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十字架屋敷の殺人  作者: 藤村
第三章 謎編③
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第十四話 痕跡

 自殺、というのが僕の導き出した最終的な結論だった。

 

 頭の中で、何度もあの時の状況を再現してみた。


 しかしどう足掻いてもジョンを殺害できた人物はいないのだ。大きな音が響き、その後で僕たちが大広間に会した。


 この島内においては魔法を扱うことも不可能で、故に、物理的な手段でしか命を断つことは出来なくなっている。つまり、ジョンは昨夜、一人で行動していたのだ。


 何を思ったのかは知らない。

 だが、ジョンは一人で部屋を出て、それから廊下を通って大広間へとやってきた。


 そして階段を一つ、あるいは二つ上り、絵画を見眺めたかもしれないし、そうしなかったかもしれない。


 いずれにせよ――。

 そのまま、あの高い所から、自らの意志で身を投じたのだ。このミスリル鉱石製の地面を目掛けて。


 二階部分にせよ三階部分にせよ。

 

 あの高さから、こんな硬度の高い物体に落下したらどうなるか? 想像できない人間はいないだろう。


「どう考えても自殺以外にはあり得ません」


 僕が言うと、アリスがしくしくと泣き出した。


「もしかして私のせい? 私があんな、咎めるような態度を取ったから? それでジョンは責任を感じて、だから償いの意味を込めて……こんな選択を?」


「あり得ないな」


 断じたのはアラン。

 無論、僕もそれに追従する。


「ジョンはそんな性格ではない。ちょっとやそっと小突かれた程度で死を選ぶような真似はせんよ」


「ええ。ジョンは確かにひょうきんで考えの足りない部分がありましたが、何かに思いつめるような素振りを見せたことは一度もなかった。アリス、あまり自分を責めてはいけないよ? きっと、僕たちにも思い至らない何らかの理由があったんだと思う」


 思えば、ジョンも相応の年齢。

 持病を抱えていたとしても不思議ではない。


 そんな折、パーティメンバーの一人、ユキが不幸な事故で亡くなった。もしかしたら例のイタズラも一世一代、最期の灯だったのかもしれない。

 

 実に下らないイタズラ、稚拙な行為。だが、それは確かにジョンという人物像にはぴったりと当て嵌まるものでもあった。


 実にジョンらしい最期じゃないかと。そんなふうに、つい吹き出してしまうような。ひょっとしたら、ジョンはそんな僕たちの姿を思い浮かべていたのかもしれないな。


「ユキト君は頭が回るんだね」レインが言った。「君の紡ぐ言葉、その全てに矛盾が無い。一本一本綿密に積み重ねられた推理には強固な説得力がある」


「それはどうも」


 言いつつ、僕はある一点だけを伏せていた。実はまだ、もう一つだけ残された可能性がある。それを確かめるまでは、ジョンの死が自殺であると断定することは出来ないのだ。


     ☆     ☆     ☆


 アランは、アリスとアディを引き連れ外出した。なんでも、枯れ木の類を集めて火を焚くのだという。一刻も早く何者かに見付けてもらいたい、そしてその可能性を少しでも上げたい。それがアランの考えだった。


「分かりました。ですが僕は同行できません」


「それは何故です?」


 アディの冷淡な声に、僕は素直に胸中を明かした。

 ただし半分だけ。


「絵を見たいんです。もう一度、屋敷に飾られた絵を全部見ておきたい」


「相変わらずね」


 アリスは呆れた様子で頬を膨らませた。


「まあいいじゃねぇか。焚火なんざ三人も居れば十分だろ」


 かくして、彼らは屋敷を出て行ったのだった。

 そして僕はさっそく、二階へと足取りを向けた。




「緻密で繊細な筆使い。まるで硝子細工を扱うような丁重なタッチ。対して、力強く屈強な世界観――見る者を吸いつけるよう、計算通りに歪められた(・・・・・)背景、建造物との共存。奏でられるは不協和音、しかし、そこには決して不快感などは存在せず。むしろ、心が浄化されていくかのような確たる快感が存在している」


 どうすればこんな絵が描けるんでしょうね?

 そう問いかけた僕に、ザクレイさん「はて?」と首を傾げる。


「むしろ、そんな感想がすらすらと口を突いて出るユキト様に驚きましたが」


「彼の絵には癖があるんですよ。それは例えるならば、当事者の間でのみ完結してしまった不幸中の幸い、とでも言いましょうか」


「フム」


 僕は落下防止柵に両肘をつき、下を見やる。

 すると、ソファに腰をかけゆったりと(くつろ)いでいるレインの姿が伺えた。


 早朝、ジョンの死体は、ジョンの部屋――2の部屋のダブル式ベッドへと運ばれた。


 その後、ザクレイさんの手によって血溜まりは奇麗に清掃されたのだ。そうでなければ、今頃はレインも、なにかと理由を付けて外に逃げ出していただろう。


 僕はレインを見下ろしながら続けた。


「どんなに不幸な結末に見えても、二人にとっては人生最大の幸福なんです。しかし我々の目からはそうは見えない。どこからどう見てもそれはバッドエンドでしかない。書き手と鑑賞者の間には大きな隔たりがあって、決してそれを乗り越えることは叶わない」


