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十字架屋敷の殺人  作者: 藤村
第四章 謎編④
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第二十話 違和感

 重苦しい雰囲気が僕たちに纏わりついていた。まるで目に見えない死神が空中を旋回しているかのような居心地の悪さ、そして恐怖心。


「流石に頭が痛くなってきたよ」


 レインは額に手を当てながら薄く笑った。


 人間というのは、ストレスが一定のラインを超えると感情と表情に乖離が発生する。


 今のレインはその状態にあるらしかった。もしかしたら僕もそうなっているかもしれない。


「アリスは?」


 問うと、ザクレイさんはそっと身を引いた。

 

 二人掛け用のソファをベッド代わりに、彼女はすやすやと寝息を立てていた。疲労が限界を迎えたのだろう。


「今はこのままにしておいてあげましょう。こういう状況でなければ、アリスは安心して眠れないでしょうから」


 異論は飛んでこなかった。

 

 互いに互いを監視している。この状況が最も安全であるという事実に変わりはないからだ。

 

 とはいえ、この藁人形はその状況下で出現したというのだから困りものである。


「さて、君はどう道筋を立てる?」


 問われ、僕は逡巡した。正確にはするフリ(・・)だが。僕の中ではもう結論は出ているのだ。だって、それ以外に可能性が皆無だから。


「第三者、僕たちの知らない何者かがこの小島には潜んでいる」


 言いながら、僕は右手を宙に掲げて見せた。

 だがやはり魔法は発動できない。反魔法力場の効力は健在だ。


「同感。と言いたいところだけど、僕としてはどうにも頷き難い。気持ちは分かるだろう?」


 僕は頷きを返した。

 

 長年住んでいた自宅に、実は見も知らぬ人物が同居していましただなんて言われても「はいそうですか」と受け入れられる人間はいないだろうから。


「いっそのこと森ごと全部焼き払っちまうってのはどうだ?」


「それは勘弁願いたいですね」とレイン。「一応、ここの森は新鮮な空気を生み出してくれているからね。それに、この島の森は、屋敷の北棟に浸食しつつある」


 北棟というのは、十字架屋敷の上の部分を差す。7~9の部屋がある部分だ。


 1~3ユキト・ジョン・アランの部屋がある部分が西棟、4~6ユキ・アディ・アリスの部屋がある部分が東棟だ。そして入口の廊下方面を南棟と呼んでいるらしい。


 レインは続ける。


「森に火を放てば、流石に誰かが気付いてくれる……とは思いたいけど、それでも即座に助けが来るとは限らない。それに、最悪の場合この屋敷どころか島もろとも全焼ですよ。反魔法力場が形成されている現状、炎に迫られたら、僕たちに抗う術はありません」


「ぐぬう、確かにそうだな」


 つまり、最善策は現状維持ということだ。

 余計な手を打てば犯人もろとも全滅しかねない。

 最悪(・・)の場合はそれもありかもしれないけれど。


「考え事もほどほどに。先も申した通り、腹が減っては戦もままなりませんからな」


 促され、僕たちは頷いた。




「随分と寂しくなりましたな」


 五人、それでもそこそこの人数だ。だが、八人で食卓を囲んだ経験が、今の景色にもの悲しさを植え付けていた。どこか寂しく切ない、そんな気持ちにさせられるのだ。


「とにかく、今は食おうぜ」


「そうですね」


 僕は食事を口に運びながら、ちらりとアリスの方を見やった。癖のついた瑠璃色の髪が、あわや、口の中に届きそうにある。眠気まなこのアリスに変わり、僕はその髪をそっと梳いた。


「髪の毛は美味しくないだろう?」


「ん、アリガト」


 元気のない掠れ声。

 やはりまだ疲れが抜けていないのだろう。


「ところでザクレイさん」


「はい、なんでしょう?」


「ザクレイさんは、店を構えるつもりはないんですか?」


 この薄暗い陰気をどうにかして払いたかった僕は、他愛のない話題を口に出した。適当なことでもいいので会話を交えていたかったのだ。少なくとも、静寂であるよりかはずっといい。


「今のところ、そのような考えはありませんな」


「意外。こんなに美味しいのに」


 アリスも僕と同じ気持ちなのだろう。やや食い気味に会話に混ざってくれた。


「ザクレイも年だからね。立ち仕事でもキツいだろうさ」とレイン。


「そもそも、馬鹿みたいに大金を持っているんだ。店開きなんざ必要ねーだろうよ」


「確、かにそうですね」


 うん? なんだ、今のは。


「どうかしたかい? ユキト君」


「え?」


「いや、一瞬言葉が詰まったものだから。食べ物、喉に詰まらせたりしていない?」


「ああ、大丈夫ですよ。ちょっと咽ただけですから」


「それなら良かった」


 そう言って微笑むレインを前に、僕の意識はどこか遠くへと飛んでいく。


 一瞬、なにか引っ掛かりを覚えた。今の感覚はなんだろう。

 思い返してみれば、僕は似たような感覚を前にも抱いた。あれは……、そう。確か僕が【ユキ自殺説】を提唱した後のことだ。


 ジョンが全てを白状し、その後、僕は自室のベッドに横たわり物思いに耽っていた。その時にも今と同様、奇妙な違和感を抱いたのだ。


 生存本能、その一種なのだろうか。

 

 今、僕の全細胞がなにかを知らせようと電気信号を発しているのかもしれない。


 なんだろう。僕はなにに引っ掛かっている?

 なにが気に掛かっているんだ?


「……」


 僕は視線をテーブルに落としたまま思慮に耽る。

 

 これはなんらかのヒント。無意識化の自分がなにかを訴えかけている。そんな確信があった。


 見逃してはならない。

 お前は今、ある矛盾点(・・・)に気が付いたはずだ。だが、お前はそれを見落としている。


 なぜ分からない、お前らしくもない。まさか恐れているのか? 本当に死神だなんて存在が、今か今かとお前たちの隙を伺いながら空中を旋回しているとでも思っているのか?


 考えろ。考え続けろ。

 その思考を途切らせてはならない。

 分かるか? お前たちはいま窮地に立たされているんだぞ?


 ここで答えに辿り着けなければ――。

 断言してやる。お前に待つ未来は。


 ――死だ。


 深層意識の自分に、そう言われているかのような感覚を抱いていた。そんな僕を、アリスが現実に引き戻す。


「ユキト! ユキトッ!!」


「ん……、あっ」


 顔を上げると、安堵の表情を浮かべる面々の顔があった。


「ユキト君、これ以上驚かせないでおくれよ。僕も限界が近いんだ」


「全くだぜ」とアラン。「ビビらせんなよな」


「少し休まれてはどうですかな?」


 ザクレイさんの言葉にアリスも追従した。


「私は結構眠れたし、次はユキトの番。みんな交代交代で寝よ?」


 どうやらそうした方が良さそうだな。自分で思っているよりも疲労が蓄積されているらしいから。


「すみません、少し休ませてもらいますね」


 そう言って、僕は二人掛けのソファに横たわり、目を閉じた。

 

 やはり疲労は深かったようで。

 僕の意識はあっという間に、まるで暗黒へと吸い込まれるように消失していった。

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