そうだな、今日は魚料理なんかがいいかもしれない」
どうですか?
そう言いながら、レインは僕らを見回した。
「そいつはいい。ついでに酒も頼むぜ、最上級のをな!」
「ええ。心得ておりますとも、アラン様」
一礼し、ザクレイさんは大広間から去っていった。
☆ ☆ ☆
嫌な汗が頬を伝う。
異様なまでの圧迫感と緊迫感が僕らに圧し掛かる。
「ザクレイのやつ、なにをしているんだ」
レインにしては乱暴な口使いと態度。
かなり苛立っている様子だ。
「流石に限界です。僕、様子を見てきますね」
ザクレイさんが去ってから十分が経過した辺りで、僕たちは一度会話を交えた。「少し遅いね」といった内容だ。だが、その時はまだ軽いジョークを交える余裕があった。
しかし、今ではそんな余裕も失われている。
なぜなら、ザクレイさんが去ってから既に三十分以上が経過しているのだから。
「俺も行くぜ」
そう言ってアランが立ち上がったが。
僕は首を横に振った。
「レインさん、お供は貴方にお願いしたい」
アランは腕利きだ。もしもなにかあった場合、アリスを護れるのは彼だけ。
アリスの精神の弱さを考慮すると、二人を引き剥がす訳にはいかなかった。レインもそれを察してか「僕もそう思っていたところさ」と、重そうに腰を上げたのだった。
かくして僕たちは、二人で9番の大部屋に続く中廊下を歩いていった。
「開けるよ、ユキト君」
「はい」
僕たちは二人で両開きの扉を押し開けた。
そして、視界に飛び込んできた光景を目に。
二人は驚愕の声を発したのだった。
「おい、ザクレイ」
言いながら、ガクリと崩れ落ちるレイン。
かくいう僕も、全身が脱力し、地面に尻を打ったのだった。
そこにはザクレイさんがいた。
仰向けの姿勢で倒れ伏し、双眼はカッと見開かれている。
白髭は鮮血で染まり、胸元を起点に大量の液体が床一面に広まっていた。
これまた、心臓を一突きといったところだろう。
ザクレイさんの胸元には、まるでトーテムポールのように、一本の剣が突き立てられている。
その剣は間違いなく太陽の煌めきのリーダー、アラン・エドガーの所持品。
銀色に光り煌めく、アイアンブレードそのものだった。




