第十五話 瓦解
昼食がてら、全員が集結する。
僕の両隣にレインとアラン。向かい側のソファにはアリスが腰を掛け、その両隣にはアディとザクレイさんの姿がある。
奇妙な雰囲気を感じ取ってか、既にオドオドとした様子のアリスであるから、二人にならば安心して任せられるだろうという僕の采配だ。
「ちょっと、なんなのよ」
アリスが不安そうな顔で言う。
冒険者をやっていた時には気付かったが、アリスは案外臆病者なのだな。モンスター相手には意気揚々といった様子だったが、どうやらこういうシリアスな展開には弱いらしい。
「単刀直入に言います。ジョンは自殺ではありません。彼は……何者かに殺害されたのです」
「根拠は?」
上目使いに睨みを利かせるのはアディだ。
根拠もなくアリスを脅かすのならば許さない、そう言外に含んでいるのだ。
「三階の落下防止柵に何か、擦れたような痕跡が見付かりました」
「だからなんだっていうのよ」とアリス。
「いいかい、アリス。思い出してごらん? 昨夜、僕たちは大きな音を耳にして部屋を出ているんだ。真っ先に大広間に到着したのは僕とアランだった。ここまでは分かる?」
「う、うん……」
「そして僕は、そのあとにアディに引っ付いたアリスがやって来るのを目撃している。最後にやってきたのはザクレイさんとレインだ。二人一組での行動、だからこそ全員にアリバイがある。僕はそう考えてジョン自殺説を提唱した」
だが、あの痕跡はそれを根底からひっくり返してしまった。
「時間的に考えれば、犯人がジョンを突き落し、自室に誰にも目撃されずに戻るのには相当な無理があった。しかし、長い紐状のもの……例えばそう、ロープのようなものを用いて三階から直下したなら。……僕たちが大広間に到着するよりも前に、自分の部屋に戻ることができる」
「でも!」
「つまりね、アリス」
僕は遮るように口を挟み、結論を述べた。
「あの痕跡が見つかってしまった時点で、昨夜の全員のアリバイが瓦解してしまったんだ。文字通り、バラバラにね」
「そ、んな……」
アリスはアディに身を寄せた。
そして弱々しい声で「もう嫌だ」と呟くのだった。
☆ ☆ ☆
「ねぇユキト。あなた、殺人の可能性に気が付いていながら、そのことをわざと黙っていましたね?」
昼食を終えた後、僕はアディの部屋に呼び出された。実を言うと、アディもだいぶ弱っているらしく、少し精神的な休息を取りたいとのことだった。
とはいえ一人でいるのも心細い。そんなわけで僕が選ばれたらしい。「ユキトとの会話にはストレスがありませんから」というのが彼女の論だ。
「まあね」
「でしたら、なぜあの段階で言及なさらなかったの?」
あの段階。
つまり、ジョン自殺説を提唱した時のことを差指している。
「少しでも安らかな時間を提供したかった、というのは建前だね。僕自身がその可能性から目を背けたかったんだ。そうであってほしくないという願いが先立って、それで言い出せなかった」
ごめん。
そう言うと「別に怒ってはいないわ」とアディ。
「むしろユキトの思惑通りに事が進みましたから。短い時間ではあったけれど、殺人ではなかったという錯覚は、精神安定剤として効果覿面でしたもの」
言いながら、アディは旅袋の中から一個の長瓶を取り出した。魔力ポーションだ。
「この姿を維持するのも楽じゃないのよ。常時魔力を持っていかれますから」
アディは、何故かこの十五歳の姿を変えようとはしない。随分と前その理由について尋ねたことがあったけれど「女性にそういう質問をするな」と怒られたのを覚えている。
まあ、男性である僕だって、可能であるならばずっと若いままの姿でいたいとは思うけどね。
「はぁ、相も変わらずの不味さですね、これは」
「仕方がないよ。良薬は口に苦しって言うじゃない」
僕が言うと、アディは「ふん」と鼻を鳴らした。
「医学的な観点から言えば……魔力ポーションは薬ではありませんよ。本来ならば自然治癒するものを強引に回復させている。体組織を活性化させることによってね。こんなもの、ただの劇物です」
「物騒な物言いだね?」
だが、アディの言ったことは正しい。
本来、魔力とは休息によって回復するものだ。瞑想などによってその回復スピードを上昇させることも出来るが。
でも、冒険者をやっていれば、自然治癒では間に合わないだなんて場面は山のようにやってくる。そんな時に重宝するのがこの劇物、魔力ポーションなのだ。
一瓶飲み干すだけで全身に魔力が漲ってくる。そんな夢のようなアイテム。とはいえ、アディが手にしているそれは最下級のもので、体に掛かる負担も小さいけれど。
上級ポーションともなれば、回復の速度と量は上昇するが、時間の経過につれて猛烈な倦怠感に襲われるのだ。酷いときには発熱の症状まで伴う。
「物騒もなにも、ただの真実ですよ」
アディは立ち上がって、口元を拭った。
「気分は晴れた?」
「ええ。少しだけ」
「それは光栄です、薔薇姫様」
おどけた様子で言うと、
「その呼び方やめて」
アディは忌々しげな表情を貼り付けながら、取っ手に手を掛けた。




