危機
高瀬はしばらくしてからリビングに戻る。
「夕飯作る」
高瀬はそれだけ言うとキッチンに入る。来栖は目を丸くして高瀬を見て、その後アリスを見る。
「リオのゴハン、オイシイんだよ」
アリスがニコニコしながら来栖に言う。
高瀬はキッチンからそれを見て微笑み、冷蔵庫からベーコンブロックと粉チーズを取り出した。
更に常温保存されている卵を3個と、ガーリックストッカーからにんにくを一片取り出す。
ベーコンブロックから5mm角で切り出し、にんにくをみじん切りにする。
大きめのボウルに粉チーズでIの字を書く。左側に卵黄3つを置く。卵白はグラスに分ける。高瀬はその卵白を一気飲み。来栖がびっくりした表情で高瀬を見る。
「捨てるのはもったいないからな」
高瀬はウィンクして来栖に答える。
フライパンを熱し、オリーブオイルを垂らしてベーコンを落とす。ベーコンが透き通るまで炒め、みじん切りのにんにくをフライパンへ落とす。
大きな鍋に湯を沸かす。
にんにくをカリカリに炒め、ボウルの右側にベーコンにんにくを落とす。
大鍋でパスタを茹でた後水気を切り、ボウルに置かれた卵、チーズ、ベーコンを覆うようにパスタを落とす。
10秒ほど待ってから全体をよく混ぜる。
皿に盛ってオリーブオイルを回しかけ、黒胡椒を振る。
「持っていってくれ」
カウンターに3皿カルボナーラが並ぶ。高瀬は冷蔵庫からペリエを取り出し、グラス3つをカウンターに並べる。
「ハイハーイ」
アリスは皿をダイニングテーブルに並べる。高瀬の向かい側に来栖、来栖の隣にアリスが座る。
「いただきます」
「イタダキマス」
来栖は呆然と目の前の料理を見ている。
「冷めるぞ?」
「……はい。いただきます」
高瀬の言葉に反応し、来栖もフォークを手に一口食べる。
「……おいしい」
「そりゃどうも」
「フフ、リオ、りーおうりジョウズ。ダカラ、チョト、キケン」
「危険?」
アリスの言葉に来栖が首を傾げる。
「おナカが、ネ」
「……そう、ですね……」
女性二人は神妙な表情で自分の腹部をさすりながら見る。
「……冷めるぞ」
《マスター、少しは女性の心理を学びましょう》
洗い物を片付けた高瀬はリビングに居るアリスに言う。
「アリス! 物資を取りに行ってくる。留守は頼んだ!」
「ハーイ!」
元気なアリスの返答が戻ってきたのを確認し、高瀬は玄関に移動する。
「転送」
《イエス、マスター。妖術展開》
巨大な魔術陣が投影され、回転し、きらめき、空間が震え、光が爆発する。
「リオ、行ったネ。ジャ、コイバナしようか」
アリスはニコニコしながら来栖に話しかける。
「コイバナ……ですか?」
「そ。アタシNEAD-2ダケド、オペレーターなの。イロんなコト、シッてルノ。アオイのオカアサンのコトもシッてル」
アリスの言葉に来栖は俯いて沈み込む。アリスは来栖をそっとハグする。
「リオのオトウサン、カズオミも、オカアサン、ハルカも、アオイのオカアサンとオナじ。リオのオネエサンのカオリはアタシとオナじくらいのMagicianネ。アオイは……ンー、フツウのヒト、ネ」
アリスは来栖の耳にそっと囁く。
「そう、ですか……私は、器となるために生まれ、育てられたんです。高瀬諒という魔王のための器に」
アリスは少し離れて来栖の顔を真っ直ぐ見る。
「ンー、リオに会ってミテ、ドウ?」
「……どう、とは?」
「アタシ、ハジメて会ったトキ、ドキドキした、アオイは?」
「聞いていたのは、強大な力を持つ魔王。魔王の力を受け止める器としてAMPの子に父が生ませたのが私です。なのでずっとそういう教育を受けてきました」
「ソウイウ……?」
ここで来栖は耳まで真っ赤になってふるふると首を左右に振る。
「ンー、デ、リオに会って、ドウ?」
「優しい方だな、と思いました。もっとずっと恐ろしい人かな、と思っていたので」
アリスは腕を組んで頷く。
「ソウ、リオ、ヤサシイのヨ。あ、チョトゴメン……」
アリスはそう言うとリビングの隅へ移動し、スマホを取り出した。
来栖もポケットからスマホを取り出す。メッセージアプリの通知が画面に表示されていた。
