崩壊
『これから帰国する。フライトモードになるのでしばらく連絡できない』
高瀬は保安検査の待ち時間の間にメッセージアプリでアリスにメッセージを送る。
しばらく待ったが既読もつかないためスマホをフライトモードへ移行する。
「12時間の空の旅か」
高瀬は顔をしかめつつ独り言を漏らす。
「久しぶりの我が家だな」
《マスターにもそんな感慨があったんですね》
「うるさいぞ」
自分のマンションのドアノブに手をかけた瞬間に、高瀬の表情が引き締まる。
「ガーランド、中の状況は?」
《生命反応なし》
ゆっくりとドアを開けると生臭い匂いが中から流れ出してきた。
「第一種戦闘。限定解除」
《イエス、マスター》
高瀬は靴も脱がすに自宅に入る。
高瀬は自室の扉を開く。中を覗き込む。
そして次にアリスの部屋、愛生の部屋を確認する。どちらにも異常はない。
最後に短い廊下の突き当り、リビングダイニングの扉を開く。
濃密な血の匂いが広がる。
リビングの両端に首、肩、肘、手首、腰、太もも、膝、足首を切断された後、腹部を切り裂かれ内臓をも床にきれいに並べられたアリスと来栖があった。
《マスター?》
真ん中に黒ずんだ文字が書かれていた。
Die Welt braucht niemanden,
der den Erlkönig liebt.
――世界は魔王を愛する人を、必要としていない
「ガーランド、解析しろ」
平板な声で命じる高瀬にガーランドは応じる。
《死後15時間ほど。いくつかの切断部に生活反応あり。複数部位の欠損を確認。一行目はアリスの、二行目は愛生の血液で記述されています》
「犯人について」
《残存魔力反応より地獄耳の関与の可能性が示唆されています。確度99.999%》
「他には」
《……射手の関与の可能性。ただし偽装されているため不明瞭。確度45%》
「わかった。敵を確認。ガーランド、やれるか?」
《あなたは魔王ですよ?》
「やれるか、やれないか」
《御心のままに》
高瀬は見開かれたままのアリスと来栖のまぶたを閉じる。
「NEAD-2本部へ」
「ガーランド、好きに暴れろ」
転送で飛んだ直後に高瀬はやはり平板な声でそれだけを告げる。
「待て!」
高瀬は天井のスピーカーからの静止に不思議そうに見上げながら、適当に壁を殴る。
「今回の件にNEAD-2は絡んでいない」
「どうでもいい。アリスと愛生を戻せないならお前らも戻せないようにするだけだ」
平板な声で返答した高瀬は破壊を続ける。
「やめろ、お前を殺さなければ」
「やれるものならやってみろ。たかが人間に魔王が殺せるのならばな」
高瀬の周りの空間が歪む。
《否定。禁止》
「ただの魔術師に私が止められるわけないだろう」
唇の端を歪めた高瀬が次々と構造物を破壊していく。照明が落ちた。
「お前の望みは何だ」
スピーカーから大砲の声が響く。
「アリスと愛生を戻すこと」
「それは不可能だ」
「じゃあ、諦めろ」
高瀬はこの会話の最中もずっと破壊活動を続けている。
「ヴェンツェル・ヒッツェルブルガーの身柄の拘束及び引き渡しではどうだ」
「足りないね。そもそもAEGISって存在が不要なものだろう。源一郎に歪まされたのかそもそも歪んでいたのかはあまり関係がない。現状、歪んでいるからこそなくなるべきものだろう?」
建物の壁が少なくなり、かなり不安定な状況になる。
「なあ、格闘家。ここは妖怪ばばあの面に免じで引いてもらえないかねえ?」
看護師長が壊された壁の向こうからやってきた。
「断る。ひ孫の顔が見たいだと? 二人を見殺しにしていてなんだ貴様」
「あたしゃ非戦闘員だよ。地獄耳を止められるとでも?」
「出来るか出来ないか、じゃねえよ。やるか、やらないか、だ」
「その結果犬死にしても?」
「そうなりゃ、お前を恨まないですむ」
看護師長は肩をすくめてため息をつく。
「なるほどね。それも一理あるけどさ。仮に止めたとしてさ、地獄耳が諦めるかね? そもそも、やつの狙いはなんだろうね?」
「知らねえよ」
「落ち着け! 駄々っ子めが!」
老齢の小柄な女性からは考えられないような大音声が吐き出される。高瀬は動きを止めた。
「魔術師はクールであることを是とする。地獄耳の狙いはそこを崩すことにある」
「……なぜだ?」
「魔王のちからが怖いからさ。地獄耳はNEAD-2のボスになっただろうね。魔王が生まれなければ」
「ばかな……そんなことのために愛生とアリスは殺されたのか。あんな無残な姿で」
そこで高瀬は崩折れ床を叩き続ける。
「お前らは、それを指を咥えて見ていただけか。そしていま私の怒りを鎮めろという」
高瀬はゆっくりと立ち上がり、看護師長に詰め寄る。看護師長は一歩後ろに退こうとしたが、高瀬がその両肩を掴んで顔を近づけ看護師長を覗き込む。
「ふざけるな。愛生はただの娘だぞ。アリスはほんのちょっとだけ魔術が使えただけの見習いだ。俺たち魔術師は堕落している。だからこそどんな処遇でも甘んじて受けるさ。深淵を覗き込んですらいないものにあの扱いをするものを魔術師として俺は認めない」
高瀬は看護師長をガクガクと揺すぶる。
「そして、その行為を見過ごしたお前らもだ。魔術師として死ぬことを許されると思うなよ。魔王の名にかけて、お前らの魂を消し飛ばしてくれる」




