6話 ヒーローさん泣いてるんですか
よろしくお願いします
「悠里よぉ……おれは女っつーのはこう、ふわっとしてるのが可愛いと思うわけよ」
「だからって僕で遊ぶな!それに僕は男だ!」
あれから数日経ち、今はアジトに潜伏している。
アジトは街の外に広がる誰も近寄ることのない樹海の地下深くに、3年の歳月をかけ、作り上げた。
ロマンあふれるそこは本来、俺と京介が住めるように設計されているため、大人二人と子供二人をアジトに入れると狭い。
内装は携帯食料と飲料水がこぼれ出るほどに詰まった木箱に、ベッドが一つに敷布団が一つ。これだけでも部屋の三分の二を占めているのに京介が、「ただでさえ美味い飯がくえねーのにオシャレのない生活は味気がねーよ」と、タンスを入れたせいで座るところがベッドか敷布団の上しかない。
「そう怒んなよ。似合ってるぜー?可愛い可愛い。ひゃはっ!」
「バカにすんな!僕は男だ!お前も見てないでこいつを止めろ!」
今は京介がアンダードッグを、どこからか持ってきた女性服でコーディネートする大会を開いている。なお、参加者は京介のみだ。
青緑色のオフショル──いわゆる肩出し──Tシャツにヒラヒラの黒スカート。おまけにバッグも持たせてあげている。
アンダードッグは頬を膨らませ、地団駄を踏む。申し訳ないが、俺も似合っていると思う。素顔が普通に美形だし、実年齢も小学生だから、ティーン向けのファッション誌に載ってそうな服を着させてもそれなりに似合うんだよ。
「──って……違うっ!!」
「違うって何がよ。俺はこれの方が良いと思うんだけど……あッ!これかぁこれの方がフリフリしてて良いかもな〜」
「似合うだろうな……」
「おい」
「じゃなくって、何呑気にコーディネートなんてしてんだよ!?」
今、テレビに俺たちの顔が晒されている以上は迂闊に行動できない。
そんな状況で、これからどうするかを話し合わなければいけないというのに、なんだこの緩みきった空気。一瞬、俺たちが一応犯罪者にされてること忘れそうになったわ。
「なんでって、衣装と似合うモデルがいればコーデしたくなるのは当然だろう」
「ぼ、僕はマネキンじゃない!」
そのわりにはちゃんとバッグとか持ってたけどね君。
「そうじゃなくて……これからどうすんだ。顔バレしてるから外には出歩けない。それにこの子もいつまで経っても起きないからジュピターの情報を聞き出せない。八方塞がりだ」
「そんなもん決まってんだろ。今回は不確定要素が多すぎた。ジュピターがアフリカ出張からすぐに帰ってきたり、すがるちゃんがいるはずの河川敷にこの謎の女の子がいたり、明らかに情報収集不足だったろ」
「──だから情報収集をもう一度念入りにする、と。それをしている間に起こる食料難が問題なんだよ。多めに買い込んだとはいえ、4人じゃあすぐに限界が来るんだ。それに、さっきも言ったが、街へは出られな」
「それ僕の能力じゃダメなの?っていうか僕マークされてないし」
解決した……っていやいや、
「お前はジュピター側の人間だろうが」
「ジュピター様のところに戻っても、あの時、ジュピター様は僕を殺すって言ってたからね。リスクはなるべく小さくするべきだと思ったんだ」
「悪いがそれでも信用出来ない」
こいつがジュピターに捕まり、拷問されれば、ヒーローといえどこの子だって子供。ここの場所を簡単に吐くだろう。そして、ジュピターは子供だろうが、あの笑顔のまま拷問する。
「──しばらくここにいてもらう。いいな」
「はいはーい」
バンザイしながら敷布団に寝転がるアンダードッグを横目に、俺は少女の首筋の弓の模様について考えた。
ジュピターの屋敷のある絵画に、この模様と同じものがあった。女神が、男神の心臓に矢を突き立てている絵だ。
場所が違うが、女神にも同じ模様の入れ墨があった。この子が起きてくれれば、それと関係があるのかが分かるというのに。
そういえばジュピターのところで研究をしていて、この少女を探していた研究者がいたな。そいつに聞いた方が早いのではないだろうか。
「アンダードッグ」
「それ長くない?シュンでいいよ。漢字であのーほら瞬間の瞬」
「瞬、この子って一体何なんだ?」
「ああ、そいつか……こいつはジュピター様の研究で生まれた子、名前はポノラって言うんだ」
瞬は、ベッドに横たわる少女の頬を突き、語る。つまりはあいつが生みの親ってことか。それにしては嫌われすぎじゃないか?