『櫻井:お嬢様、櫻井です』
来栖はその文字をタップし、スマホのロックを外す。メッセージアプリに返信を入力していく。
『どうしたの櫻井?』
『心配しました。今どちらに?』
『高瀬様のマンションです』
『そうですか。わかりました。お嬢様の身の回りのものをお持ちします』
『ありがとう』
ここで来栖はスマホをロックする。
「アオイ、ゴメン。チョトシゴト~テレビでもミテて」
アリスがリビングから割り当てられた自室へと移動していく。来栖はリビングのソファに座り、テレビを見ていた。
来栖のスマホが震え、メッセージの着信を告げる。
『櫻井:下に着きました』
来栖はスマホをテーブルに置き、玄関へと向かった。
「お嬢様!」
エントランスホールの自動ドアの向こう側に、パリッとした黒のスーツの中年男性が立っていた。来栖が近寄ると自動ドアが開く。
「櫻井、ありがとう」
櫻井と呼ばれた男性はスーツケースを持ち、来栖に近寄って一礼する。
「心配しましたよ、お嬢様」
櫻井はスーツケースを手に来栖の後を追う。来栖は高瀬の家に櫻井を招き入れる。
「かなりな重さがございますので、リビングまでは私が」
櫻井はそう言うとスーツケースを手に中に入り込む。廊下の扉が開き、アリスが出てくる。
「ダレ⁉」
アリスの誰何の声に来栖が返答する。
「私の執事の櫻井です。身の回りのものを持ってきてくれました」
二人に続いてアリスもリビングに入る。櫻井はスーツケースをソファーのそばに置き、一礼する。
「失礼いたしました。櫻井秀徳と申します」
アリスは目を細めて櫻井を見る。
「フゥン?」
アリスはぶら下げているペンダントヘッドを握る。
「アオイはサガって。Activate!」
アリスの言葉に握った拳から淡く青い光が漏れ出る。櫻井は懐に右手を突っ込んでいる。
「活性化」
櫻井の言葉に懐から赤い光が漏れる。
アリスはジーンズの左尻ポケットに手を突っ込む。薄いガラスレンズのようなものを取り出し、来栖に向かって投げる。
櫻井は懐から何かを取り出して投げるモーションに入っている。
「Activate!」
ガラスレンズは空中で淡く青い光を放ち、来栖の全身を覆う。
「活性化」
櫻井は来栖に何かを投げつけると同時に宣言。赤い光が投げつけたものから発せられ、来栖を包む淡く光る青いなにかに激突、轟音とともに赤い光が消え、青い何かが割れて落ちた。だが、来栖はまだ青い光に包まれている。
「多重の防護円環か!」
櫻井は左手を懐に突っ込む。
「活性化」
引き出されてきたのは刃渡り1mはある刀だった。刃は虹色にきらめき、周囲の空間がかすかに揺らめいている。
「スゴいわね」
アリスの呆れ返った言葉に櫻井は微笑含みで答える。
「こう見えましても、私はAMPで作られた子でして。残念ながら我が子は……おおっと、歳を取ると昔話が多くていけませんね」
櫻井は刀を正眼に構え、アリスに対峙する。
アリスは右尻ポケットに手を突っ込み、ガラスレンズのようなものを取り出す。左手の甲にそれを乗せる。
「Activate!」
レンズはその声に呼応して淡い青の光を発し、丸く水色の半透明の盾がアリスの左手に現れた。
「出し惜しみは、なしにしましょうか!」
櫻井は踏み込み、切り下ろす。アリスはかろうじて盾で受け流す。轟音が響く。
アリスがバランスを崩している間に櫻井は振り返り来栖へ斬りつける。刃が轟音とともに弾かれ、また一枚割れ落ちる。
「Hey, rat!」
アリスが悪態を付きながら右ボディストレートを桜井の背中へ。体勢を崩している櫻井はもろにそれを受けるが、時計回りに振り返りつつ刃をアリスに振り回す。アリスは避け切れずに右腕でそれを受ける。
「歳は取りたくないものですな……手首を返しきれず峰打ちになりました。とは言え、折れたでしょう」
アリスは右拳を顎下に、左の盾を胸の前に構える。
「これはこれは……素晴らしい闘志です」
櫻井は刀を正眼に構え直す。
「敬意を表し、本気で行かせてもらいましょう。活性化」
刀が赤く光り、その後櫻井も赤く光った。