救出
無造作に櫻井は踏み込む。それを盾で受けるアリス。
盾に刃が食い込む。後ろにアリスが飛ぶ。盾が割れ、アリスの左手が大きく切り裂かれる。来栖の悲鳴が部屋に響く。
「アオイ! ダイジョーブよ! まだヘイキ!」
アリスが来栖に向けて叫ぶ。派手に流れ落ちる血。額にはびっしりと汗をかいている。
「さて、どこまで強がれますかね?」
櫻井は刃についたアリスの血を左人差し指ですくい取り、舐める。アリスは小さく呟く。
「He is mad, creepy and disgusting.」
「そうですか。意見の相違というのは悲しいですね。私はあなたのことは嫌いではないですよ。実に切り心地がよく、美味ですね」
櫻井は赤くきらめく刃を振るい、アリスを切り刻んでいく。アリスはギリギリのところでかわすものの、いくつかはかわしきれず浅い切り傷を増やしていく。
切り傷が増えるたびにアリスの反応速度は落ちていく。
「まだがんばりますか。素晴らしい戦士です」
櫻井は刀を構え直す。
「第四種戦闘、限定解除」
《イエス、マスター。強化開始。防護円環展開》
高瀬はリビングに突入すると同時にガーランドに指示。
「誰だが知らないが、魔術師の家でやりたい放題とはいい度胸だ」
「魔王……高瀬……諒……」
「失礼なやつだな」
高瀬は刀を構える櫻井を前に、ボクシングの右構えで立つ。櫻井は刀を振り下ろす。不可視の円環が刀を止め、弾き返す。
「その程度の魔法具じゃ、俺の防護円環は抜けないぞ」
櫻井は後ろへ飛びながら左手に刀を持ち、右手を懐へ突っ込む。ガラス玉を大量に掴んで高瀬に投げつける。
「活性化」
重ねるように高瀬が言う。
「経路変更」
ガーランドのコアが明るく光る。ガラス玉は赤くきらめき、櫻井に向かってエネルギーを放出する。
「な!」
櫻井は小さく叫び、無数のエネルギーに翻弄され、倒れる。
高瀬はちらりとアリスを見、櫻井に向き直る。
「随分と俺のツレに好き放題やってくれたな。覚悟と準備はできているか?」
高瀬は半眼で櫻井を見下ろす。フラフラと櫻井は立ち上がる。
「覚悟と準備……だと……」
「そうだ。死ぬ覚悟と準備だ」
櫻井は右手を振る。落ちていた刀が右手に戻る。刃は黒くくすみ、短くなっている。
「く……活性化」
「不許可」
再びガーランドのコアが光る。櫻井の刀は一瞬きらめき、そして黒くくすむ。
「な……」
呆然としている櫻井に向かって高瀬が距離を詰める。左ボディを叩き込む。
「がっ!」
声にならない悲鳴を上げた櫻井。体が折れ曲がり、顔が落ちる。
高瀬はそのまま右ショベルフックでかち上げた。高瀬の右は櫻井の顎にヒット。
櫻井の伸びきった鳩尾へ返しの左ストレート。体を折り曲げる櫻井。
高瀬は櫻井の鼻柱へ右膝を叩き込む。櫻井の顔が跳ね上がり、鼻血が流れ出す。
上げた右足を強く踏み込み、右ショートパンチを櫻井の胴にねじ込む。
再び落ちてきた櫻井の顔へ左ハイキック。右へ流れてきたところへ右フック。
高瀬は一方的な滅多打ちを櫻井へ叩き込んでいく。
大量の打撃をくらい、ボロ雑巾のようになる櫻井。ここで高瀬は攻撃を止める。櫻井はそのまま崩れ落ちる。
高瀬は落ちている刀を拾い上げ、くるくると回して眺める。
「略奪」
《イエス、マスター。妖術展開》
巨大な魔術陣がきらめく。
「活性化」
刃が伸び、虹色に派手に光る。
「馬鹿な……私の、私の魔法具だぞ……」
高瀬はつまらなそうに刀を振り回す。刃のきらめきは徐々に強くなり、虹色から白へ変わる。そして突然くすんだ色に沈む。
「随分とひ弱な魔法具だな。ちょっと魔力込めたら消し飛んだぞ」
高瀬はそういうと、刀を放り捨てる。
櫻井は床に転がったまま呻きながら高瀬を見上げる。
「お前の強化魔法具は、内ポケットの懐中時計……だな?」
高瀬の言葉に櫻井が大きく震える。
「壊すのは面倒だが、無効には出来る。最後の支えを失った体はどうなるか、興味がある」
「そうか……あとは……」
櫻井は目を閉じ、呟く。それにかぶせるように高瀬がガーランドに命じる。
「消失」
