値遇
「すまん、緊急連絡だ」
高瀬は来栖にそれだけ告げると内ポケットのスマホを取り出し、タップ。右手で右目と額を覆い、ため息をつく。
「来栖、お前は切られた」
「……え?」
「来栖グループから依頼の変更があった。来栖愛生の殺害。後継者問題が発生する前に排除しろとのことだ。おそらく源一郎が排除されたことを掴んだんだろう。NEAD-2はこれに反発し、AEGIS本部も同調するようだ」
「どうするんですか……?」
「質問は具体的に」
《マスター、意地悪はやめたほうがいいと思います》
ガーランドの言葉に高瀬はため息で返答する。
「……やれやれ、だ。来栖。お前は俺の庇護下に入る。このまま俺のマンションでアリス・リデルというNEAD-2のオペレーターと生活してもらう。俺は来栖を潰す。そもそも源一郎に資金提供していたのは来栖だ。そのツケは払ってもらう」
高瀬は来栖に近寄る。
「俺とお前の鞄を持って立て」
来栖は素直に指示に従う。
「俺に抱きつけ。転送する」
「……え?」
「活性化。転送」
《イエス、マスター。妖術展開》
巨大な魔術陣が空中に展開されていく。きらめき、空間が震える。
「抱きしめるぞ。抵抗するな。目を閉じろ」
高瀬はそれだけ告げ、来栖の頭を左手で抱えて肩に押し付け、右手で腰を抱き寄せる。
「きゃ!」
来栖が小さな悲鳴を発したと同時に理事長室にまばゆい光が撒き散らされた。
「きゃー!」
来栖は悲鳴を上げていた。
「静かにしてくれ。もう着いた」
高瀬のマンションの玄関に二人は立っていた。高瀬は来栖を解放し、靴を脱ぐ。
「俺の家だ。入るなら靴を脱いでくれ。保護領域」
《イエス、マスター。妖術展開》
きらめく魔術陣。空間が震え、変質する。
「え……え……?」
混乱する来栖を置いて、高瀬は中に移動する。この騒動を聞いてリビングからアリスが玄関へやってきた。
「オカエリ、リオ……ダレ?」
「来栖愛生だよ」
「アー、BGの!」
アリスは上から下まで来栖を見て、頷く。
「フーン、リオ、こういうコがスキなの? ヤマトナデシコみたいなコ」
高瀬はアリスの肩を軽く叩く。
「バカ言うなまったく。俺の好みは簡単だ。俺の分解を食らっても死なない女だ」
「……ソレ看護師長でもムリよ?」
「だろうな。だからいない。アリス、来栖をリビングへ。お茶でも出しておいてくれ」
「Roger」
アリスはウィンクして軽い敬礼を返す。高瀬はそのままサービスルームへ移動、防音室に入り、鍵をかける。
PC起動、プレートにガーランドのコアを接触させる。
《暗号通信システム起動。すべてのシーケンスは正常に完了しました。イヴの存在はありません。自動翻訳システム接続》
「報告を」
地獄耳の低い嗄れた声が流れる。
「来栖愛生を保護。保護領域展開完了。おそらく2ヶ月は持つ」
「来栖愛生が敵の可能性は?」
「それならそれで。殺すだけだ」
「無関係な場合は?」
「来栖グループとの対立がクリアになった時点で適当に放流するさ。その先のことは俺の知ったことではない」
しばらく沈黙が流れる。
「大砲はそのままお前とまとまるといいのだが、という意見だな。愛生はAMPの子と来栖の間の娘だ」
「勘弁してくれ。俺はそういうことには向かない」
「そうか。より優秀な魔術師が生まれるかもという期待があったのだがな……囁き手を派遣したのもそういう意図があったんだが、残念だ」
「あのなあ……」
「思春期の男子だからあの手の美人にはイチコロだと思ったんだがなあ」
「切るぞ」
「おおっと、それは待ってくれ……ちょっと待て、割り込みだ」
しばらく沈黙が流れる。
「来栖への返答は保留状態だがAEGISは明確に対立すると決定した。で、だ。いい知らせと悪い知らせがある」
「いい方から」
「デュバンがAEGISについた」
「悪い方」
「アーカムが来栖についた」
「は? アーミテイジはデュバン日本支部エースの義理の父親だろ?」
スピーカーからため息が流れる。
「正確にはアーカムの下部組織、ミスカトニックテクノロジーズジャパンがついた。アーミテイジはMTJを切る準備をしているが、今の段階ではアーカムのグループにあり、ある程度アーカムのリソースが使える」
「どれくらいの期間で切り離される?」
「アーミテイジは3日もあれば切り離せると言っている」
「了解だ。切り離し後に攻勢をかける。それまでは籠城戦だな」
「切り離し後、こちらも正式に拒否を通達する。タイミングを合わせてくれ」
「了解だ。あと物資を手配してくれ。取りに行く」
「食料と水ならいつでも大丈夫だ。それ以上必要ならリストを送ってくれ」
「……女性の下着類がそれなりにいるかもしれない」
「あー……まあそっちも大丈夫だ。ストックはある。準備に2時間くれ」
「あるのか。わかった。では2時間後に」
高瀬は左手をプレートから上げる。
《システム切断。クリーンアップシーケンス完了》
高瀬はPCをシャットダウンし、防音室から出てリビングに移動する。お茶を飲んでいるアリスと来栖に向かって静かに言う。
「しばらくは籠城戦だ。俺はこれから24時間強化状態で過ごす」
「え、リオ、ネないの?」
「必要ない」
「シンジャウよ?」
「お前、俺を何だと思ってる。魔術師なんだからそういうのは脳内いじれば終わりだ……っと悪い、電話だ」
高瀬はスマホを取り出し画面を一瞥。タップして通話開始。
「働け」
いきなりそう告げ、しばらく耳を離す。
「6ダース持っていっただろう。その分働け。以上だ」
タップして切る。
「あの……高瀬さん……」
来栖が申し訳無さそうに言うと、高瀬は右人差し指を来栖の唇に当てる。
「もともとは俺の爺が蒔いた種だ。気にするな」
来栖は耳まで赤くし、高瀬を見上げる。高瀬は右手を外して、軽く来栖の頭をポンポンと撫でる。
「何があっても守ってやる。安心しろ」
「はい……ありがとう……ございます」
来栖はうつむいて小さく返事をした。
「リオ……」
《マスター》
アリスとガーランドがほぼ同時に声を上げる。
「チョット、イラっとしたネ」
「なんでだよ」
「ワカラナイなら、イイ」
《同感です。マスター、やはり翼殿に弟子入りしたほうが良いと考えます》
「その、アリスさん……」
来栖が小さく問いかける。
「ンー、アリスでイイよ、アオイってアタシも呼ぶから」
「はい。その……アリスも高瀬さんの……」
「アー、ウン、ソノ……アタシはAEGISにいるカラ、ソノ……」
「何の話だ?」
「アー! リオはアッチ行ってて! オンナノコのハナシ!」
高瀬はアリスに背中を押されてリビングから追い出される。
「何なんだ一体……」
リビングから追い出された高瀬が呟く。
《マスター、バカですか、バカですね》
ガーランドがコアをゆっくり点滅させながら言う。
「……バカでいい。そっちのほうが色々と、な」
高瀬は天井を見上げ、その後俯いて、首を振った。