「……だから、彼の絵は嫌われている」


「知っていたんですか。でしたら無用な語りでしたね」


「いえ、興味深い見解でしたよ。特に『当事者の間でのみ完結してしまった不幸中の幸い』という言葉には興味を惹かれました。今まで言語化できなかった私の感覚、ユキト様はそれを引き摺り出して下さいました」


「ザクレイさんも僕と同じ感想を持っていたと?」


 ザクレイさんはしばし思案し、ゆっくりと首を振った。


「同じではありませんな。似ている、というのが正しい表現でしょう」


「そうですか」


 言いながら、僕は回廊を一周した。

 しかし目当てのものは見付けられなかった。




 僕がそれを見付けたのは一つ上の階でのことだった。

 つまりは、三階の回廊部分。


「……なるほど」


 それ(・・)を目にしたことによって、僕の中で、疑惑は確信へと転じた。


 僕はその場に立ち、正面に目を向けてみる。

 それから、そのまま垂直を保った状態で、下方へと視線を移す。


「ふうん、なるほどね」


 十字架とは、言うなれば交差する二本の線でしかない。


 この屋敷は、中心部分(ロビー)が四角い形状をしており、そこを中心に四本の線が東西南北、計四本伸びている形だ。だから、見た目通りの十字架の形状をしている。


 僕が立っているのは、軸木――縦木の部分。つまり、大広間で例えるならば、中心部分である。縦木が一直線に貫くこの中心部分の数は、一階、二階、三階と計三ヶ所の計算になるのだが。


 三階部分の中心部、その落下防止柵に、何かが斜めに擦れた(・・・・・・・・)ような形跡が見受けられたのだった。


「これはどういうことですか、ユキト様。もしや貴方は、ずっとこれを探しておられたのですか!?」


「まあ、そうですね。出来ればこんなもの、見付けたくはありませんでしたが」


 僕はその形跡に触れ、そして確信した。

 これは何か、紐状のものが擦れた痕跡だ。


 昨日のジョンの死は自殺ではなく他殺である。

 この痕跡は、それを決定的に裏付けていた。


     ☆     ☆     ☆


 昨夜、【ソノモノ】は何らかの理由を付けてジョンを呼び出し、共に三階の回廊へと向かった。そして、ジョンを突き当りへと誘導し、突き落とし、殺害したのだ。


 その後【ソノモノ】は長い紐状のものを取り出して、それを(おそらくは滑車のように)使用して一階ロビーへと降り立ち、急いで自分の部屋へと戻った。


 その際、ロープの痕跡が残ることは容易に想定できることだっただろう。だから、それが見付かった時のことを考えて……この場所(中心部分)から一階へと降りたのだ。


 もしもこの痕跡が左右どちらかに寄っていた場合、【ソノモノ】がどこの部屋の住人なのかを推測することが出来てしまう。ユキが死亡し、ジョンも死亡。


 この痕跡が左側(西側)にあったなら【ソノモノ】の部屋は1・2・3番のいずれかだということになる。そして犯人が僕でないことは他の誰でもない僕が理解しており、2番の部屋の住人は死亡。


 この時点で、100%とまでは言えないが、疑いの目線は3番の部屋の利用者、つまりはアランへと向けられることになる。逆もまた然りだ。


 この痕跡が右側(東側)にあった場合は【ソノモノ】の使用する部屋は4・5・6番のいずれかだという事になる。理由は単純で、その方が一刻も早く自室へと戻れるからだ。


 そして、もしも【ソノモノ】の部屋が4・5・6番であるならば、疑いを向けられるのは間違いなくアディだったろう。5番の部屋の住人であるユキは死亡し、アリスは精神的に不安定。ともすれば、最も怪しいのはアディだからだ。


 アリスの面倒を見る余裕があったのも、アディが犯人だったから、と仮定付けるのであれば説明が可能になってしまう。


 しかし現実はそうではない。ロープの跡は中心部分にある。ここから直下すれば、ザクレイさんとレイン、二人の部屋にも最短で移動できるだろう。

 

 つまり、【ソノモノ】はザクレイさんとアランをも容疑者の中に入れてしまいたかったのだ。


 もしくは――。


 この二人を容疑者に入れたいということは、犯人はザクレイさんとレインではないのだと、そう思わせる為の策謀の可能性すら出てくる。


「ザクレイさん」僕は言った。「もう一度、全員で話し合う必要がありそうです」


 神妙な面持ちのザクレイさんから、


「そのようですな」


 そんな声が返ってきた。

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