《イエス、マスター。速攻魔術発動》
小さな魔術陣がきらめき消滅すると同時に櫻井は大量の血を吐き出す。
櫻井は自らの血溜まりの中、右手を懐に入れ、豪華な彫金の施された懐中時計を取り出す。櫻井は震える手で蓋を開けるとかすかに口角を上げた後、懐中時計を握りしめた。
櫻井の手から懐中時計が滑り落ち、硬い音を響かせる。
「戦闘解除」
《AAタスク終了。ISスロット解放。MCメモリ解放。クリーンアップ完了しました》
高瀬は壁に寄りかかっているアリスに近づいて、微笑む。
「よく頑張った。偉いぞ、アリス」
高瀬はアリスを抱き寄せ、背中を軽く右手で叩く。
「リオ……」
アリスはそれだけ言うと気を失った。
アリスは身じろぎをして目を開ける。
アリスは割り当てられた部屋のベッドに寝ていた。高瀬は壁に背を預けて立っていた。
「気がついたか。痛いところはないか?」
「ダイジョウブ……アレ?」
アリスはシーツの中の自分の姿を見て首をかしげる。
「すまん。俺が手当して、清拭して着替えさせた。来栖は気絶していて役に立たなかったのでな」
「ンー、リオ、アタシのカラダ、ドウだった?」
高瀬は右手で右目と額を覆い、大きくため息をつく。
「……綺麗だったよ」
アリスはベッドから起き上がろうとしてふらつく。高瀬は壁から離れ手を伸ばそうとするが、なんとかアリスはバランスを取り戻し上半身をベッドから起こす。
オーバーサイズのTシャツ姿で微笑むアリスに微笑みを返す高瀬。
「ドレくらい、キゼツしてた?」
「そうだな、15分くらいだ」
「アオイは?」
高瀬は首を小さくかしげ、目を閉じながら答える。
「まあ無傷だ。今はあっちの部屋に寝かせてある」
「ソウ、ヨカった」
アリスは小さく言う。高瀬はそのままベッドサイドへ移動し、跪いてアリスの手を取る。
「リオ、アタシ、ガンバったヨ」
「そうだな。アリスは頑張った」
「ゴホービ」
アリスは手を広げ、目を閉じる。
高瀬はアリスの頬を両手で包み込み、その後固まる。
「リオ?」
アリスが目を開けると、高瀬は自らの左手を見て、固まっていた。
「そう、だな……」
高瀬はアリスの顔を覆っていた両手を降ろし、右手で目の辺りを覆う。
「ネ、リオ」
「ん?」
高瀬は右手で顔を覆ったまま明るいトーンで返事をする。
「アタシ、Magicianナンダヨ?」
「ああ、知っている」
「ダカラ、もうダラクしているヨ」
高瀬はしばらくアリスを見る。アリスも高瀬を見つめ返す。
「La Belle et la Bêteって知っているか?」
アリスは高瀬の言葉を聞いてクスクス笑う。
「モチロン。サイゴはシアワセなケッコンをスルのヨ」
「美女を無理やり館に引き込む野獣は、果たして正しいのか」
アリスは高瀬に手を伸ばし、頬をそっと撫でる。
「バカね。アナタは王、野獣ジャ、ナイ」
「あのな、これでも俺は健康な青少年なんだ。アリスみたいな美女が薄着で、その、触れられるとだな」
アリスはコロコロと笑う。
「バカね、リオ。アタシのハダカ、ミタんでショ?」
「さっきは緊急事態だったからな。さっさと手当しなけりゃ、死んでしまう」
高瀬は目を反らせたまま反論する。アリスはそんな高瀬を見て微笑む。
「それに俺はバカである方がいいと思う。魔王なんていう馬鹿げた存在は、バカであることのほうが安全だ」
「ソウカシラ?」
アリスはいたずらっぽく笑うと高瀬の首の後に両手を回し、高瀬を抱き寄せ、口づける。
「タスケてクレてアリガト、リオ。コレは、オレイ」
アリスは潤んだ目で高瀬を見つめる。高瀬は目を見開いて硬直している。
「アレ……? モシカシテ、ハジメテ?」
「もしかしなくても初めてだ」
アリスは微笑み、また顔を寄せ、口づける。
「アタシはリオのオカゲでイキてる。ダカラ、リオのモノでイイヨ」
高瀬は少し乱暴にアリスを振り払い、立ち上がる。
「それだけ元気なら大丈夫だな。だが、とりあえずは寝ていろ」
「リオ」
「……何だ?」
「ミミまで、マッカ」
「うるさいっ!」
高瀬はノシノシと歩き、部屋を出ていった。