独白
人間としての感情交流があんまりなかった人に、ちょっとした濃厚な接触を行い、その後それを無残な形で失わせる。
そうすることで感情を崩壊させてからコントロールしてなにかしたかったってのが地獄耳の狙いだったようですが、その壊れ方が予想外だったようです。
和臣と遥の育て方が良かったんでしょうね。そこまではAEGISも読めなかったんでしょう、たぶん。
ほら、私はただの黒い左手だからそんなことわからないんですよ。
で、結局の所、マスターは世界を道連れにしてしまいました。
この世界になぜ私がいるのかっていう違和感はありましたよ?
まさか世界が壊れても私がそのまま残るとは。
虚無の中を漂う左手ってシュールですよねえ。
左手の形してるかどうかは私には目がないし、あったとしても眺められるわけもないからまあわからないんですけど、まあ、左手ってことにしておいてくださいよ。
ただ、まあなんというか、多分私、どこかに引き寄せられると思うんですよね。
ここにきてわかったんですけど、私、多分無数に存在します。で、私みたいな主なしはいずれどこかに統合されるっぽいんですよね。
理由はわからないんですけど、なぜか理解るんです。
ここにきて薄ぼんやりと理解したのは、もともと一つだったものがなにかの理由でバラバラになって多元宇宙に飛ばされたって感じで。
いろいろな性格、性質の私がいるみたいなんですよねー。
って理解するのにどれくらいかかったんだっけ。元いた世界の基準でいうと1億年くらい?
そう、時間ってどうやって測ったらいいんでしょうね。
空間と密接に結びついているらしいんですけど、じゃあ異なる空間とはどう測ればいいんですかねえ?
なんかそういうのが浦島太郎みたいな話の元になったのかも。
ああ、与太話ですね。思考があっちこっちに飛んでいくのは孤独だからでしょうかねえ。
正気を保つためにこうやってずっと言語で考え続けているのですが、なかなか。
幾星霜もの間揺蕩っていると夢を見ることがあります。
私みたいな知性魔法装置が夢を見るだなんてなんの冗談かとは思うんですけども。
それは私がいなかった世界の夢。矛盾だらけで、だからこその夢なんだろうって。
* * *
ひどい頭痛を感じながら、高瀬諒は目を覚ます。右手で左手の甲を撫でる。
「諒! ご飯できたわよ!」
母親の遥の声にガバリとベッドから飛び起きる。
「今行くー!」
ドタドタと階段を降り、ダイニングに座ると父親の和臣と姉の香織、祖父の源一郎がすでにテーブルに着いていた。
「今日から高校生だったな」
父親の和臣はコーヒーカップを持ったまま諒に微笑みかける。
「うん」
「香織は大学いつからだ?」
「4年生だから講義は殆どないよ。私真面目な学生だからさ」
源一郎が大きくため息をつく。
「真面目な学生ねえ……爺にレポート書かせておいて……真面目、ねえ」
「そもそもお義父さん! 香織に甘すぎです!」
キッチンの奥から遥が抗議する。
「いやだってな、ほら、その、な。儂の専門分野に進む孫娘がその」
「香織もです! お義父さんはたしかに遺伝子工学の教授ですけども!」
* * *
ああ、これはダメだ。あまりにも不自然すぎる。
でも、これは私を慰撫するものかつクソッタレの神が与えた罰。
きっと私もそのうち壊れて、どこかに吸収されるんだろうけど、でも、まだそれがなされないのは私の罪が重いから。
私の罪は、マスターが壊れること理解しながらそれを止めなかったこと。
それは、魔王であるマスターが覚醒してほしかったから。実に幼稚な願いでした。
そしてその罪が赦されるまで、ここに揺蕩っているのでしょうね。
どこかの私と統合されるその日まで。