「何の研究だ?」
「ある女を殺すための最終兵器さ。ジュピター様にあそこまでのダメージを負わせるなんて想定してなかったし、それ以上に研究所から逃げ出すなんてね。予想外さ」
ある女ってのはすがるのことか。まあ、あのくらいぶっ飛んだ英雄戦技でなければ殺せないわな。
「ま、あの女に、この子持っていかれたんだけどな。つくづく変な女だよ」
すがるらしいな……。自分を殺せる人間を助け出すなんて、普通なら出来ない。
兎にも角にも、今、はっきりしたことは彼女が今もどこかで生きていて、何か理由があって俺と会えないということだな。
彼女を見つけたいという気持ちもあるが、ジュピターを倒すためにも、まず先にポノラを目覚めさせないといけない。
「この子はなんでこんなに眠ってるんだ?起きる気配がまったくないぞ」
「活動限界……のはずなんだけどなんか違うみたい。オアシスが足りないのかな」
「オアシス?」
瞬曰く、『オアシス』という薬物が裏ルートで流れているらしく、それを飲めば異常なほどにハイになり、五感が冴えに冴えるとか。中毒成分はないが、あまりに冴えすぎて、大概は脳が情報を過敏に収集しすぎるせいで、処理できず廃人まっしぐらだとか。
そんなものを子供に使うなんて、何考えてんだ。爪が深く掌に刺さるを感じる。
「瞬くんよぉ。そんなにベラベラ喋っても良いのかよ?俺らに協力するメリットはねーぞ?」
京介はケラケラ笑いながら言った。
「メリットならあるさ。僕にはこの子を逃してしまった責任もあるからね。ポノラがお前らの手に渡った時点で僕の死は確定したようなものなんだ」
「そこで」と、人差し指を立て、
「お前らは僕を守る、僕はお前らに情報を提供する。どう?対等な契約だと思うけど」
強気にこちらを見据える瞬の人差し指は微かに震えている。前にも言ったが彼も子供、いや、子供でなくてもこの状況で契約を持ち出すのは勇気がいるだろう。
自分よりも遥かに強い人間が二人もいて、後ろ盾はもうない。彼はこの数日、一生懸命に自分の利用価値を探したに違いない。
しかし、残念だがそれでも、
「お前は信用できない」
瞬は軽く下唇を噛む。
「不確定要素が多い中、ほいほいと決断は下さない。もし、これがジュピターの計画だとしたら、頃合いを見て、このアジト、俺らまるごと吹き飛ばされておしまいだ」
彼の表情には雲がかかった。
「なんで、どうして、お前を信じられるんだ?まだお前は子供だ。情にほだされれば向こうにホイホイついていくかもしれない。ジュピターは狡猾だ。人の辛いと思っている部分を的確に突いてくる」
「悠里?」
さらに彼は俺の方を見て、不安そうな顔をする。
「それにこんな無謀な取引を持ちかけるようなら、いよいよ危険だ。お前の腕や足をもいでも、情報は引き出せる。なんなら、お前の話も今は圧倒的に情報が足りないから、聞いてはいるが、全て鵜呑みにはしていない。そもそも──」
「悠里、そこらへんにしてやれ」
いつの間にか俺の横に立っていた京介に肩を叩かれ、我に帰った。
「お前のためにも、な」
気づけば、涙が流れてた。こんな小さな子供にこんな決断をさせるこの世界に一体正義なんてどこで何をしているのか。
それが俺の心を埋めつくした。
俺はこの子に危険なことをさせたくなかったのかもしれない。
でも、俺が瞬というこの男の子を見放したら、俺の正義が揺らぐ。
突き放すという行動を選択することしか出来ない自分に対するやり場のない怒りが俺の心をめちゃくちゃに荒らす。
なんで俺は、彼を責めたのか。
これが果たして本当にヒーローの姿なのか。
もう分からないよ。――すがる。
かなり情緒不安定ですが、アジトは洞窟のような簡素なものなので、そこに何日も引きこもってたら、いくら悠里でもこうなります。
オアシスは麻薬よりもたちが悪いです。液体なので舐めれば、最初は快感が濁流のように押し寄せ、しばらくすると、幻覚が見えます。飲めば、どんな人間でも廃人になります。