第十話 マリン・ジュエリー
僕とジョンはザクレイさんの後ろに続き、森の中へと足を踏み入れる。
「それほど広い森ではありませんが、一応はご注意下さい。まあ、私がいればモンスターなど赤子も同然。向こうの方も、アラン様がいれば問題はないでしょうがね」
「ふへへ、頼りにしておりますよ? なんせ、今のワシらは無防備なんですから」
七人の中に人殺しが潜んでいる。その時点で武力を持たせるわけにはいかない。
かといってモンスターと会敵した際に抵抗できないのでは本末転倒。故に、アランとザクレイさんは別チームに。
そして、僕の思惑を察してか。
「僕はこっちのチームに。ザクレイはそっちを頼むよ」
レインはそう言って、自らの意志でザクレイさんと離れたのだった。
微かにではあるものの、二人が一組にならぬようにという僕の思想を見透かされているようだった。別に疑っている訳ではないし疑いたいとも思わない。ただやはり、念の為といやつだ。
しばらく歩いていると、一匹のモンスターが現れた。
ブラッディ・ウルフ。Cランクのモンスターだが。
『ギャォオオオッ!!』
「フンヌッ!!」
ブジュゥッ!!
ザクレイさんの拳骨一閃!
ブラッディ・ウルフの頭部は一瞬で陥没し、紫色の液体がドクドクと溢れ出した。
「ぬお! 恐ろしいパワーじゃのう」
「なんのこれしき。この程度、私からしてみれば犬コロ同然ですよ」
「素手で相手取れと言われたら僕でも厳しいですね。武器があれば余裕ですが」
「現役の方にアドバイスをするのも気が引けますがね。大抵の生物は頭部を破壊すれば生命活動を停止するのですよ」
「そりゃそうだわな! はっはっはっは!」
元も子もない話だが、実に的を射た発言だ。
だからこそ、攻撃魔法――特に爆発系魔法を扱う魔術師は重宝されるのである。
遠方からターゲットの頭部を一撃で破壊する魔法使い。これ程までに冒険者に相応しい職業はないだろう。僕らのパーティでは、その役割をユキが担っていたんだけどね。
「そろそろ見えてきますぞ」
ザクレイさんの言葉と同時に、ざわあっ、と視界が開けた。
辺り一帯には草原が広がり、僕の黒髪を涼風が攫っていった。草木はさわさわと揺れ、まるで白波が立つかのような光景が展開される。そしてなにより――。
「ああ、本当に宝石みたいだ」
「ウム、こりゃあ絶景じゃわい」
屋敷から望める海原は宝石のように光り輝く。
ここに来る前、ユキが言っていた言葉を僕は思い出していた。
「美しいでしょう。この光景を我々は【聖母の慈愛】と呼んでいます。あっ、我々と言うのは私と坊ちゃまのことですよ?」
「【聖母の慈愛】ですか」
「その名に微かなる遜色もなし、といったところじゃのう」
などと話していると。
「うわぁ~、すっごぉーい! 超キレイ!!」
聞き慣れた声が隣から飛んできた。
視線を向けると、そこにはレイン一行の姿があった。
「なんじゃ、彼奴らもこっちに来おったのか。これではチーム分けの意味が無かろうに」
「まあ、いいんじゃないですか?」
陽光を乱反射する海原を眼前に、僕は爽やかな気分になっていた。こんなにも美しい光景を前にして、それでもなお、あんな惨劇が続くとは到底思えなかった。
悪い夢かなにか。
いや、ひょっとしたら。
偶然が重なっただけなのではないか?
そんな思いが僕の胸中に湧いてくる。
あの藁人形は誰かのイタズラで。
そして、ユキの死はただの事故に過ぎなかった。
思い返してみれば、ユキはこう口にしていたではないか。
「私も料理始めようかなぁ」
――と。
胸に刺さっていたナイフは、考えてみれば、調理に適したものだった。つまり、ユキは不器用ながらに料理をしてみようと思い至ったのだ。
でも、元々不器用だったのと寝起きだったのが重なって。
その結果、あのような不幸な事故が起きてしまった。
「……」
珍しくアディからも嬌声が上がる。
二人は、心の底から楽しそうだ。
そんな二人を、レインとアランが優しい表情で見守っている。僕たちの方も、和やかな雰囲気に包まれている。
昨夜の藁人形のことは気に掛かるが、もしかしたらそれすらもただのイタズラなのかもしれない。
だとするならば、その犯人はきっとジョンだ。いくらなんでも、仲間が亡くなった後にあんな不謹慎な真似をするほどアランは非常識な人物ではない。
だが、ジョンならばあり得る。
ジョンならば、仲間の死さえをも笑い話しにし得るのだ。
もしかしたらジョンなりに僕らを励まそうだなんて思って、それが見事なまでに、それはもうものすごい勢いで空振ってしまっただけなのかもしれない。
屋敷に戻ったら、僕の考え――事故説を話してみよう。
そのあとでジョンのことを問い詰めよう。それはもう、徹底的に。
ジョンはひょうきんな性格だが、まじめな態度で接すれば、ちゃんとそれに応じられる程度の常識は持ち合わせている。それに、歳は取っていても、まだ呆けてはいないからね。
「それにしても、本当に奇麗ね」
いつの間にか、僕たち七人は一列に並んでいた。そして海原を照らしていた光は、気づけば夕陽へと転じつつあった。暖かな夕陽を浴びながら、僕は思う。
お誂え向きじゃないか、と。悲しい事故で一人の仲間を失った、それは事実だ。だが、幸いにもこの場所には巨大な十字架が聳え立っている。
ユキを弔するのに、これ程までに適した場所は無いだろう。
やがて、夕陽が水平線に飲み込まれ始めた頃になって。
「戻りますか」
低く太い、芯の通った声。
ザクレイさんの言葉がそう告げた。
思えば、昼食すら摂っていないな。
夕食は何がいいだろうか?
そんな他愛もないことを口にしながら、僕たちは十字架屋敷へと引き返していった。




