第十三話 不可能犯罪
蝋燭時計に灯された薄火だけが、長机を取り囲む僕らを照らしていた。
すー、すー、と規則的な寝息を立てているのはアリスとアディ。他の六人は誰一人として横になっていない。柔らかなソファに腰かけ、ただただ静かに佇んでいた。
僕は俯きながら、数時間前の状況を整理する。
数時間前、僕は、自室のダブルベッドに横たわって物思いに耽っていた。僕の推理という体の願望は、ジョンの自白により真実であると立証された。
つまり、ユキは事故死だった。
それを裏付ける物的証拠も見つかった。
それがあの手紙だ。あれを書いたのがユキ本人ならば、あの場にいた誰とも筆跡が一致しないのは当然のことだったから。
だというのに、次はジョンが死んでしまった。
あの時、大きな音に驚いた僕はダブルベッドから飛び起き、部屋を出た。
隣室、2番の部屋にはジョンがいるはずだが、ジョンは顔を出さなかった。その代わりに二つ隣、3番の部屋から、アランが僕と同じように姿を現した。
僕たちは顔を見合わせ、慎重に廊下を進む。そして大広間に出た時。左手側の奥間、四角形で例えるところの右上部分でそれを見つけたんだ。
遠くまで飛び散った血の跡、そして海のような血の溜まり場。あまりにも凄惨な光景だった。アランが即座に隠してくれなければ、後からやってきたアリスたちはそれを直接視界に捉え、大きなショックを受けただろう。
そして、最後にやって来たのがレインとザクレイさん――。
「……あり得ない」
僕は誰にも聞こえないくらいの声で、ぽつねんと呟いた。
他殺の線は皆無だ。
僕とアラン、アディとアリス、ザクレイさんとレイン。
必ず二人一組になっている。それに、僕たちはあの大きな音を耳にした後に動き出しているんだ。要するに、もしもこれが他殺だとするならば。
僕たちの知らない第三者がこの屋敷に潜んでいなければならない、ということになる。
「まさか」
僕は立ち上がり、ゆらりと歩き出した。
「どこへ行くのですか?」
咎めるような声。
ザクレイさんだ。
「少し気に掛かることがあって。すぐ戻ってきますが、怪しいと思うなら同行しても構いませんよ?」
「では、そうさせてもらいますかな。レイン坊ちゃま、少々失礼」
「ああ、構わないよ」
レインは僕を、それからザクレイさんを見やり、言った。
「くれぐれも気を付けて」
☆ ☆ ☆
「ここは、ユキ様の部屋ではありませんか」
そう。
僕は今、ユキの部屋の前に立っている。
「鍵は開いたままですよね?」
「ええ、まあ。身だしなみを整えてあげたいという御二方――アディ様とアリス様の申し出がありましてね。我々としても【氷の魔石】の効果が切れる度に取り変えねばなりませんから」
「そうですか。わざわざありがとうございます」
「お気になさらず。恩人の御一人が亡くなられたのです。我々も可能な限りの手段で弔いたいと……」
途端にザクレイさんが口を閉ざした。
流石だな、と僕は思う。
ザクレイさんは言葉を連ねる最中に察したのだ。僕の心中を。
「まさか、ユキ様が生きていると?」
「いや、そうは思えません。ですが、僕は彼女の死体に直接触れたわけじゃない。だから、念の為」
「念の為、ですか」
あの時、ユキの死亡を断定したのはザクレイさんだ。
僕がユキの死に僅かにでも疑いを向けるということは、ザクレイさんにも疑惑の眼差しを向けるということになる。僕はそれを重々承知のうえで、5番の部屋の扉を開いた。
部屋の間取りは全て同じみたいだな。
扉を開けると、真っ先に格子付きの窓を視界が捉える。
右手側にはダブルベッド、左手側には木製のデスク、そして木椅子。天井からはシャンデリアがぶら下がっているが、模様までは判別がつかなかった。
「これをどうぞ」
言いながら、ザクレイさんは【火の魔石】を取り出した。【火の魔石】は温かいだけでなく、暗闇で使用すると光源にもなるのだ。
「ありがとうございます」
僕はそれを手に、ゆっくりと白無地のリネンを剥がす。そこには、真っ青な顔色のまま瞳を閉じるユキの姿があった。
まずは口元に手を添える。が、やはり呼吸の気配はない。次いで脈拍の確認。だが。
「間違いなく死んでいますね」
「はい。ユキ様の死亡は間違いありません。なにせこのザクレイ、かつては回復術士として名を馳せておりましたからな。医学の知識は豊富なのですよ」
「へえ、そうなんですか。それにしては随分と腕が立つようですが?」
通常、ヒーラーというのは後衛職だ。しかし、ザクレイさんの強さは剣豪であるアランにも引けを取らない。現に、拳骨一発でブラッディ・ウルフを屠ったくらいだ。
「魔法剣士という職業をご存じですか?」
問われ、僕は得心した。
「なるほど、それは奇遇だ。僕も魔法剣士なんですよ」
僕は攻撃魔法と剣術を扱っていたが。
ザクレイさんの場合、回復魔法と剣術を扱っていたと、そういうことなのだろう。
大広間へ戻った僕たちに、アランが二つのカップを寄越す。
「たまには付き合えよ、ユキト。ザックも、いいだろ?」
「……ザックというのは、このザクレイのことですかな?」
「お前以外にいねーだろうが。……こんな日くらい、飲まねえとやってられねーからよ」
こんな日以外にも毎度のように飲んでいる気もするが。まあ、それはいいだろう。
「分かりましたよ、リーダー」
僕は煽てるような声色で応じた。
一瞬でも故人に猜疑心を抱いてしまった。
そんな後ろめたさを誤魔化したかったのかもしれない。
「あまりワインは好みませんが」
基本的に僕はビールを好む。
だが、たまには気分転換もいいだろう。
そう考え、コクリ、と一口いったのだが。
「やはり、僕の舌は見る目が無いようです」
見るからに年代物。こんなところに安物が置いているはずもなく。
それでも美味しいと思えないのだから、つまりは僕の舌が馬鹿なのだ。
自虐気味に笑う僕に、
「好みは人それぞれだよ」
励ますようなレインの声。
ふいに目線がかち合って、僕は一瞬ドキッとした。
全てを見透かされているかのような、そんな空気を感じたから。
もしかしたら僕が席を立った理由に見当が付いているのかもしれないな。そんなことを思った。




